第十五話 頑張った思い出
夜明け前。
ミノルは自然と目が覚める。早寝早起きが染み付いてるのもあるが、そもそも早く寝る以外にすることが無い。
起きると伸びをして、周囲を見渡す。
暗い室内では聞き慣れない男のいびき混じりの寝息が聞こえる。マキノだ。
その寝息で疲れているのがよく分かる。
ミノルは彼を起こさないようにその場を離れ、リコの眠る寝室に向かう。
彼女の眠る寝室には、弱い火力のストーブをつけたままにしていた。
ストーブの上にはたっぷりの水が入った鍋も乗せていた。扉も少し開けていたので酸欠にもならず適度な温度と湿度を保ってている。
ぶら下がったままの空の点滴パックに気をつけながら、ミノルはリコのオムツを交換した。
すると、オムツの中の尿の量が増えている。体も昨夜よりは熱くないような気もする。
点滴のおかげだろうか。
「やっぱ医者はちげーな」
ミノルは妙に感心しながらオムツを交換してリビングに戻り、お湯を沸かしてコーヒーを飲んだ。
ミノルが外を監視しながら夜明けの移ろいを眺めているとマキノも起床し、彼はトイレに行くと顔と手を洗ってからリコの容態を確認し、点滴を新しいものに交換した。
その間にミノルは朝飯にと、昨夜の残りのご飯とスパムを炒めてチャーハンにし、プロテインと青汁とサバ缶を出した。
マキノと一緒にそれらを平らげると、二人は予定通りに点滴を取りに出発することになった。
「くれぐれも気をつけて行きしょう」
「ええ。あ、そうだ先生。取り急ぎ武器はこれを使ってください」
っと言うと、ミノルは倉庫の中から予備の鉄パイプを取り出してマキノに手渡した。
もちろん持ち手には滑り止めのシリコンテープが巻かれている。
「……え?」
「大丈夫です。こいつならパタークラブと違ってちゃんと仕留められます。けど、俺は殴らないでくださいね」
「これ、血が付いてるんだけど」
「大丈夫です。イノシシの血です」
「……あ、はい。じゃ、お借りします……」
そんな鉄パイプをマキノは恭しくも受け取ると、ミノルは颯爽と荷物と二丁の銃を抱えて外に向かった。
ミノルは先に駐車場で愛車のエンジンを始動させて周囲に目配りをし、マキノは家の戸締まりをしてから助手席に乗り込む。
ミノルは発進させる前にカーオーディオでラジオをつけたが、NHKの受信ができなかった。
他のチャンネルも、FMもダメになっている。
ミノルはラジオを諦め、グローブボックスを開けた。中には車検証など一緒にいくつものカセットテープが乱雑に入っていた。
その中から一つを取り出すと、カセットデッキの中にテープを差し込む。
景気のいい音楽とともにドゥービー・ブラザーズの曲が流れ出す。
「車も古いけど、聴いてる曲も古いね」 マキノは愉快そうに笑った。
「親父が昔トラックの中で聴いてたらしいんですよ。使ってないテープがいっぱいあったから、カッコよさげなのもらったんです」
「イーグルスもあるかい?」
「ありますよ。YESとか、デュラン・デュランも」
数少ない共通の話題に触れたことで二人の顔に自然と笑顔がこぼれる。
ミノルは年上の先輩との話題作りのためにわざと昔の音楽を聴いたり流したりしており、今回もそれが功を奏した。彼の配慮に釣られたマキノは当時流行っていた音楽やテレビ番組をミノルへ説明し、ミノルもその話に耳を傾けながら運転した。
そのまま昨夜と同じルートで診療所までの短いドライブを楽しみ、到着すると護衛のミノルを伴ってマキノは診療所から必要な薬品と備品を持ち出した。
「点滴は全部持っていくけど、足りなくなる可能性があるんだよ」
「足りなくなったらどこで調達できますか?」
「薬局は取り扱ってないところもあるから、取り扱いのある薬局か、病院が確実だね」
