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破らせる約束と忘れてはいけないひとつのこと

作者: 雲乃盟輪

01

 

 「フィッシュアンドチップスとナッツの盛り合わせ、フンギ。マルゲリータ。フライドチキンとフライドポテト二人前。あとカプレーゼと野菜炒め。」


 積み重なった白い皿で雪崩を起こす気なのだろうか。それとも何も頼まずに下げてくれと頼みづらかったのだろうか。おそらく前者だろうと思いながら、一つだけ余っていたフライドチキンにかぶりついた。

 

 「フィッシュアンドチップスとフライドポテト被ってないか」

 「芋の形が違う」


 確かにと思ってしまった。ヴィオはしてやったりな顔をして、フライドポテトをわしづかんで口に放り込んだ。行儀が悪いなと思いつつ、俺は残った肉を舐めるように、骨をしゃぶった。

 

 これが、入店して30分経ってから初めての会話である。最後の訓練を終えて腹ペコだったせいで、宿舎から10分かかるところを3分足らずで到着して、お通しとスピードメニューをむさぼり食っていた。

 

 席に着き、すぐさま頼んだのは早く出てきて腹にたまるものだった。積み重なった白い皿はそれらの残骸だ。鬼気迫る剣幕で頼んだせいだろう。ドリンクやお通しよりも先にガーリックトーストが2皿出てきた。それを1分とたたずに食べ終えて、やってきた料理を胃に消費してから、矢継ぎはやに5回ほど注文を繰り返したため、空いた皿で雪崩を起こしかけていたのだ。

 

 運良く雪崩に巻き込まれなかったのは、3本のレモン風味のソーセージと大盛りのナポリタン、それと今運ばれてきたカプレーゼと野菜炒めだけだった。

 

 「料理が来るのが早い」

 

 2本になったソーセージと普通盛りになったナポリタンを見ながら、僕はタバスコをトッピングしたナポリタンをフォークで絡めとって口に放り込んだ。

 

 「はしあにくるおああはいわ」

 「くるのはやいし、飯はうまいし、しかも酒もうまいときてる。飛び込んで正解だった」


 口の中に幸せが詰まっていたところを話しかけられたところを無理に返したので、何を言ってるかわからなくなってしまった。だが、ヴィオには何を言っていたか伝わったようで、すぐに返答が返ってきた。もっとも、行儀の良いことにソーセージを赤ワインと共に飲み込んでから返してきたようだが。

 

 「飯屋を選ばせたらピカイチだ」

 「褒められても、トマトしかあげない」

 「いらない」

 フォークの先でカプレーゼのトマトを僕の口に渡そうとしてきた。

 「善意で分けてあげようとしてるのにつれないの。」

 「トマトが嫌いなことを知って分けようとする性悪女には当然」

 「あなたとトマトの仲を繋げてあげようとしただけ。な・か・な・お・りしないと」

 「ナカナオリさせようと思うなら、ズッキーニとな・か・な・お・りしてからいって」

 

 手元の野菜炒めからズッキーニを三切れすくって、ヴィオの目の前に突きつけた。


 「ズッキーニとは仲良くできない。食感も味もよくわからなくて怖いの。」


 ヴィオのフォークにささっていたトマトは取り皿のアラビアータの頭上に放られた。そのタイミングで頼んだフィッシュアンドチップスたちが机に並べられた。机の上は再び無政府状態になった。机にはかわいそうだけど、俺たちはご満悦である。二人のゲリラによって一瞬でフィッシュアンドチップスはなくなり、ピザも一皿にまとめられてハーフアンドハーフになった。

 

 「僕だってトマトが怖い。グジュグジュの食感、すっぱい味。」


 ピザを一切れとってさらに言葉を返す。


 「食感、味。嫌いな理由は共通している。これ以上の言い争いは不毛。僕らが禿げたジジババになる前に早く残ったピザでも食べよう。」

 「違う」


 否定的な目でこちらを見つめながら彼女もピザをとる。

 

 「私が嫌いな理由は美味しい理由がわからないから、でもあなたは嫌いな食感と味がわかってるじゃない。全く違う。あなたはわかった上でトマトを嫌がってるの」

 

 言いたいことを言い切ったヴィオは勝ったと左手で2本の指をたててピースをしながら、ピザを2枚重ねて頬張った。言い返したかったけれど、話している間に余っているピザとカプレーゼ(のモッツァレラチーズ)が食べられてしまう。ヴィオに降参の意だけを示して、野菜炒めとモッツァレラチーズを自分の取り皿に分けた。


