第十七話 感心した思い出
ミノルは会員の五十嵐の家に何度か遊びに来たことがあった。
イノシシが取れたから解体の練習にと呼ばれたり、食べきれないから取りに来いと呼ばれたり、畑仕事の手伝いに来たことなどもある。
他にも数人の知り合いが近隣、同じ地域にもいるが、ミノルは五十嵐と一緒に狩猟に行った帰りに、彼が弾を弾薬庫に保管する場面に立ち会ったことがある。
本来は内密にしなければならない保管場所だが、猟師同士ならお互いの弾など気になどしない。
人の弾など必要性が低い。射撃では好みもあるし、種目で弾の種類も違う。
狩猟ではそもそも発砲する場面が少ないので消費量も少ない。
今まで気にしたことなど無かったが、それが今回はこの場面で生きた。
弾の場所はわかる。必要なのは金庫の鍵。
鍵は五十嵐が持ち歩いていたキーホルダーに混ざっている。
五十嵐は高齢のため、グールにならずに死んでいる可能性が高い。
なので家の中で五十嵐の亡骸を探し、その付近にあるであろう鍵を入手すればいい。
そのプランを実行するためにやってきたミノルは土足で家の中に入っていく。
玄関の低い式台を歩き、玄関のすぐ隣の和室に向かう。
すると異臭に気がつく。
近い。そう判断するとミノルは立ち止まり、しばらくじっと動かずに様子をうかがった。
何も動かない相手。
ミノルはポケットの中から12ゲージの散弾実包を一つ取り出すと、和室の中に向かって放り投げた。
畳の上に転がる実包。
それでも反応がない。
ミノルは窓から差し込む日の光だけが照らす和室の中が見えるようにゆっくりと動き、銃口を視線の先に向けながら足を踏み入れた。
そこに倒れていたのはお婆さんだった。
五十嵐夫人である。
いつも手料理を振る舞ってくれ、水筒のお茶も用意してくれた優しい女性。
シカもイノシシも飽きたから脂の乗った和牛が食べたいとゴネていたのを笑ったのも覚えている。
ミノルは心に刺さる何かを無視し、さきほど投げた実包を拾い上げてから老婆の死体を通過した。
長男と長女と次女と、子供は三人いるが同居はしていないことを知っている。
なので脅威となる可能性は一人だけ。
クリアリングをしながら一階の床の間、居間、洋室と確認し、洋室の奥に作られた寝室に足を踏み入れる。
そこにはベッドがあった。横たわる誰か。
ミノルは銃を下ろした。目的の人物、五十嵐だ。
干からびて異臭を放つ死体。
ミノルは黙って押し入れを開け、中に入っていた白い枕カバーを取り出すと、五十嵐の顔の上にかけた。
さらに押し入れから掛け布団と枕と枕カバーを取り出すと、玄関近くの和室へと向かった。
ミノルは両手のグローブを軍手に交換すると、そこに残された死体の佇まいを直し、枕の上に頭を乗せ、掛け布団をかけ、枕カバーを顔の上にかけた。
形だけの弔いである。
ミノルは五十嵐の亡骸が一階にあったことから一階を捜索したが、鍵は見つからなかった。
そこで階段を上り、五十嵐の書斎に向かう。
四つある部屋の一つが五十嵐の書斎。そこに足を踏み入れると、たくさんの本や彼が作った剥製に出迎えられた。
書斎の机の上を確認し、引き出しを一つ開けてみる。
そこで見つかった。キティちゃんの付いたキーホルダー。
ミノルはキティちゃんを手にすると、隣の部屋へと移動する。
その部屋の押し入れを開けると、中には風呂敷で覆われた物体。
迷わず風呂敷を取り払うと、古めかしくも大きな金庫が現れた。
ミノルはキーホルダーの鍵をいくつか試し、金庫を解錠した。
開けると中には大量の実包が入っていた。
トラップ射撃用7.5号、スキート射撃用9号、鳥撃ち用の5号、さらに猟友会で使用を中止させているバックショット。そしてスラッグ弾。
特にスキート用の弾が20箱。他のを全て合わせれば600発はありそうだった。
「00バックがかなり残ってるって言ってたけど、スキートも箱買いしてから使ってねーだろ、これ。かなりあるな」
猟友会では、林の中でバックショットを使用した跳弾による事故から使用を禁止している。
跳弾による事故は保険がおりないことも理由の一つだ。けれども威力と性能、当てやすさは折り紙付き。
ミノルはバックパックの中から畳んだボストンバックを取り出すと、それらの弾をバックの中にしまい込んだ。
面倒だからと、かなりの弾を使ったことにして金庫に保管していると五十嵐が言っていた通り、明らかに使い切れていない量の実包が金庫の中にはしまわれていた。
ミノルはバックの中に入るだけいれると一階へと向かい、二人が待つ車に戻った。
二人には安全であることを説明し、もう二往復ほどすると伝えて弾をピックアップトラックの荷台に乗せる。
家の中に戻ったミノルは台所で段ボール箱を見つけ出し、段ボール箱に金庫の弾を詰めてまた車へと運ぶ。
三度目の運搬作業に取り掛かると、ミノルはある種類の弾の確保に躊躇した。
