第十四話 安心した思い出
ミノルは第一診察室の簡易ベッドの上に座っていた。
薬室からは弾が抜かれ、弾倉に二発装弾された散弾銃がベッドの上のミノルの側に置かれている。
ミノルの正面には診察用のデスクの椅子に医師のマキノが座っており、そのデスクの上には非常用のLEDランタンが置かれていた。
ランタンの光源で見えたマキノの姿を見たことで、ミノルは彼の苦労を感じ取った。
マキノは暖房の使えない診療所内で寒さを和らげるために毛布を体に巻いている。
彼は太った体型だが、顔はやつれて目には大きなクマができている。髪も髭もボサボサ。
一人でろくな食事も取れず、ここに立て籠もって助けを待っていたのであろう様子が伝わってきた。
「……それではまず、塚本さんのおっしゃる病人というのはどんな方で、現在どのような症状ですか? 急を要するようでしたらそちらを先に解決させましょう」
「ああ、あの、ゾンビ連中から逃げながら町の中を散策してたら、家の中で弱って寝ていた一人の女の子を助けたんです。それ以外に生存者もいなかったので、俺の家に運んで看病してたんです。看病して、起き上がれるようになったかと思ったら、やたら咳をして胸が痛いって言って、また起きれなくなったんですよ」
「……起き上がれるようになったというのは、どういう状態だったのですか?」
「助けたときはオムツをされて、誰かに介護されてたみたいなんですよ。いや、俺もなんですけど、ゾンビウィルスに感染してたと思うんです。俺は運良く生き残ったし、多分あの女の子もそうなんじゃないかと思うんです」
「君と、女の子の年齢は?」
「俺は25、その子は14歳みたいですね」
「彼女はその咳と胸の痛み以外に変わった様子は?」
「あと、熱があります。38度超えで、もうちょいで39度になりそうです」
「まず確認したいことがあります。彼女は自分の意志で会話できますか?」
「できますね」
「間違いなく?」
「はい。……なんかあるんですか?」
「塚本さんは」「あ、名前のミノルでいいです」「……ミノルくんは今回の災害をどのように把握してますか?」
マキノはそう切り出した。
リコを助ける行為に慎重にならざるをえない意味を説明したいが、そのための情報共有を図っている。
「ゾンビウィルスの蔓延だとラジオで。
10月31日を皮切りに全世界で同時多発的に発生。感染者は死ぬか、ゾンビになるか。っで、各都市は封鎖。感染防止とパンデミックの対策のために主要道路は封鎖され、無断での外出者は射殺するので屋外には無断で出ないように。また、必要に迫られて外出したとしても封鎖区域から出ないように。封鎖区域外を出た者は即刻射殺して焼却されます。他人とは一切接触せず、くれぐれも独自の判断で勝手な行動を取らないようにしてください」
ミノルは説明の途中からラジオから流れてきたガイダンスを真似しながら喋った。
車で聞いたラジオでは世界規模のパンデミックであり、感染率と致死率が異常なまでに高いことを説明していた。そして、世界規模で感染者が変異して暴力行為と殺人行為に及んでいるため、変異者は殺害し、焼却することがWHOから提言され、国際連合でも早急な取り決めで採択されたことを報じた。
そのため、とにかく勝手に外に出たり、助けを求めに移動する行為を禁止するアナウンスだけが流れ続けていた。
そして防護服を着用した人間には近づいてはならないこと。
屋外で識別防護服を着用していない人間は感染者であると判断されることを説明した上で、決して近づかないようにと厳命していた。
「あのラジオだね。……ミノルくんは何故、自分はハロウィンウィルスに感染したと判断したんだい?」
「仕事中に体調悪くなって、帰宅してからぶっ倒れたんですよ。そんで小便やクソを漏らしながら数日間も気を失ってて、起き上がれるようになったら周りがみんなゾンビになってたんです」
「そのみんなとの違いは?」
「他の連中は意識がなくなってゾンビになってますね。その上にみんな着替えもしないからクソまみれでさまよってるんですよ。俺もゾンビになってたらあのままの格好で徘徊して獲物を探し求めて歩いていたんじゃないかと思うんです」
