第十九話 心配だった思い出
マキノが運転する車がホームセンターの敷地の中に入る。
放置された自動車の隙間を縫うように進み、正面の自動ドアの前に車を停車させた。
ミノルは調査に行くために車から降り、周囲に気を配る。
リコとマキノは車で待機し、外の警備を担当する。
ミノルはホームセンターの自動ドアが開かないことを確認すると、自動ドアのガラスに向けて発砲した。
轟音とともに砕け散るガラス。
ミノルは腰のベルトから吊り下げた剣鉈を鞘から引き抜くと、砕けたガラスを剣鉈の背で叩いて道を作る。
まるでジャングルの道なき道を分け入る兵士のようなその姿を、リコは車の中から見つめていた。
ミノルが踏み入れたホームセンターは規模としては中規模なレベル。
駐車場よりも大きな敷地面積を持つ大規模なホームセンターとは違い、ある程度館内を見渡すことができるレベルの大きさだった。
けれども電気の無い室内は昼間でも真っ暗だった。
まるで洞窟の中のような薄暗さ。
何が潜んでいてもおかしくはない。
ミノルは耳を澄ませ、物音と気配に集中する。
音を立てず、相手が痺れを切らすのを待つように静止し、ゆっくりと前進する。
ミノルがこのホームセンターを選んだ理由は規模もさることながら、店の商品陳列と構造をある程度把握していたからだ。
罠の材料、衣類、家電、工具などはいつもこの店を使っていた。
近く、何度も来た店。なので暗くても自分がどこにいて、どこに向かっているのか把握できる。
ミノルは商品陳列棚の列の通路を一本ずつ確認しながら店の奥へと進み、まずレジに向かった。
外敵らしきものはいない。忍び足でレジの前に到着すると、とあるレジ前陳列のコーナーに彼は向かった。
そこには防災品として電池や懐中電灯が並べられていた。
ミノルは手探りで目当ての品物を探し出し、その袋を開封する。
手にした商品はケミカルライト。ライブ会場などで使われるサイリウムだ。
ミノルは適当に選んだ一つを袋の中から出すと、パキッと折る。
途端に鮮やかな黄色い発光が出現し、暗闇を照らす。
ミノルは手にしたケミカルライトを振りかぶり、レジから離れた通路の反対側に向けて投げた。
ライトは発光しながら宙を飛び、遠く離れた店の奥の商品陳列のエリアに落下して床に滑って転がった。
目の届く位置に落下したケミカルライト。その隙に残りのライトも棚から持ち出してしまう。
ミノルは遠くに放ったケミカルライトが見えるレジの影に隠れると腹ばいになり、銃口をケミカルライトの方向へと向けた。
頭が悪く、好奇心の強いものであれば、あれを確認にいくと踏んだのだ。
ミノルは囮のケミカルライトを監視しながら残りのライトを袋から取り出した。
銃を構えながら前方をライトで照らすのは難しいので、進む先々にケミカルライトを設置しながら進行する作戦だった。
その作戦時間は二時間。二時間を過ぎた場合はミノルに何かあったとして、マキノたちはアパートに帰還することになっている。
しばらく粘り、変化がなければ店内のクリアリングをしなければならない。
ミノルは腹ばいで待ち続けた。
物音のしない暗闇。発光する黄色いサイリウム。
何かがいれば、近づかないにしても周囲を警戒するために動くはずだ。
その考えを元にミノルは待ち続けた。けれど変化はない。
途中でミノルが腕時計を確認したところ40分以上を腹ばいで待っていることが分かった。
ミノルは作戦を変え、自分から動くことに決めた。
開封したケミカルライトをズボンや上着のポケットにねじ込むと、忍び足で歩き始める。
商品棚の通路の列ごとに銃口を向けながらクリアリングを行い、動く物体を探し続けた。
店の奥に行くほど日の光が届かずに暗くなる。
ケミカルライトを折って通路の奥へ投げ込む。
光の先を観察し、自分の背後に回られることも警戒する。
ミノルは油断せず、探し続けた。
そして段々と自分の中で確信を持ち始めた。
絶対に居る、と。
何故ならば、何もいないから。