「なら、そのときはまた探します。帰る前に、ちょっと食べ物を調達しましょう」
「大丈夫かな」
「先生の服も欲しいですからね。すぐそこのドラッグストアに行きましょう」
物資を搬入した二人は車に乗ってミノルが何度も物資調達をしたドラッグストアに移動する。
車を走らせて障害物を乗り越え、車道からドラッグストアに向かう道路に合流しようとしたまさにその時、奇声を発しながら何かが飛び出してきた。
ミノルはブレーキを踏みながらハンドルを切った。急ブレーキとともに切ったハンドルで車は左へ逸れたが、飛び出してきた異物を車体で跳ね飛ばしてしまう。
衝撃が車を襲い、助手席と運転席の二人は前方がつんのめるのをシートベルトが阻止する。
止まった車の中でミノルは瞬きしながら跳ね飛ばした人影を睨みつける。
人の姿。
跳ね飛ばされたそいつは蠢きながら起き上がろうとしている。
そしてその後ろからさらに数人が集まりだす。
グールだ。
「今度からアクセルを踏むべきだな」
ミノルはそう言ってギアをバックに入れ、車を急発進させて後ろに下がりながら旋回した。
集まりだしたグールをバッグドアに付いたパンクしたままのスペアタイアで数人が跳ね飛ばし、ミノルはギアをドライブに切り替え、また急発進した。
車は途端に前方へ加速して前進し、いっきにグールの群れを突き放す。
「先生! 大丈夫っすか!?」 ミノルは正面を見ながらマキノに向けて叫んだ。
「む、鞭打ちにはなってないけど、苦しいよ!」 遅いスピードでの急ブレーキだったが、シートベルトの食い込みにマキノは胸をさすりながら応えた。
「じゃ、湿布も後で調達しましょう! 先生、あいつら家の近くにいて危ないんで、やっつけます」
「え!? 戦うの!?」
「ほっといたらきっと嗅ぎつけてきますよ。一方通行におびき出します」
ミノルはそう言うと車を減速させ、後方を確認した。グールの群れは十人を超える人数で小走りで向かってくる。足取りはおぼつず、中には何もない道路で転ぶ奴までいる。
日が出ているおかげで昨夜と違ってハッキリと視認できる。
運動機能にかなり個体差があるようだが、走るような動きができるのは厄介で危険だ。
ミノルは車をまた発進させると、道路を突き進すんだ。
道中で踏切を越え、坂を上ると川を渡るための橋にさしかかる。
ミノルはその橋を渡った。長さが100m程度の大きくはない橋で、対岸付近まで車を進めるとエンジンをつけたまま停車させた。
ミノルが車から下りる。
車の後方、自分たちが来た道を睨みつけ、そこから迫りくる驚異を想像する。
ミノルは外出したときから射撃ベストを羽織り、左手にフルカバーのグローブ、右手に指ぬきのグローブは装備していた。
彼は後部座席からバックパックを引っ張り出すと地面に置き、中から弾の箱を抜き出してベストのポケットに箱ごと入れる。
更に予備の弾の箱を二つ開封し、自分の座っていた運転席のシートの上に置く。
続いて後部座席から自動式散弾銃を掴み出し、合計三発の弾を装填させ、安全装置をかけてから自動銃を背中に背負った。
そして最後とばかりに後部座席から上下二連の散弾銃を取り出す。
開閉レバーを指でひねり、中折れさせて弾を上下に二発装填する。
ベレッタの上下二連銃に弾は入れられたが、銃身は折って機関部を開放したままにし、ミノルは車に残したマキノに呼びかけた。
「先生、二つほど協力をお願いしたいんです」
「え? な、何をすれば」
「俺は後ろから来る連中を迎撃します。前の状況が分からなくなりますので、前から敵が来たらクラクションを鳴らして教えてください」
「は、はい! 後は?」
「俺が、弾!って叫んだら、この鞄の中から弾の箱を取り出して、箱を開けて、この運転席の座席に並べたのと同じように、開けた弾の入った箱を並べてください。空き箱はいらないんで、車の後ろの席にでも放り込んでください」