「うん。……さっき私は自分のことをゾンビだと言ったよね」
「はい」
「私も君と同じように気を失ったんだ。
パンデミックが起きてから、病院は患者を受け入れてはならないという指示が政府からあったので、このクリニックも閉めていたんだけど、私はその時ここにいた。途中途中で覚醒して、自分で点滴をしながら運良く生き延びたんだ。
けどね、生き延びたけどこれは変異したことを意味していると後から知ったんだ」
「……変異って?」
「現在判明しているのは、感染すると三種類の結果が訪れる。体が耐えきれずに死ぬか、気が狂って宿主としてなりながら感染を広げるか、生存するが宿主となっていつまでもウィルスを生産し続けるとか、です」
「……どいうことですか?」
「大半はというか、疾患があったり、幼い子供や高齢者などは耐えきれずに死んでしまいます。
もしも耐えきって生き残ると、変異体となってウィルスを撒き散らしながら生き続けるんです。
……つまりね、君も私も生き残ったけど、宿主としてウィルスを保有しているし、今現在もウィルスを体内で培養して撒き散らしている。っというのが現在の仮説であり、世界中がそのように認識しています」
「でも、なんとも無いですよ、俺」
「宿主となった個体が気が付かず、そのまま別の群の中に溶け込めば誰にも気が付かずに感染させて広げられるからだと推測されてます。かなり前から潜伏していたみたいで、それが10月31日を境に世界中でそいつが牙を向いた。大人しくしていた寄生体が共生を装い、突然クーデターを始めたんだ。だから誰しもが普通に見える人間はみんな宿主では無いかと疑ってます」
マキノは虚しそうに話を続けた。
「そんな中で生まれた区別と言うか、差別用語がアンデッドの“ゾンビ”と“グール”です。
死ぬはずだったのに死ななかった二種類の“アンデッド”。それは獲物を食い求めて襲撃する怪物の“グール”と、人知れず人の世界に入り込み、感染を広げる疫病神の“ゾンビ”。
世界は人間と、この二種類のアンデッドに分かれ、恐れてる」
「……じゃ、俺は感染して死ななかったから、アンデッドで、グールではないけど、ゾンビになったんですか?」
「世界はそのように判断してます。実際には君も私も検査しなければそれは正確には分かりません。そもそも感染していないのか。感染したけど完治したのか。本当に宿主となり生き続けるのかもね。でも、それを個々に調べる余裕がもう無い。日本政府は人口密集率の低くて隔離された北海道に機関を移したみたいだし、世界中も混乱してる」
「この前、警察署に行ったら警官じゃない奴に撃たれたんです。そうなると、そいつは処刑人の人間だったってことになりますかね」
「感染していない軍や政府の人間は必ず識別防護服を身に着けてるはずだよ」
「……身につけてませんでしたね」
「そうなると、感染していない生き残った人間か、感染してゾンビに変異した人だね。
人間は二種類のアンデッドを恐れるようになったし、人間同士でもいがみ合ってる。
ゾンビは自分たちを殺そうとする人間を恐れるようになってる上に、生き残るためにゾンビ同士のグループで争ってる。
さらにアンデッドのグールは人間もゾンビも襲うために群れをなして徘徊してる。
これ以上の情報は電話もネット回線も電気も止まって知る手段も無くなったし、……もう……どうすることもできない……」
マキノはそう言うとうなだれた。
人間同士と、変異体となったアンデッド。複雑な同種間での猜疑心にまみれた今までにない生存競争が生まれた。
まともな人間には絶望しか感じられない世界。
種の滅亡を導く破滅が訪れたのだろうか。
ミノルは黙って立ち上がるとマキノの前に立った。
その手には銃が握りしめられている。
「……先生。しゃーねーよ。何だかわかんねー状況になっちまったのは分かったけどさ、とりあえず生きることだけ考えようぜ。実はさ、俺はそのアンデッドのグール以外に人を殺してるんだ」