 あまったモノを黙々と食べていると、残った料理がカプレーゼのトマトと野菜炒めのズッキーニだけになっていた。

 目線で合図して、僕がズッキーニ、ヴィオがトマトを食べた。これ以上何も入らないと体が訴えかけてきたので、太鼓のように張ったお腹をポンッと叩いて訴えを許諾した。


 ソファに体をなげだしてからジャズが1曲半終わるぐらいに、満腹になったせいだろうか。脳のシナプスが繋がった。満腹になってぼんやりした頭から魔王討伐前日に、信頼する同僚と何か話をしなければという頭に切り替わった。少し首を傾げて頭を悩ませていると、同じように椅子に体を預けていたヴィオが上体を20度ほどあげて口を開いた。

 

 「さっきの怖いで思い出したんだけど」

 

 ヴィオは指2本分(ダブル)ほど残った白ワインを飲み干し、右手の中指で机を2度叩いて続けた。

 

 「あなたにお金を貸してる」


 左手の指でコメカミを刺激して、いつ借りたかを思い出す。三ヶ月前の飢饉の支援をした打ち上げの三次会だったか。二週間前に牛型の魔ケダモノ物を討伐したときだったか。


 「先週の給料日前。前の街で少しお高い料理とバカ高い酒を頼んだ日。午後1時47分に店を出たときに貸したでしょう。」


 思い出せないことを察したのだろう。ヴィオは30秒とたたない間に答えを教えてくれた。


 「先週。昼。高級ランチ。」


 あぁと相槌をうって、思い出す。言葉によって側面にズレていた記憶が戻ってくる。


 「忘れてた。いくら借りてたっけ。」

 「2000ディフ」


 左手を2本たてた後、右手の指で輪っかを作って3回右に動かした。空中で2000ディフを表してるつもりだ。僕は財布から、お札を2枚だしてヴィオに渡した。

 

 「毎度あり」

 「もらったお金を指で挟んでヒラヒラさせない。行儀が悪い」

 

 ニコニコしながら、うけとったお金を見せびらかされる。永遠に続きそうな光景だったが、中断される。店員が3段に分けられたカートで料理を運んできたからだ。


 カートに所狭しと載せられた料理をみたヴィオはポケットに2000ディフをしまい、雪崩を起こしていた空いた皿を丁寧に重ねた。


 それといれかわりで、カートの面積よりも1.5倍ほどの大きさの机に空いた皿と熱々の料理が乗った皿が交換されていく。

 机に料理が並べられ、カートに空いた皿が積まれると店員は注文を読み上げ確認し、「以上でよろしいですか」と定型文を読み上げてキッチンへ下がっていった。

 自分のお腹を少し撫でる。胃の具合的には3分目。まだまだ食べられる。


 いままでの前座でなく、ここからが本番だ。僕は取皿いっぱいにマルゲリータとフライドポテトを載せた。ヴィオはフンギとフィッシュアンドチップスを、取皿に載せずに交互に口に放り込んでいる。

 運ばれた料理は30分立つと、すべて空になった。

 僕もヴィオもデザートには興味がなかったので、お腹をこなれさせてから、会計にうつる。

 店員はバインダーを僕のもとへ差し出した。そのまま、様々な料理が詰め込まれた腰をあげて、レジへと進もうとしたところをヴィオに抑えれた。


 「ブライオン」


 トントンと2回机を叩く。


 「いくらだったの」

 「そこそこぐらいかな」


 彼女に視線を合わせて、バインダーを2本の指で挟んで左右に振った。


 「二人でご飯に行ったら割り勘っていうのが約束でしょう」

 

 彼女は少し怒ったような口調で僕を問い詰めた。


 「お金借りてたことも忘れていたし、明日が決戦だろ」


 僕の顔を立ててくれと言葉にださずに視線で続けた。彼女も僕の言わんとしたことは理解しているようだ。だが、感情は言うことを聞かない。目ではわかってますと言わんばかりのキレイで慈愛にみちているが、表情はそんなこと関係がないと怒っているようだった。


 「駄目」


 彼女はカバンからオレンジ色の二つ折りの財布を取り出した。金を取り出しながら、ブぼくライオンにむかって言う。


「金の切れ目が縁の切れ目なのよ」


 終わったあとも関係性がきれたら嫌でしょう。と言葉をつづけて僕の手からバインダーを奪い去った。

「安いわね。いい店。また来ましょうね」


 僕に会計に必要な半分の額とバインダーを渡すと、席を立った。ほらいくわよと、手で僕を招き寄せた。それに抗うことなくついていく。考えていた半分の値段で山盛りのご飯と美味しい食事を、相棒と素敵なひとときを過ごした。

 二人の財布が均等に軽くなった。時計を確認する。21時だ。図書館がまだ空いている。


 「図書館がまだあいてるからよってから戻る」

 「はいはい」


 本にとんと興味のない彼女は僕に手をひらひらと振って踵を返した。5歩ほど歩いてから、こちらに向き直り手を振って、こう続けた。


 「さっきの店の名前なんだっけ」

 「忘れた」

 