ミノルはそう言いながら、競技用の散弾実包が詰め込まれたバックを、助手席のマキノに手渡した。
マキノはその鞄を恐る恐る受け取った。実弾の入ったバックパック。受け取った瞬間にズッシリとした重さが手にのしかかる。それは自分の想像以上の重さであることにマキノは驚いた。
「先生。前方の監視はマジでお願いしますね。俺、耳栓しますんで、先生の声が聞こえなくなっちゃうんで」
車の後方で動く何かが見えた。
「来ましたよ。先生は自分の両手で耳を塞いでてください」
ミノルは両耳に耳栓を詰めると射撃姿勢を取り、銃身を持ち上げて機関部を閉鎖させながら銃を構えた。
澄んだ空気。
曇りがちな晴れ。
肌寒い風。
絶好の射撃日和だ。
標的は小走りでこちらに向かってくる。
徐々に近づく的。
その後ろには次の的が控えている。
トラップ射撃のストレートと同じ要領。
遠くに当てるならば、フルチョークされて銃身も長いトラップ銃がこの二丁の中では最適。
何より自動銃よりもリロードが早い。
「自己ベスト更新か、死か」
_ダン、ダォォォォン!!
ミノルが引き金を二度絞ると、一番足の早い標的が血しぶきを上げながら後ろに吹き飛んだ。
右手の親指で開閉レバーをひねると銃身の重さで機関部が開放され、左手で支えた先台の付いた銃身が折れる。
バシャッと二つの空薬莢が放出され、右手で受け取り薬莢を放り捨てる。
次の的までの距離を考え、左ポケットから弾を取り出すことに決めると、折った銃身の先を靴の上に乗せ、左手で抜き取った二発の弾を薬室に入れる。
右手で握った銃を持ち上げ、左手で支えた先台を持ち上げると機関部が閉鎖し、折れた銃身が元に戻り撃針が引き起こされる。
自然な猫背で構えたミノルは銃床に頬付けして両目で照準を合わせる。
クレーと違って的は最初から見えている。その上に的は大きく、近づいている。
狙いはだいたいで構わない。
_ダワァァァンッ!
一発で動きが止まった。
散弾が当たったであろう一人のグールは、前進する動きと散弾に襲われた衝撃で転んでしまう。
その後ろから次々にやってくるグールの群れ。
_ダガァァァァン!!
散らばった弾が数人に当たったようで、倒れはしないが動きは止まる。
即座に排莢し、空の薬莢を捨てて次弾を装填する。
折った銃身を戻せば装填完了。
正面のちょい下に、相手の膝の辺りを自然に狙って構えればいい。
_ダン、ダォォォォン!!
二連射。
倒れる数人のグール。
バシャッと音を立てて排莢し、ミノルが次弾を装填させる。
「先着順に冥土へ送ってやるよ」
その後も同じ動作が繰り返された。
最も驚異となる足の早い連中は、ゴールの橋に到着すると次々に散弾を浴びて開戦直後に殲滅。
運動能力の低い集団が群れをなして迫り来るが、散弾のつぶての波に次々と血まみれになり、倒れ、訪れるべきであった死を迎えていく。
射撃場ではありえないような連射。
二発を撃ち切り、その場を動かず排莢し、即座に装填。構えて狙って撃つ。
撃つ。
撃つ。
撃つ。
銃身が驚くほど熱い。
それでも二連射して排莢し、弾を装填して二連射する。
弾を装填する際に、相手との距離に余裕が無いと思えば。左手で先台を持ち、右手で右のポケットから弾を取り出して装填した。
そのまま自然に銃把を握って前方に構えて引き金を引く。
二つ連続した轟音とともに吹き飛ぶ敵。
即座に右手の親指で開閉レバーを弾く。中を舞う空薬莢。
うっかり銃身に触れたフルカバーのグローブでも熱さを感じる。
やってることはガンシューティングのビデオゲームと同じなのに驚くほどの体力を消耗する。
火薬のニオイしか分からない。
硝煙で目がシパシパする。