「……え?」
「そいつは俺のこの銃を奪った。今じゃそいつが人間だったのかゾンビだったのかは分からないけどさ、そいつからこの銃を奪い返しに行ったら撃たれたんだ。だから反撃して殺した。
そのときに襲われてた女の子を助けたんだ。リコちゃんって言うんだけどさ、その子は弱ってる。
俺じゃどうすれば良いのか分かんねー。でもよ、先生が手伝ってくれれば助かるかもしれない。俺は助けて欲しい。その子も助かれば、俺と先生とその子の三人で協力できる。
さらに仲間を集めて徒党を組めばよ、グールどもを蹴散らして、生き残って、治るまでの時間稼ぎができるかもしれないだろ」
「……と、徒党?」
「そうよ。マッドマックスみたいにさ。俺たちの徒党を組むんだ!」
「マッドマックスの主人公のマックスは一人の警官だよ?」
「そんなことはいーんだよ! 俺が銃なんか持ってるからビビってるかもしれないけど、俺は悪いことはしない主義なんだ。襲い来る火の粉は俺が振り払うからよ、先生。助けてくれよ。
この世の終わりかどうかなんてまだわかんねー。せっかく助けたか弱い女の子を放って置くことなんか俺にはできねーんだ」
マキノはミノルの熱意に衝撃を受けた。
日本という国と世界から、自分たちが駆逐する対象となってしまったこの世の終わりと、人類の破滅が忍び寄ってるかもしれない状況下で徒党を組んで戦うのだと言うのだ。
自分には縁のない世界の連中がグループを作って争い、生き残りをかけてしのぎを削りあっていることは理解していたが、まさか自分のもとにそういう世界の人間が近づいてくるとは思いもしなかったのだ。
けれども、久しぶりに元気な人と話したことでマキノはとても気分が良くなった。
気味の悪い咆哮に怯えながら物音を立てないように孤独に生きるだけの生活に舞い込んだ息吹に、心の中で活力が燻りだした。
「まぁ、徒党を組むかどうかは別として、その子は診るのは賛成だ。生き残っててグールじゃないなら助けるのが医者の役割だからね」
「よっしゃ!」
「では、私がその子のいるところまで往診に行くべきだね」
「……あ~……、ちょっと先生を守りながら車まで行けるかが不安だな……」
「そういえばミノルくんはどうやってここまで来たんだい?」
「車ですけど、ここに来る途中の車道が車のバリケードで塞がってて、途中から歩いてきたんです」
「あ、そのバリケードは私だ。車で助けを求めようと外に出たときに、郊外の処刑部隊に撃たれたから逃げて、逃げる途中でも暴徒と化した人に襲撃されるわ、グールに追い回されるわで。怖くなって道路を塞いだんだ」
「……先生も苦労したんだね」
「車で道路を塞ぐだけでもずいぶん大変だったよ。最後に塞ぐのに使ったブルーバードなら簡単にどかせるだろうから、鍵を渡そう」
マキノはそう言うとデスクの引き出しを開け、中から車の鍵を取り出すとミノルに手渡した。
「ありがとうございます先生。……ところで先生、俺を後ろから殴りつけたとき、どこから出てきたんですか?」
「え? いや、診療所の一番奥の休憩室だよ。君が処置室に入っていくのが見えたから、後を追ったんだ」
そう言われてミノルは自身がクリアリングをしながら処置室に入った際に、部屋の鍵を内部から閉めるつもりでいたのに忘れていたことに気がついた。
「そっか……閉めるつもりだったのにやってなかったんだ……。ありがと先生。同じような状況があったら必ずドアの鍵は閉めるようにするよ」
「そうだね。素人の私に後ろを取られるくらいだと外では生きていけない。用心してください」
「ええ。とりあえず、車をここの前まで持って来ます。残念ながらインターセプターじゃないですけど、安全確保ができたら呼ぶので出てきてください」
「ああ。待ってますよ。それと出入りには裏口を使ってください。戻ってくるまでに準備をして、君が割った窓にもバリケードをしておきます」
「申し訳ございませんねー」
ミノルは受け取った鍵を持って裏口から外に出た。ドアが締まると内側から鍵を閉められたのを確認し、来たときと同じように夜道を警戒しながら道路を塞ぐバリケードの車に向かった。
