運命じゃなかった人
「突然こんなことを言われてもびっくりしちゃうだろうけど、君たちは将来結ばれる運命にあります。いわゆる運命の人って言うやつだ。おめでとう」
中学校の屋上に呼び出された僕と広瀬さんは、縁結びの神様から突然そう告げられる。単なるクラスメイトでしかなかった僕たちは困惑げに顔を見合わせて、それから縁結びの神様に確認を行う。
「縁結びの神様がそう言うのであれば、そうなんでしょうけど……なんで、神様直々にそれを教えてくれるんですか?」
「ほら、最近若者の草食化が進んでるでしょ? だからさ、運命の人同士でも、お互いになかなか踏み出せずに、全然くっつかないみたいなケースが増えてきたわけ。そういうわけで、こうして神様が間に入って、お世話を焼こうってことになったの。これも、時代の流れなのかねぇ」
神様はそう言ってあくびを噛み殺す。寝不足なんですかと僕が尋ねると、徹夜してソシャゲのイベントを周回していたんだと答えてくれる。
「それじゃ、そういうことだから。運命の人同士、できる限り仲良くね」
そう言って縁結びの神様は去っていった。残された僕と広瀬さんはもう一度お互いに顔を見合わせて、困ったねと率直な感想を言い合った。
「私の運命の人は、二年C組の高橋君だと思ってた」
「僕だって、周りにバカにされるから言わなかったけど、将来は可愛い女優と結婚するものだと思ってたよ」
広瀬さんが呆れた表情を浮かべ、それから小さくため息をつく。
「まあ、お互いに色々と思うことはあるだろうけど」
広瀬さんが手を差し出しながら僕に語りかける。
「運命の人同士、これからは仲良くしていきましょ」
それから僕にとって広瀬さんは、単なるクラスメイトではなく、縁結びの神様公認の運命の人という存在になった。それでも、運命の人同士だからといって、全てが順風満帆だというわけでもなかった。学年が上がると僕たちは別々のクラスになったし、進学先だって別々の高校だった。お互いに意見がぶつかって喧嘩をすることもあったし、お互いに忙しくて気がつけば一ヶ月以上顔を合わせないことだって何度もあった。
だけど、やっぱり運命の人だからという思いはずっとあって、喧嘩をすれば仲直りをしたし、最近会ってないなと思ったら、お互いに時間を作ってどこかへ一緒に遊びにでかけたりした。色んなことを二人で経験して、色んな感情を二人で分かち合って、気がつけば十年という月日が経っていた。そして、そんな僕たちの前に再び縁結びの神様が現れる。
「十年前、君たちは運命の人同士だって言ったじゃん。ごめん。あれ、間違いだった」
神様は申し訳なさそうに両手を合わせ、謝罪の言葉にする。それから僕の方へと顔を向けて、言葉を続ける。
「君の運命の人は、隣にいる広瀬さんじゃなくて、有名新人女優の斎藤桃子っていう女の子なんだよね。お詫びとしては何だけどさ、彼女の連絡先を聞いてきたから、それを教えてあげるよ」
僕は神様と、そして隣にいた広瀬さんを交互に見つめる。
「えーっと、お言葉ですが、神様」
僕はできる限り失礼のないように言葉を選びながら神様に伝える。
「神様はその人が運命の人だと言っていますけど、僕としては隣にいる広瀬さんが運命の人だと思ってます」
神様は僕の顔をじっと見つめる。怒ってますかと僕が尋ねると、神様は面倒臭そうに頭を横に振った。
「いやね、昔だったら君の意見なんて聞かずに、こっちが決めた運命の人を押し付けていたんだけどさ。今はコンプライアンスとかもあって、強制できないんだよね。これも時代なのかねぇ」
「運命の人と結ばれないとやっぱり悪いことが起きたりするんですか? 僕は構わないですけど、お相手の人に申し訳ないなと思って」
「運命の人と結ばれないから不幸になるということもないし、運命の人と結ばれたから幸せになれるというわけでもない。恋愛は魔法の道具じゃないんだからさ、それは夢の見過ぎだよ。実際、君が心配しなくても、あの子くらい可愛かったら、引く手数多だしね。何なら、私もファンの一人だし、この連絡先に使ってアプローチしてやろうかと思ってるくらいだよ」
それではお幸せに。そう言って縁結びの神様は僕たちの前から去っていった。それから僕と広瀬さんは家に帰って、それまでと同じような日常に戻った。それから三ヶ月後。テレビのワイドショーでは、僕の運命の人だった女優の斉藤桃子ちゃんが縁結びの神様とスピード結婚したという芸能ニュースで話題が持ちきりになっていた。僕と広瀬さんはリビングのソファに座って、テレビに流れる結婚記者会見の様子を眺める。その途中、ふと僕が横を向くと、広瀬さんはテレビではなく、僕の方を見つめていた。
「まあ、最初は運命の人じゃなかったとしても」
広瀬さんを見つめ返しながら、僕は言う。
「十年もこうして一緒にいたら、そりゃあ運命の人になっちゃうよね」
広瀬さんがうなづいて、僕たちはもう一度テレビへ視線を戻す。テレビ画面の中では、斉藤桃子ちゃんが幸せそうな表情で、結婚相手の縁結びの神様のことを話していた。僕は僕の運命だった人の幸せを心の中で祝福する。そっと手をソファに置くと、広瀬さんの手と重なり合う。それから。僕たちは何の言葉も交わさないまま、まるでそれが当たり前かのように手を握り合うのだった。
それから一年後。斎藤桃子ちゃんと縁結びの神様はW不倫が原因でスピード破局してしまうわけだけど、それはまた別のお話。