銃身が熱くなりすぎて狙う照門が陽炎でぼやける。
それでも撃ち続けた。
近づかせる訳にはいかない。
一体何人倒したのだろうか。
ナイトゲームの昨日と違い、今日はデイゲーム。
太陽の下で、相手がよく見える。
その上、橋という地形を利用して、昨夜よりもずっと離れた位置から一方的に撃ち続けている。
昨日よりもハイペースでより多くの弾を撃っているが、当たっても持ち直し、倒れてもまた起き上がってくる者が何人もいる。
昨晩と違い、相手に致命傷が与えられない。
競技用の散弾は火薬量が少なく、鉛玉の重量も軽いので殺傷能力がもともと低い。
それが昨日と違い、昨夜以上に離れた距離から散弾を当てているのでより威力の減退を招いていた。
ポケットの弾が切れると運転席から弾の箱をぶんどり、ポケットに注ぎ込んでから銃に装填する。
ミスしてこぼした弾もあったが、拾う暇もない。
もはや空薬莢だらけでどれが薬莢で、どれが実包なのかも見た目では分からない。
あまりのハイペースな射撃に銃を構えるのも辛くなってきたが、銃床を胸と肩の間に食い込ませるように押し付け、口がへし曲がるほど頬付けしてその辛さに耐える。
危険なほど近づいた奴には近距離から危険な威力のつぶての雨が御見舞される。
近づくほど威力が上がるので、起き上がって動きの鈍くなった奴には片道の特急券が発砲された。
胸を狙えば首が吹き飛び、首を狙えば頭が吹き飛ぶ。
弾を補充するために再び箱をぶんどると、座席に用意した弾がなくなった。
「弾!!」
合図をすると既に開封してくれていた弾の入った箱が運転席の座席の上に置かれた。
今現在で少なくとも75連射。
これを撃ち切ると100連射。
今補充された箱に手を付ければ100を超える。
トラップ銃は重く、装填動作の負担が自動銃よりも大きい。
昨夜よりも驚くほど早いペースで弾を消耗し、同時に体力も消耗する。
このペースでは体が持たない。
_ダン、ダォォォォン!!
パッと舞った血肉と血飛沫。
倒れゆく狂気の表情の死ななかった死ぬべき人。
吹き出る汗が滴り、目に入る。
腕が重い。
まだいるのか。
いや、あと一人。
たった一体。
_パッァァァッ、パッパァァァ!!!!
車のクラクションが鳴った。
ミノルは我に返り、車の中を見る。
マキノが車の前方を向いて叫んでいる。
耳の中で撃ち続けた銃声が反響していて聞き取れない。
それでも後ろに振り向き、マキノの示す対岸を見渡すと、道路の先から数人のグールの群れが走ってくるのが見えた。
ミノルは撃ち切って排莢を終えていない上下二連銃を持ち上げると、車の後部座席に放り込む。
熱せられた銃身は冷たい風に冷やされて、銃身と銃口から白い煙を放っている。
ミノルは残った力で背中に背負っていた自動式散弾銃を車の正面に向けて構え、安全装置を解除すると、グラグラと揺れる照星で狙いをつけてまずは一発を発砲した。
けれども相手との距離が遠い。疲労がまともな判断の妨げになっている。精度も悪い。
その一発が外れたのか、それとも減退した威力で効果が出ていないのかも見極められない。
それでも自動銃の残りの二発を迫りくる新しい脅威へ撃ち込んだ。
弾切れ。合計三発撃ったことで車の前方から来る群れは移動速度が低下していると感じられた。
そして後ろからは最後の一体。
それが死体の山を乗り越えて近づいてくる。
ミノルは自動銃も後部座席に押し込むと、車高の高いジムニーの運転席に乗り込んだ。
エンジンはアイドリングされたまま。
ギアをバックに入れたミノルは車を後退させ、最後の一人を車で跳ね飛ばし、死体と生き残りの山に乗り上げ、車で全てを轢き潰した。
グチャグチャバキバキと今まで聞いたことのない音を立てながら車はゴリゴリとバック走行し、悪路を乗り越える。