道中では幸いにもミノルを襲うアンデッドと化したグールの群れには出会わずに済んだ。
先程の戦いでこの一帯のグール共は駆逐できたのだろう。
道路上のバリケードに到着したミノルは鍵が合う車を探し出し、セダン型の乗用車を運転した。
バリケードは道路を塞ぐように互い違いに駐車されているだけだったので、ブルーバードを前進させるだけでジムニーが一台通るには十分な道幅を確保することができた。
ミノルはジムニーに乗り換えると、車を運転して診療所へと向かいながら周囲を警戒した。
車のエンジン音におびき寄せられて別の場所からグールどもが来ることを心配していた。
ミノルは診療所に到着してからもエンジンを止めて周囲に気を配り、さらに銃を構えて診療所をグルリと見回った。
誰も来ない。そして隠れていないと確信すると、ミノルは診療所の裏口をノックした。すると薄い上着だけを羽織った寒そうな格好のマキノが表に出てくる。往診用の鞄を手にしてはいるが、寒い冬には似つかわしくないその格好で、彼に予備の服がないことがすぐにわかった。
ミノルのジムニーの助手席にマキノが乗り込むと、ミノルも運転席に座り、エンジンをつけて暖房を全開にする。するとまだ温まっていない冷たいくぬるい風が吹き出てくる。
ミノルは後部座席からフリース素材の毛布を掴み取ると、それをマキノに手渡した。
「先生、使ってください。風邪引いちゃいますよ、他に服は無いんですか?」
「ありがとう。いや、倒れたときに汚れてね。自宅のマンションには帰れないし、お店で買うこともできないからクリニックに置いてた着替えしかないんだよ」
「俺の家にある服で着れそうなのあったらもらってください」
「ありがたい申し出だね。でも着れるかな……。私はLLか3Lだよ」
「うーん、MかLですけど、なんとかしますよ」
「ははは……。ところで、ミノルくん、君、銃を何丁も持ってるのかい……?」
そう言ったマキノの視線の先には後部座席に置かれた二丁の散弾銃があった。
それは上下二連散弾銃と自動式散弾銃だった。
彼の話に耳を傾けながらミノルは車を発進させて会話を続けた。
「その二丁だけですよ」
「なんでこんなに持ってるんだい?」
「用途が違うんです。銃身が二本付いてるのは射撃競技用。一本は狩猟用です」
「へー。色々あるんだね」
「お医者さんだって内科医もいれば外科医もいるでしょ」
「……それはちょっと違うんじゃないかな?」
微妙にずれた会話をし始めた直後だ。
診療所を出た道路の先にはグールの死体が山のようにあり、それらが車のヘッドライトに照らされた。
「……あれ、全部ミノルくんがやったのかい」
「ええ。大変でしたよ」
「と、通れるのかい」
「さっき診療所に行ったじゃないですか。大丈夫ですよ。この車、車高が高いから」
そう言うとミノルは車のスピードを緩め、グチャグチャと撃ち殺した死体をタイヤで乗り越えながら突き進んだ。
「まぁ、気分は良くないですけどね」
「本当にね……」
そんな障害を乗り越えつつも、車はあっという間にミノルの自宅の前に到着した。
ミノルは駐車場に車を駐車させると先に降りて周囲をチェックし、安全を確保しながらマキノを護衛しながら自宅に招く。
ミノルの家に二人が到着すると、二人はともに不思議な安堵を感じた。
ここは安全だと本能が感じているのだ。
早速とばかりにマキノを家の中に招き入れ、自身の寝室で眠るリコをミノルは紹介した。
ライトをつけ、声をかけてもリコは眠っている様子で返事は無かったが、息苦しそうにコンコンと咳だけを繰り返していた。
マキノは一度洗面所に向かってうがいをし、手を洗ってからリコに触診を開始した。
鞄の中から体温計、脈拍計、聴診器などを取り出し、彼女の額に触れながらも診察をする。
そしてバイタルを測定し、聴診器で胸の音を聴いた後にミノルに向かって説明を初めた。
「肺炎の可能性があります。それ以上は検査をしなきゃな分かりませんが、肺の音と症状からして肺炎と診ていいと思います」