 でも、と僕は続ける。


 「あのおいしい味と店の場所は覚えてる。全部終わった後、思い出したらまた行こう」

 「約束ね」

 

 用がすんだようで、再び体を180度回転させて今度こそ彼女は歩き去る。いつもよりゆっくり歩いて宿舎まで向かうのを彼女の影がみえなくなるまで見送ってから、図書館へと向かった。



 02

 21時15分に図書館についた。23時閉館なので、1時間30分は調べ物をすることができる。


 「魔王と思わしき存在のおとぎ話と過去の勇者が生まれる10年前後のできごとをまとめた本はありますか」

 「少々お待ちください」


 手元の検索機を使用している。検索に慣れているのだろう。1分と立たずに画面から顔をあげて話してくる。


 「該当の図書がございました。お持ちいたしますので、カウンターが見える席におかけになっていてください」 

 

 司書が手を指し示した方には、小さい机がついた椅子があった。座って一息つく。 

司書が本を持ってくるまでに今まで調べてきたことと、僕が勇者としてやってきたことを箇条書きにして紙に記すことにした。


・魔王について

 わからない。姿、能力共に不明。どの時代においても不明瞭な書かれかた。

・勇者について

 どの時代にも存在している。魔王が現れてから後発的に勇者が現れている。能力はまちまち。容姿性別共にランダム。

・能力に対しての知見と過去の情報

 自身の能力と過去の勇者の能力との関係性は不明。関連性も薄い。


 4年かけて、僕が勇者として凱旋し訓練して、その合間で自身でしらべていたことと対魔(SDT)の情報局から共有されていたことが1枚の紙につらつらと書き連ねた。

 すべてかききったところで、情報が少ないと苦笑いをこぼした。勇者(ぼく)について何もわかっていないのに、魔王のことを知るのは難しい。

 落ち着くために腰のホルスターに収められたデリンジャーをなでた。ルーティーンのようなものだが、これで落ち着いて希望が湧いてくる。

 書き忘れたことがないかを悩んでいるところに、司書が本を持ってきてくれた。


 「該当の2冊になります。貸し出し不可のものですので、おかえりの際に返却棚にお返しください」

 

 わかりましたと短く返す。司書はカウンターに引っ込んでいった。開いたのは、魔王のおとぎ話からだった。魔王の話だけがのっている、というよりは民話を集めた本のようだ。目次を開いて該当の話を探す。123ページ、75話目として掲載されている。2ページしか書かれていなかったが、民話にしては長い。


 ある村に襲いかかった謎の恐怖。村人たちはその正体がわかることなく、恐怖におちることになり、語り手以外は気が触れてしまう。

 この話も同じような内容だ。2年ほどかけて調べているが、魔王の文献を見つけても、どれも正体不明。そして。恐怖に飲まれている。この存在がどのような行動を行うのか、どのような姿なのか、どのような攻撃をするのかがわからない。


 「前日になっても何もわからない」


 独り言が漏れる。これまで国立研究所の研究員とも交流を続けてきたが、ついぞ魔王についての結論ができることはなかった。24時間と立たないうちに対峙しなければならないのというのに、正体が何一つわからない。頭から足先まで不安が伸びてくる。


 デリンジャーをなでる。少し気持ちが落ち着いた。

 調べられることはまだ有る。民話集を端に寄せて、新しい本を開く。

 表紙に『拝啓、勇者へ』と題されている。裏表紙のあらすじから勇者に送られた手紙をまとめたものだ。9割は既読のもので、残りの1割からも勇者の新しい知識になりそうなものはなかった。改めて認識したことは僕らがたどってきた勇者と魔王の戦争の軌跡が何一つわかっていないということだ。

 記録上で1000年は続いている戦争。魔王が出現した瞬間に現れる気が触れた獣(ケダモノ)魔王に依した人間(ケダモノ)で飲まれそうになる時代。


 勇者の役割(ロール)は、民衆を守ることにもあった。民衆を守ることで魔王に殺されないように授けられた能力を魔物(ケダモノ)で成長させる目的でもあったが、魔王無き世界で平和にすごせる人物を増やすための政策だったのだろう。その政策は何代に渡っても引き継がれている。ケダモノ退治によって得られた武勇伝は勇者(テンプレート)を彩る物語になっている。

 

 『拝啓、勇者へ』の手紙を読み返す。歴代の勇者(かれら)へ送られた手紙と今代の勇者(ぼく)の4年間を比べる。

 勇者になった4年間は歴代の中でも辛い時代だった。魔王が現れる前から、世界から災害が絶え間なく起こりつづけていた。誰もが忘れられない凄惨なこと、忘れてしまいたい光景。その支援と魔物(ケダモノ)討伐のために歩みを止めなかった。

