第十六話 複雑な思い出
それからの一週間。
三人のアパートでの共同生活が続いた。
リコは点滴を繰り返し、症状と体調の改善から経口摂取が許可された。
ベッドから起き上がれるようにもなり、リハビリも兼ねて寝起きすることでトイレに一人で行けるようにもなった。
漫画も三作品全て読み終わり、本棚の本を自分で選んで読むようになったことで洗脳教育は失敗に終わった。
ミノルはマキノの言動を監視し続け、裏切る恐れがないと判断すると、マキノに銃の扱い方を教えた。
マキノはミノルから上下二連銃を貸与され、四発の模擬弾を使って室内での射撃姿勢の訓練をさせられた。
最初はトラップ銃の重さと頬付けをする構えに四苦八苦していたが、やることもないので一日に何度も何度も頬付けする射撃姿勢と排莢と装填の動作を繰り返した。
ミノルもアパートの内外の警備をするためにマキノと周囲を見回りし、訓練と筋トレを繰り返しながらリコの回復を見守り続けた。
彼らはアパートに持ち込んだ物資を消費しながら生活を続け、出たゴミは家主のいないアパートの別の部屋の中に放り込んだ。
そんな生活をしばらく続けていると、水に問題が生じた。水道から出る水が傷みだしたのだ。傷んだ水道水は煮沸消毒したり、下水への利用で活用していたが、その水道からもとうとう水が出なくなり、断水した。
寒さも厳しくなり、灯油の消費量は増加。近隣の無人の家々に残っていた灯油かき集めていたが、もう多くは残っていない。
リコが出歩ける体力が回復した今、真冬用の装備、新たな備蓄、メンテナンスに必要な備品を集める頃合いだとミノルは考えた。
なによりも外の世界を理解させないと、リコがミノルたちの説明を受け入れにくいと思っていた。
ミノルはマキノと相談した上で、リコにホームセンターへ衣類と物資を調達に行くことを提案し、承諾を得るとそのための準備を開始した。
まずはマキノ考案の火炎瓶作り。
空き瓶の中へガソリンと灯油を3:1の割合で注ぎ、布の導火線を入れてガムテープで口を固定する。10本ほど作ると、倒れないように仕切りを作りコンテナの中に入れ、ビールケースのようにして保管。
次に車。
軽自動車なら山間部を走るには良いのだが、市街地で障害物を突破しながら物資を運搬するには不便。そこで近隣の家々を捜索し、トヨタのピックアップトラックとその鍵の入手に成功し、確保。
大きなピックアップトラックがアパートに横付けされると、感心するマキノと、複雑な表情のリコが玄関で出迎えた。
「この車の練習するから、ちょっと一周りしましょう。っで、先生。行きたいところがあるんで、行きは俺が運転しますけど、帰りは運転お願いします」
「かまわないよ」
「リコちゃんも行こうぜ。ちょっとは外の空気吸いたいだろ」
「いいの?」
「ああ。ただ、ちょっと怖い目に会うかもしれないから、覚悟しとけよ」
「……分かった」
三人はピックアップトラックに火炎瓶と銃と弾薬を後部座席に乗せた。
同じ後部座席にはリコが座り、運転席と助手席にはミノルとマキノが座る。
エンジンを始動させ、ゆっくりと動き出す車はその重量に見合ったパワーで進み出す。
アクセルをちょっと踏み込むだけでグンっと加速する。同じ荷台の付いた軽トラックとは全く違う乗り心地にミノルの口元が緩む。
「いや~。やっぱりパワーが違うね。俺の新しいマイカーにふさわしい。これからは長い付き合いになりそうだ」
「いや、ミノルくん。この車、最新のハイラックスでしよ? ディーゼルだから、ガソリンスタンドが使えないここでは乗り続けるのしんどいと思うよ」
「……ガソリンじゃないんスか?」
「違うよ。軽油だよ。その辺の車から調達したガソリン入れたら故障しちゃうね」
「燃料、こいつ半分も無いんですけど」
「うーん、……ホームセンターへの往復なら数回ってところかな?」
「……短い付き合いになりそうだな」
「ねぇねぇミノルくん、どこに行くの?」