その途中で車がグールの死体に引っかかって乗り上がり、タイヤが空転した。
バックできない。車が動かないのだ。
舌打ちしたミノルはブレーキを踏み、ジムニーのトランスファーレバーを切り替えて4WDモードに変速させる。
車は四つのタイヤで道路と障害物を掴み、増加した摩擦係数で再び後退を開始させる。
先程よりも凶暴に力強く、軽自動車が血と肉の障害物を走破して突破した。
バック走行で走り続けた車は、橋を渡りきり、やがて道路上で方向転換をすると、追いかけてくる魑魅魍魎たちを振り切って逃走した。
走り出した車は道路を走り続け、向かったのはいつものドラッグストア。
そのドラッグストアの駐車場の隅っこに車を停めると、ミノルはエンジンを切ってハンドルにしがみついた。
汗を滴らせ、大きく肩で呼吸を繰り返し、疲労困憊の様子を見せていた。
「ミノルくん、ミノルくん、大丈夫かい!?」 マキノが必死に声をかける 「怪我は!? 噛まれたりとかはしてないか!?」
「し、してないっす。ただ本当に疲れただけです」 ミノルは耳から耳栓を外しながら答えた。
「興奮して傷みに気がついていないとかは無いかい?」
「いえ、接触は幸いないです。あるとしたら火傷ですけど、手袋と上着があるので大丈夫です。それより、敵が来ないか見張っててください。悪いですけど、ちょっと休みます」
ミノルはそう言うとシートレバーを引いて背もたれを倒した。
後ろに仰け反るように体を倒し、ため息を付いて目をつむる。
「いや、まさか、あんなに撃つハメになるとは思いもしなかったし、こんなに疲れるとも、思わなかったな……」
「そりゃそうだろ。素人が見ても普通じゃないよ。それに顔色が悪い。精神的な消耗が酷いんじゃないのかい? 疲れはストレスも大きな原因だと思うよ」
「ああ……たしかにそうっスね……。よく考えりゃあんな戦い方は戦場で機関銃でやるもんですよね」
100発近くの弾をトラップ銃で休みなく連射し続けるなど初めての体験だった。
スキートなら4ゲーム分。トラップなら2ゲーム分程度だとも言える。それぐらいのゲーム数はミノルにとっても普通のことではあったのだが、だとしても休み無く撃ち続けるなどミノルとしては前代未聞だった。
オリンピックを目指すような選手もこれくらい撃つのだろうか? であれば、麻生太郎も同じくらい撃ったりしていたのだろうか。
もしもこんなことを日常的なトレーニングでやらされる職業や競技があるのだとすれば、自分はやりたくないとミノルは考えた。
いくら練習のためとはいえ、飛んでる皿を撃ち落として楽しいなどと思ったことなどミノルには無いのだから。
「ところで先生、どうですか? います?」
「いや……来ないし居ないよ。まあ、もう少し様子を見よう」
「そうっスね……先生、爆弾の作り方とか分かりますか?」
「私は分からないな。大学にはそういうのにも詳しい奴もいたけどね」
「……銃だけじゃ正直しんどいですね。数は多いし、弾もいくらあっても足りないです」
「弾はもう無いのかい?」
「いや、ありますけど、節約したいです。銃砲店で弾が手に入るかも分からないですし」
「そうか、銃砲店というのがあるのか」
「ええ……。でも、普通なら生存者が真っ先に奪いに行く場所ですよ。近くに店があれば俺がそうします」
「そうだね……。近所に鉄砲を扱う店があれば盗んで、そこを拠点にする輩はいるだろうね」
「ええ。警察署で襲われたくらいですからね。だから銃砲店と射撃場は近づきたくないです。でも物資を探すたびに群れに襲われてたらすぐに弾なんかなくなっちゃいますよ」
「うん。……しかし、爆弾か」
「調べれば作れますかね」
「できなくはないだろうが……もっと簡単なものではどうだい?」
「例えば?」