それはライフル弾。そして一つのマガジンケース。
ここに50発以上のライフル弾が残っているが、自分はライフルを持っていない。
ミノルはガンロッカーの場所は知らないが、予想はできた。
もう一度書斎に戻ると、書斎の中を探し回る。
すると、部屋の奥にウォークインクローゼットらしき、観音開きの扉を発見した。
扉を開けて中を覗くと、カーテンで仕切りがされている。そのカーテンで隠された先にあったのは、紛れもないガンロッカー。
ミノルはもう一度キティちゃんのついたキーホルダーの鍵束を使用してロッカーの解錠を試み、難なく成功する。
ロッカーの中には二丁の銃が立てかけられていた。
セミオートマチックのライフル、ブローニングBAR。
ミノルの所有するものと同じ、レミントンM1100。
ガンロッカーの前に立ったミノルはまず、レミントンM1100を手にした。
銃の型番などを確認し、自分の持っているレミントンと同じ種類であることを再確認。
一通り作動させ、レバーを引いて引き金を引き、撃針も落ちることをが確認できると、その銃を持ち出すことに決める。
問題はブローニングのBAR。
そいつを手に取り、一通り動かしてみると、自動式散弾銃とよく似た機構であることが分かった。
違いがあるとすれば、弾がマガジン式で、そのマガジンもどうやら弾薬庫で発見した一つしか無いということ。
規制上、ライフルは散弾銃よりも装弾数が多い上により遠くから射撃できるので予備のマガジンは持っていないだろうし、持っているとも聞いたことがない。
ミノルは銃の所持歴が10年に満たないのでライフルは触ったことがない。なのでライフルの射撃経験も無い。
使用するとなれば、数十発は練習してから使うことになる。
そうなると弾の残りが約半分程度となるだろう。
25発程度の弾と、この銃を所持すること。
ミノルはしばし考えると、ライフルをガンロッカーに戻し、指紋が付いていそうな部分を拭き取ると鍵をかけた。
別室の弾薬庫に戻っても、ライフル弾以外を全て回収して指紋を拭き取り、弾薬庫の金庫にも鍵をかけて車に戻る。
ミノルはピックアップトラックの荷台に盗んだ弾薬を全て積載すると、それらが動かないようにブルーシートで覆ってしまう。
そしてポケットからキティちゃんの付いたキーホルダーを取り出すと、指紋を拭き取り藪の中へ放り投げた。
弧を描き、小さな物音を立てて消えていく鍵の束。
ミノルは自分のと、五十嵐のレミントンを二丁携えて助手席へ向かった。
「終わりました」 助手席に乗り込むミノル。二人はホッとした面持ちで彼を迎え入れる。
「お疲れ様。無事で良かったよ」 マキノはエンジンを始動させ、車を発進させた。
「ミノルくん、新しい鉄砲もらってきたの?」 リコは後部座席に置かれる二丁の銃を見ながらそういった。
「新しくはないよ。同じ銃だったからさ、壊れたらもう一丁使えばいいし、両方の部品を流用すれば長持ちできるだろ」
「ふーん。ミノルくん、お巡りさんが使うようなピストルはないの?」
「拳銃は一般人は持てないよ。それに知らない銃は信用できないから今はいらないな」
分からない銃は不安。
これこそがミノルがライフルを持っていかなかった理由だった。
ミノルはレミントンM1100を使いこなすのにもそれなりに失敗を重ねてきた。
弾の種類が合わない回転不良。射撃姿勢が起因した装填不良。装填ミスによる弾詰まり。クリーニング後の組み立ての失敗による現場での不発事件、などなど。
その銃にはその銃に必要な整備方法や扱い方がある。
今までは何かが起きる度に自分で間違いを探して改め、同じ猟友会の仲間、射撃場のスタッフ、銃砲店の店員などに相談して対処し、経験を積んできた。
今はそんな事はできない。もしも経験値の少ないライフルを使用し、使用中にトラブルが発生すれば死ぬのは自分だ。
たかだか50発の弾と、ライフルという憧れの銃を使うためだけにそんなリスクを背負いたくはなかった。
さらにこの不安を助長させたのは弾の仕組みの問題だった。
セミオートマチックのライフル弾は、弾の入ったマガジンを交換することで給弾できる。
しかし、そのマガジンが一個しか無い。つまり撃ち切ったら弾倉のマガジンを手に取り、その中へ一発ずつ弾を詰め込み、それからやっと装填できるのだ。
そんなことは迫り来るグールを相手にやっていられない。
しかも射程が長く威力も高いとは言え、ライフル弾では動く相手を狙うのは困難。
それらの問題を抱えながらライフルを携え、予備として散弾銃も持ち歩くなどバカバカしい。
だったら最初から弾も同じ種類が使える予備の散弾銃を保持するだけの方がよっぽど利口である。
ミノルはそう結論を出してライフルを諦めた。
マキノが運転を続けていると、ミノルが彼に声をかける。