後部座席のリコが運転席のミノルに向けて言った。
リコはいつの間にかマキノと同じように、ミノルを“くん”付けで呼ぶようになっていた。
「五十嵐さんっていう人が、猟友会の中ではここから一番近くに住んでる。生きてるかどうか分からないけど、ダメでも弾を頂いちまおうと思う」
「また泥棒するの?」
「生きるためのサバイバルだよ。生きてたら助け合って協力できるし、死んでたら有効活用することで供養になるだろ。安心してあの世に行けるように助けに行こうじゃないか」
「死んでること前提になってるよ?」
「78歳だからな。俺たちみたいに倒れたら入院できないし、まず助かってないよ」
ミノルはピックアップトラックを山へ向けてどんどん走らせた。
山へ向かう道のりでは、鳥は飛んでいるが、それ以外に目立った動物にも人間にも、グールにも遭遇しなかった。
民家も数多く、あちこちに車も停車しているが人っ子一人いない。
けれども生物はいないが、屍と痕跡、混乱した街並みだけは見ることができる。
死体。腐肉の破片。血痕。割れた窓。
リコは生きた人に出会わず、野良犬も野良猫もいない町。あるのは惨状だけの世界を後部座席から窓越しに見続けた。
「夏なら腐敗して外に出ることなどできなかったかもしれないね」 マキノも外を眺めながらつぶやく。
「あいつらはどこに行ったんですかね」 ミノルが運転しながら言った。
「グールになると、最初はグール以外の生物を見境なく襲うらしい。でも、時間とともにグールは群れを作って統率されていき、グール同士で縄張り争いなどもするって聞いたよ。共食いするかは分からないけど、少なくとも敵対するグールは追い払ったり、攻撃したりするから、群れを作るライオンやオオカミみたいに移動しながら獲物とライバルを追ってるんじゃないかな」
リコは何も言わず二人の会話を聞いていた。
山を上ってからしばし走ると、とある民家の前で車が徐行する。ゆっくりとしたスピードで門を通って砂利を敷いた敷地の中に入ると、車は停止する。
ミノルは後部座席から銃を取り出し、弾を射撃ベストの中に流し込み、荷物の入ったバックパックを背負った。
「先生、俺が出たら運転席に座って、何かあったらすぐに出られるようにしてください。俺は助手席に乗ります」
「分かった。一緒にいかなくて平気かい?」
「一人のほうが生きてる相手の息遣い聞こえますし、誤射するのも、されるのも嫌なんでいいです。
リコちゃんも何かあっても驚くなよ。前に言ったように、俺は襲われたら銃を使う。ヤバかったら逃げてくるだけだ。心配しなくていいけど、俺がどんなことしてるのかだけはよく見とけよ」
「……はい」
リコは療養期間中にミノルとマキノから外で蠢く変異体のグールの危険性だけは説明された。
感染すると、死ぬか、グールになる。自分たちは運良く生き残った。
助けが来るまでは生き残るために戦っていると。
リコの友達も、両親も、死んだか、グールに変異したか、グールに襲われた可能性が高いこと。
酷い世界になってしまった。協力する以外にはどうすることもできないと。
唯一説明をされていないのは、自分たちも変異体であり、死ななかった屍であり、世界中から忌み嫌われる疫病神になってしまったこと。自分たちは助かったのではなく、死ぬはずなのに死ななかった、人類の敵となり死を望まれる存在であることを今の彼女に説明するには残酷だった。
そんな彼女を残し、ミノルは一人で自動式散弾銃を手にしてゆっくりと家屋の方へとに向かっていく。
その背中を見守るリコとマキノ。
ミノルは立ち止まると、大きな声で「すいませーん」と叫ぶ。
反応はない。
続いて「五十嵐さーん」と叫んだ。
銃口を玄関に向けながら。
何も反応がないことを確認すると、ミノルは鍵のかかっていない玄関を開けて中へと入ってしまった。
車の中の二人は固唾を飲んでミノルの生還を願って待つしか無い。