「火炎瓶とか」
「……火炎瓶ですか?」
「ああ。昔の学生運動とかでよく使われてたよ。火炎瓶なら空き瓶とガソリンと灯油があれば作れる」
「それ、良いですね。作ったことあるんですか?」
「ないけど、学生運動の経験がある先輩から聞いたよ。何本も投げたって言ってたね」
「へっへっへ、ゾンビよりこえーや」
「戦国時代の印地打ちっていう、レンガや岩をロープで結んで投げるのもやってたそうだよ」
「へー、俺もそんなアグレッシブな課外活動あったら大学行きたかったなぁ」
「はっはっは。学生運動じゃ単位はもらえないけどね」
そんな会話をしながら時間が過ぎた。
窓を開けて外の物音にも気を配ったが、冷たい風の音が吹き込む音以外には聞こえない。
二人は話し合い、安全だと仮定して駐車した敷地の中で車を動かした。
ドラッグストアの正面の出入り口まで車を寄せ、車を駐車させると呼吸を落ち着かせたミノルが、銃を構えながら店内を確認する。
マキノは車に残り、外に敵が現れたらクラクションを鳴らす見張りの役割を担当させた。
ミノルが玄関の様子を見る限りでは、自分の後に誰かがドラッグストアに来た様子は見られない。それでも細心の注意を払いながら店内をクリアリングし、安全の確保を行ってから行動した。
薬品の取り扱いの区域を見る限りでは、何度も物色した経口補水液以外に点滴らしいものは見当たらない。店の奥や、薬剤師が取り扱いしていそうな場所も漁るが、点滴に使えそうな輸液のパックは無かった。
マキノの予想通り、田舎のドラッグストア程度では取り扱いが無いのだろう。
ミノルは点滴を諦め、店内のパスタや米、保存食とプロテイン、野菜ジュースなどの食料品と、自分とリコ、マキノが着れそうな肌着やスウェットなどを選び、買い物かごを乗せたショッピングカートの中に放り込む。
さらに瓶詰めされた炭酸水と酒、ライターも店から拝借すると、それら全てを車の荷台に積み込んだ。
それだけでかなりの量となり、後部座席を倒した荷台をいっぱいにしてしまうと、ミノルは運転席に乗り込みエンジンをつけて発進させ、外敵に出会うことなく自宅へと帰還する。
物資を全て家の中に運び込むと、マキノはリコの容態確認と治療を受け持ち、ミノルは物資を家の中で整理する。
家の備蓄在庫を確認したミノルは欲しい物を検討する。
ガソリンと灯油。それらを確保する容器。マキノの着れる冬物の衣類。
ついでに車のエンジンオイルとラジエーター液も欲しい。
そして何よりも弾薬。
「……次の狙いはホームセンター……それと……」
ホームセンターならさらなる保存食、衣類、車の整備道具なども入手できる。
大小あるホームセンターの中から人が少なく、小規模な店を選べば危険も少ない。
けれども危険が伴うことは変わらない。
そしてより多くの弾を消耗する。
ホームセンターを襲撃する道中のことも考えた作戦を立てる必要がある。
「ミノルくん」 そこへマキノが現れた。
「はい?」
「リコちゃんが起きてるよ」
「本当っスか。どうですか?」
「良くなってる。話してあげなよ」
マキノに促されたミノルは寝室に移動する。
新しい輸液が吊り下げられ、点滴を受けるリコは目を覚ましてベッドで横になっている。
「おう。どうよ? 胸はもう痛くない?」
「はい。あの、ありがとうございます。私のために、病院にまで行ってくださって」
「気にすんなよ。そこであの先生にも会えたからさ。不幸中の幸いだよ」
「あそこの病院、私、利用してたんです。だからあの先生も見覚えがあって、自己紹介されたらすぐに分かったんだです」
「近所だもんな。良かったよ。先生からこれからのこととか言われた?」
「はい。しばらくはお水も食べ物も口にできないですけど、点滴をしながら様子を見て、それからお粥とかを食べられるようにしましょうって」
