「俺、感情がないんだ」と冗談で言ったら、俺の感情を取り戻そうと必死になる幼馴染が死ぬほど可愛い
「俺、感情がないんだ」
それは、ただの冗談のつもりであった。
俺――柳鉄雄は、子供の頃から感情の起伏が薄い、とよく言われてきた。
いわゆる『ポーカーフェイス』というのが得意で、面白いと思っていても特に笑わなかったり、怒っていても表情には出なかったり、悲しくても一緒だ。喜怒哀楽の感情に欠けているから、感情が読みにくいと言われるし、社交性がないともよく言われる。
そんな俺には、すぐ近くに暮らす幼馴染の女の子がいる。
名前は間宮南那と言って、身長は低く可愛らしい顔立ちをしていて、俺の友人曰くは『小動物系』というものらしい。
学校でも男女問わず人気のある子で、割と天然なところがあるというのは、俺もよく知っていた。
故に、これは本当に、ただの冗談のつもりだった。
「……っ!」
だが、南那の反応は想像を超えるものであった。
いつものように、一緒に学校から家に帰ると、必ず俺の部屋に寄ってゲームをしていく彼女。今はゾンビを撃ち殺す系のゲームをやっているわけだが――というか、見た目に反してこういうゲームをやる、というのもまた彼女のギャップなのだが、それはそれとして、今の表情はゾンビにまさに襲われる瞬間と言っても過言ではなかった。
「……おかしいと思ってた。だって、テツ君って全然、笑わないんだもん」
『テツ君』というのは、俺のあだ名だ。
こういう風に呼ぶのは彼女と母親くらいなので、他人の前で呼ばれるのは少し恥ずかしい。
だが、その恥ずかしさも表情に出ないのが俺の強みでもあった。南那の表情を見れば分かる――これは、本気で信じている顔だ。
彼女はゲームのコントローラを手放し、ゾンビに襲われまくる主人公を尻目に、俺の手を握る。突然の行動に、思わず心臓が高鳴ってしまう――が、表情には出さない。
俺とて、成長した幼馴染と触れ合えば、緊張くらいはする。
「大丈夫だよ、テツ君! わたしが、感情を取り戻す手伝いをしてあげるから!」
「……感情を、取り戻す?」
「そう! 名付けて、『テツ君の感情を取り戻す大作戦』!」
全てにおいて、そのままだった。思わず頬が緩んでしまうが、天井に向かって指を差し、見上げている彼女にはバレていない。
「俺のために、そんな作戦を……」
「当たり前でしょ。わたしとテツ君は仲良し幼馴染なんだから! 困った時はお互い様! 寝坊で遅刻しそうになった時も、怪我をして泣いて動けなくなった時も、お昼忘れてお弁当のおかずを分けてもらった時も……全部助け合いだったでしょ!?」
「まあ、全部お前のことではあるが」
「え、そうだっけ……!? そ、それはともかくとして……」
全部、南那が過去にやらかした話だったのだが、何故か俺がやった分も入っていると思っていたらしい。恥ずかしがって顔を赤くするのも可愛いな。
「じゃあ、テツ君の感情を取り戻したいと思いますっ」
そう宣言すると、南那は立ち上がり、俺の前で構える。一体、何をするつもりなのか。
手首を少し曲げ、手招きをするようなポーズを取ると、わずかに膝を曲げて、自信満々の口調で言う。
「『立ち上がった猫』!」
バーン、と効果音が聞こえてきそうな感じであったが、実際には『Game Over』と発音のいい声が、テレビから聞こえてきただけだった。
まるで、今の南那の状況を的確に表しているかのように。
「……それは?」
「立ち上がった猫、可愛いでしょ?」
「確かに、可愛いな」
「可愛いものを見れば、絶対に感情は戻ってくるはずだよ!」
なるほど、確かに可愛いものを見れば、俺も表情は柔らかくなる。だが、
「まあ確かに、猫の真似をするお前は可愛いと思う」
「……へ?」
俺がそう言うと、南那はみるみるうちに頬を赤く染めて、視線を泳がせた。
そうしてその場に慌てて正座をすると、俯いたままに消え入りそうな声で言う。
「……今のは、忘れてください」
「いや、それは無理だ」
「べ、別にわたしが可愛いとか、そういうあざとい話をしたいんじゃなくてね!? あくまで、猫が可愛いって話なの! 勘違いしないでよね!」
急にツンデレのような言葉を使いながら、慌てふためく南那の姿も実に可愛らしい。
内心、俺の感情は揺らぎまくりだったが、それでも表情は変わらないので、この『冗談』はしばらく有効になりそうだ――果たして俺の無表情が、いつまで持つか分からないが。
たまには男女のラブコメチックなものを書いてみました。