「ど、どうすればいいですか?」
「飲み食いはせず、抗生物質の入った輸液で点滴をしましょう。事前に聞いた症状から予想して二本持って来ました」
マキノはそう言うと鞄の中から液体の入った透明なパックを二本取り出した。
「どうやって点滴すればいいですか?」
「点滴棒など無いですよね。なにか吊るせる機材はありませんか?」
「ないっス。でも、吊るせば良いんですよね?」
「そうです」
「天井から吊るします」
ミノルは倉庫の中からテグスとフックを持ち出すと、リコの眠る寝室で椅子の上に乗り、天井にスクリュー式のフックをねじ込み、テグスを垂らした。テグスの先にはS字フックを取り付けると、マキノの指示に従って高さを調節して点滴をぶら下げる。
準備ができるとマキノもリコの細い腕を消毒し、点滴用の針を刺した。針をテープで固定し、つながったチューブを点滴のチューブと連結させると、点滴の輸液量を調節して点滴を開始させる。
点滴を施され、眠り続けるリコを見下ろしながらミノルは言う。
「っで、先生。他には何が必要ですか?」
「点滴の追加分です。点滴に必要な輸液と器具はまだクリニックに在庫がありますので、それを持ってきましょう」
「なら今日は一旦休んで、明日にまた病院に取りに行きましょうよ」
「そうしましょう」
「はい。……んじゃ、先生。飯食いましょ。俺が準備しますんで、その間に良かったらお湯で体でも拭きませんか?」
「助かるよ。髭剃りも借りられるかい?」
「もちろんっすよ。着れそうな服も用意しますね」
治療の目処が立つとミノルは台所でお湯を沸かし、お湯を受け取ったマキノは風呂場で借りたタオルで体を拭き、髭も剃った。着替えにはミノルのパジャマ代わりのスウェットが着ることができたのをでそれに着替え、マキノは数日ぶりに文明人となった気持ちになれた。
夕食はミノルが作った鍋で炊いた白米と味噌汁。そして根菜とスパムの炒めもの。桃の缶詰に、ミノル特製青汁が食卓に並んだ。
食後にはインスタントのコーヒーも出され、久しぶりの温かい食事にマキノは涙を流してしまった。
食事が済むとお互いのこれまでの境遇をさらに話し合い、今後のことについても話し合った。
リコの症状については点滴をしながら一週間以上は様子を見る必要があり、その間はここで大人しくすること。さらに水道の水もそのうち傷みだす可能性があるので、煮沸消毒してから飲むことをマキノが推奨してくれた。
ミノルも銃を目当てに近寄ってくる同じゾンビの生き残りに出会う可能性があるので、むやみに生存者を勧誘するつもりはないことを説明し、マキノも同意した。
これらのやり取りを繰り返し、ミノルは医師のマキノを信用できる人物かどうか品定めをしていた。
口の上手い奴はいくらでもいる。頭のいい奴は特に口が上手い。
リスクがあると踏んだら、うまく利用して、リコと二人きりにさせないようにし、自分も寝首をかかれないように注意を払い、最悪の可能性も視野に入れていた。
けれどもその心配は杞憂に終わった。この医師は人がいい。
優しく、真面目な人物だ。明らかに自分とは違う世界を生きてきた種類の人間だが、人を騙したり、裏切る行為をする自分自身を許せないタイプだと踏んだ。
そしてマキノも同じようにこちらの人間性を試している素振りを感じた。
それはミノルがマキノを裏切った場合、マキノが窮地に陥ることを恐れているからだ。
これだ。同じ人ではなくなったゾンビ同士でも見知らぬ相手が怖いのだ。
だからミノルは正義の男としての立場を貫いた。
自分は弱い存在を助け、この場を切り抜けたい。
その手助けにあなたが必要だと。理解し合う必要がある。
食後の話し合いは腹の探り合いとなり、それは和平交渉の成功と合意で幕を閉じることができた。
就寝前にはリコのオムツをミノルが交換し、排泄物の内容をマキノが確認してから二人はリコを寝室に残して台所のあるリビングで布団と寝袋で眠り、夜を過ごした。
マキノは銃を持ったまま眠るミノルが内心恐ろしかったが、それでも久しぶりにぐっすりと眠ることができた。