「そっか」
「本当に、ありがとうございます」
「礼はいいよ」
ミノルは心からそう思って言った。
助かったことが彼女にとって良かったのか悪かったのかが判断できない。
「食べ物も飲み物も集めたからさ。しばらくは安心してていいぞ。でも、暇か。テレビつかないから漫画でも読む?」
「……じゃ、せっかくなので」
そう言うとミノルは本棚の前に立った。いくつもある漫画の中から彼はいくつかの作品を選び出すと、リコの寝るベッドの横に積み上げる。
「女の子だから、女の子が主人公の漫画が良いよな。ほら、これなんかいいぞ。アップルシードと、銃夢」
ミノルはそう言って可愛げのない表紙の漫画をリコの横に並べる。
見たことのない表紙と、絶対に自分が選ばなそうな作品のニオイにリコは少し引いてしまう。
「……ハイキューとか、鬼滅の刃とか、そういうのって……ないんですか?」
「おお、そういうの好き? 俺は親父譲りでジャンプはあんまり読まねーんだけど、そういうのあるよ」
そう言ってミノルは背を向けて再び本棚に立った。そして単行本の山を一抱え持ってくると、またリコの横に並べる。
「これ。うしおととら。国宝にも指定されてる作品だから間違いない」
平気でくだらない嘘を言いながら積まれた漫画の山。
絶対にわざとだと理解したリコは、諦めて彼の普及活動を受け入れることした。
妹に施せなかった洗脳教育の活動を終えたミノルはリビングに戻った。
リビングのテーブルではマキノがコーヒーを飲んでおり、戻ってきたミノルに気づくと彼の分のコーヒーも用意し始める。
「ありがとうございます」
「ミルクと砂糖は?」
「ミルクだけで」
マキノがカップにインスタントの粉末とクリープを入れ、お湯を注ぐ。
ミノルはそれをすぐに受け取り、スプーンで混ぜると音を立ててすすった。
「思ったよりも早く良くなりましたね」
「若いからだろうね。確認してる情報と、君と僕のパターンで考えると、彼女もゾンビ化してるでしょう」
「……そんな自覚は無いんですけどね」
「僕もだよ」
「実際のところ、どれくらいの割合でゾンビになるんです? そこまで極端な政策をしなきゃいけないんですか?」
「死亡率が50%、グール化が49%、ゾンビ化が1%っという非公式な憶測の情報しか分からないんだ。根拠になるデータはないし、年齢や現病歴などでも発症後の状態が変化する。高齢化社会の進んだ日本の場合は、人口に対しての死亡率はグッと上昇するのが今のところの推測となってる」
「意思を持ってる奴はみんなゾンビってことで、隔離するだけじゃダメなんですかね」
「まだその判断ができないのでしょう。ゾンビ化した後にさらにグールに変異するかもしれないし、今の世界に絶望して意図的にパンデミックを助長させようとする破滅願望を持つ人々もいたようだから」
「……このこと、あいつに説明してないですよね?」
「落ち着いて、体と心の準備をさせてあげてからにしましょう。異変には気づいていても、自分たちがそんな扱いを受けることになるなんて知るのは残酷すぎる」
「特に根拠もなく、お前はゾンビだ汚物は消毒だーって殺されるから、サバイバルするぞって伝えるのもしんどいですね」
「根拠はないけど、証拠は外のグールと、私たちに銃をぶっ放す防護服を来た人々だよ。あの年の女の子にそんなの説明したくないよ」
「ポストアポカリプス的な映画のDVDを見せて、予習させましょうか?」
「その冗談笑えないよ。ただの嫌がらせだよ」
「分かってますよ。それにテレビ動かないから見せられないですって」
「それで、彼女はどうしてるんだい?」
「今ですか? ミノル党の構成員になるための修行をしてます」
「……はぁ?」