死体がない。グールもいない。グールの死体もない。
あれだけの車が外に残されているのに、客も従業員も死体も残っていないのはおかしいのだ。
店内には腐敗した臭いも無い。
それどころかほのかに洗剤と塩素のニオイが奥にこもっている。
商品のニオイではない。使用したのだろう。恐らく掃除と消毒のために。
自分たちと同じ生存者、ゾンビがいると考えたほうが妥当だ。
その相手が何かしらの行動を示せば交渉する余地はある。
けれども外での銃声、玄関の破壊、ライトの設置になんの反応も示さない。
来訪者は歓迎されていないと考えて良い。
ミノルは相手の武装を想定しながら探した。
クワ、ナタ、チェンソー、鉄パイプなどの白兵戦の武器しかホームセンターにはない。
なので待ち構えている可能性は十分にある。
ミノルは新たにポケットから取り出したケミカルライトを折って発光させ、店の奥にめがけて放った。
緑色の蛍光色のライトが棚に当たり床に転がると、ボンヤリと何かが映し出された。
扉だ。バックヤードへの扉。店員が商品の品出しと、勤務のために出入りする倉庫への出入り口。
ミノルは扉の周囲をクリアリングし、残るはバックヤードの中だけ。
ミノルはケミカルライトを折って発光させるとバックヤードの扉を開け、その隙間から中へライトを放り込んだ。
相変わらず物音はしない。時間をかけ、ゆっくりと扉を開けて中を覗く。
途端に天井が高くなる。
バックヤードの先には倉庫が広がり、パレットに乗ったままの荷物が置かれ、それを収納するネステナーとリーチ式フォークリフトが置かれていた。それらはぼんやりとしたピンク色の蛍光ライトで照らされている。
倉庫の風景に懐かしさを覚えたミノルは銃を構えたまま倉庫の奥へと向かう。
向かった先にはプレハブ小屋。そして何かの出入り口がある。
プレハブ小屋の中を覗くとそこが倉庫の管理事務所であることが分かった。パソコンとプリンターが置かれており、納品物と在庫の管理に使っていたのだろう。
すぐ側には出入り口があり、裏口があった。
タイムカードと下駄箱があるので授業員の出入り口であろう。
その出入り口の先には男女に分かれたトイレと、いくつかの扉。
扉にはプレートが付けられており、“男子更衣室”と書かれている。
その隣には“女子更衣室”、最後の奥には“休憩室”。
ミノルはそれぞれを順番に開け、何も無いことを確認すると、最後に休憩室の扉を開けた。
「……何だこりゃ」
血だらけだった。生臭い、鉄のニオイ。
休憩室の真ん中にテーブルが置かれており、その脇にはマットレスも並んで設置されている。
ここで寝泊まりしていたのは理解できるが、床には四名倒れている。
ミノルはケミカルライトを一本折ってテーブルの上に投げ、出入り口の前に倒れている死体を一つ蹴って上を向かせた。
若い男だ。戦ったような傷跡と、頭部には陥没したような痕跡が残っているようだが、暗い上に血だらけでよくわからない。
部屋の奥には三人の死体。
若い女と、ぽっちゃりしたおばさん。そしておっさん。
それぞれの実況見分をミノルはした。
若い女は腹に包丁が刺さっている。ぽっちゃりババアは顔が陥没している。その足元にはシャベルが落ちている。
そのすぐ隣りに倒れているのはおっさん。彼の近くには解体工事に使うような大きなハンマーが転がっており、頭がザックリ切れて、腹にも何かが刺さった跡がある。
一つの部屋で四人の変死体。
生存者が痴情のもつれかなにかで殺し合いになったのか、それともグールに変異したのを倒す戦いで共倒れになってしまったのか。
事情は分からない。けれども、血の乾き具合からしてそれなりに時間は立っている。
このホームセンターでは間違いなくこいつらが生活していた。けれども死んでいなくなったのだ。
ミノルは黙って扉を閉めた。
ケミカルライトを折って発光させると、手にしたまま周囲を照らすライトとして使用し、そのまま歩いて玄関へ向かった。
ここにもう危険は無い。