「先生、弾がいっぱい手に入ったのでちょっと練習しましょう。……あそこの広い畑に停められます? あそこなら誰か来てもすぐに見つけて逃げられそうですよ」
「了解」
「ミノルくん、鉄砲撃つの?」 二人の会話にリコが不安そうに声をかける。
「ああ。撃つって言っても、散弾だから遠くで誰かに当たってもバラバラ降ってくるぐらいに威力も減るから大丈夫だよ。俺も車に乗ってたら散弾が降ってきたことあったけどなんとも無かったぜ」
リコは銃の発砲そのものに一抹の不安を持っていたが、ミノルは流れ弾の被害を心配したのだと解釈していた。
もちろん射撃場以外では民家のない決められた区域にしか発砲できないのが正式なルールだ。
ミノルたちはピックアップトラックで五十嵐宅から少しばかり離れた場所にあった、広大な畑に車を停めた。
畑には収穫されずに放置されたままの大根と白菜が実っており、食べることもできそうな状態だった。
三人は車から降り、そんな畑を見渡す。
誰もいない畑。普段から人は少ないのだろうが、今は本当に誰もいない。
高齢者は死に絶え、変異してグールと化した者は野菜ではない獲物を求めて去っていったのだろう。
「こっちに拠点を移すのも悪くないかもな、先生」
「悪くはないけど、今みたいに灯油や食料をその辺から調達するってわけにもいかないから、どうかな。それに民家が広すぎて暖房器具の効率も悪いから、かえって不便かもしれないよ?」
「じゃ、無しで。先生、上下二連持ってきてくださいよ。やっとデビューできますよ」
「あんまり嬉しくないけどね」
畑でマキノの射撃レクチャーが行われた。
イヤープロテクターを付けたマキノの側に耳栓を付けたミノルが付き添い、実射が始まる。
まずは弾の装填と発砲と排莢の手順を何度も繰り返し、マキノを銃の衝撃に慣れさせた。
その様子をリコは見学することになる。
リコはミノルに渡された耳栓を付けていた。繰り返される射撃と火薬の炸裂音に最初こそビビっていたが、繰り返される行為に次第に慣れていった。
慣れた頃にはミノルから周囲の監視もするようにと指示され、ピックアップトラックの荷台の上に乗ってプールの監視員のような立場でマキノの練習風景を見守った。
何もない土手と雑木林に向けてダン、ダンと二発の発砲をマキノは繰り返す。
時には一発だけ撃って排莢し、空薬莢と残った実包を選りわけることもミノルに指導される。
そして25発、一箱分の弾を撃ち切ると休憩となる。
マキノは慣れない行為に汗をかき、疲れた様子を見せていた。
「け、結構疲れるんだね、銃を撃つって」
「その銃は競技用だから丈夫だけど重いんですよ。でも確実に作動します。衝撃は体が受け慣れるまでは辛いと思いますよ。俺も始めたばっかりの頃は、疲れるし金もかかるから2ゲームくらいでやめてました」
ミノルはそう言いながら地面を掘り、畑に放置された大根と白菜を採取し始める。大根は引っこ抜き、白菜は腰の剣鉈で根本から切っていく。
「今晩のご飯だね。久々に新鮮な野菜が食べられるのは嬉しいな」 マキノは本当に嬉しそうにそう言った。
「それもありますけど、何もない空間に撃ち続けても練習になりませんから。これを標的にしましょう」
ミノルは野菜を手頃な大きさに切り、それを空中に投げて擬似的なクレー射撃の的にすることでマキノの射撃の練習をさせた。
白菜の根本を輪切りにすると円盤状となり、回転させるとフリスビーのように飛ばすこともできた。これをミノルが投げ、飛んでいる野菜をマキノが撃った。
途中からはミノルが切った野菜をリコがピックアップトラックの荷台の上から投げ、マキノがそれを撃ち、安全指導をミノルが行った。
ミノルは五十嵐から拝借した銃の試射も兼ねて投げられた野菜を射撃し、その腕前でマキノとの経験値の差を二人にも披露する。
休憩をはさみながらしばらく行われた射撃練習の間に誰かに襲われることもなく、三人は久ぶりに安全な外の空気を堪能することができた。
正午を過ぎると帰宅する流れとなり、収穫した大根と白菜を荷台に乗せてピックアップトラックは畑を走り去っていく。
荷物を載せたピックアップトラックを走らせ、ミノルのアパートの近辺に付くと警戒心を高めて車を徐行させ、ミノルは助手席からいつでも迎撃できる体制を取った。
荷物を搬入するために車をアパートの正面に停車させ、しばらく周囲を確認して安全を確保すると荷物の運び込みを行う。
マキノは車から部屋の中へと運搬し、リコは部屋の中で受け取って運び込む。その間にもミノルは銃を持って周囲を警備した。全ての運び込みを終えると車は駐車場に停められる。
この日の夕食には大根と白菜でサラダを作り、餅と缶詰のコンビーフを使って鍋も作られた。新鮮な野菜に飢えていた三人はお腹いっぱいになるまで食べて眠りについた。