 右手から、紙の感覚がなくなった。256通の手紙を読み終え、フィルムを巻き終えたように回想がとまる。

 閉館を知らせる音楽が館内に流れている。他にいた利用者もポツポツと帰りだしていて、返却棚には数人並んでいる。それにならって、2冊の本を小脇にかかえ壊れ物を扱うように返却棚においた。

 

 図書館をでた。上を向いても月は見えない。暗い雲が顔をみせないように隠しているからだ。大きく息を吐く。これで雲がふきとべば、僕の暗雲もどいて、明るくなった月がこちらを見てくれると思ったからだ。

 

 景色は明るくならなかった。影を置き去りにできないかなと宿舎まで早足で向かうことにした。帰り道、なんと表せばいいかわからない夜鳥の鳴き声が耳をつついていた。

 


03

 宿舎へ戻った。時間は23時30分。魔王討伐のブリーフィングまで残り12時間をきっていた。少し早足で階段をあがる。

 宿舎の階段は長く、一段が高い。4階建てなのに、6階まであるんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。それを一段とばしで駆けあがった。3階についた。まだ早足はやめずに部屋まで急いだ。

 目当ての部屋の正面立つと、デリンジャーをなでた。少し落ちついたので、さっきの足音よりも少し小さいノックを2回した。ベッドから降りる音がする。体重をのせている足音が扉へと近づいてくる。扉がひらいた。部屋着のヴィオがまじまじと僕を見ながら出迎えてくれた。


 「早かったね」

 「そうでもないよ」


 僕はそのまま中に入って、いつもの席に座る。ヴィオも扉と鍵を閉めて、ベッドの上へ腰かけた。


 「魔筒(まとう)だして」

 

 ヴィオに言われるがまま、腰にかけていた3本の魔筒(まとう)を渡した。


 「ありがと。ほら私の魔筒(まとう)。」

 「投げて渡すな。壊れたらどうするんだ」

 「受けとってくれるでしょ」


 弧をえがきながら飛んできた円柱の形をした魔筒(まとう)をこわれないようにやさしく3回キャッチする。腕が3本の魔筒(まとう)でいっぱいになったので、2本は椅子の脚に添えるように置いた。 手元に残した一本の魔筒(まとう)の注ぎ口のボタンを押して魔力を送る。何度やっても、好きになれない作業。一つ満杯にするのに10分もかかるうえに、おわった後クタクタになる。どんな訓練よりも、嫌いな人間の相手をするよりも、苦手な作業だ。

 僕がこの作業をするのは規則だからというよりも助けたことも、助けられたことも嫌な思いをしたことよりも多いからだ。

 

 「知ってるブライオン。誰でも魔力を蓄えられる論文が発表されたって」

 「知ってる。それが誤った論文だったと3日前に発表されたことも知ってる」

 「間違ってたのね。革新的な技術だと思ったんだけど」

 

 目線を魔筒(まとう)からヴィオにうつした。ヴィオも魔筒(まとう)を眺めながら作業していると思ったが、僕のことをジッと見ていた。目線をそらす意味もなかったし、僕もヴィオと話したかったから目線を合わせて話を続けることにした。

 「魔力は不思議だ。誰の体にも供給はできるのに、魔力をその人間のものにするには相性が必要だ。」

 「それがなければ、私たちがバディを組むこともなかったかもしれない」

 

 そんなことないと言葉を返して、供給が終わった魔筒(まとう)を一本脇にどけた。目線はヴィオにあわせながら、新しい一本を取って同じように魔力を送る。ヴィオはそうじゃなければと言葉を続ける。


 「4年前の私の実力で勇者(あなた)といっしょになれるわけないでしょう」

 「どうだろう。お互いぺーぺーだったし、実力が近い同士で組まされただけだよ」

 「それでも魔力の相性が良かったことも要因の一つでしょう。相棒(バディ)が交代されずに続いているのは魔力のおかげといっても過言ではないわ」

 「過言ではない、は言い過ぎだと思うけど概ね共感できる」

 「それによく考えて。男女で相棒を組むなんて魔力という要因がなければありえないでしょう。対SDT魔王特別部隊でいざこざがあったら困るんだから」

 

 それは同性同士でも起こりえることだよと返そうとしてやめた。母数として、異性間のトラブルのほうが表面化されていることは事実だからだ。

 

 2本目の供給が終わって、3本目に手をつけた。ヴィオも2本目の供給を終えて、3本目にけだるそうに手を付けていた。魔力の供給は1本目よりも時間がかかった。

 供給がすめば、夜に吸い込まれてなくなってしまうほど他愛のない会話が終わってしまうからだ。

 僕が返答しなかったので、さきほどの会話は止まってしまった。最近あった出来事からなんとか話題を絞り出す。


 「最近の論文で、感情を共有することで一時的に魔力が増幅した研究結果が出たってさ」

 「面白いね。みんなで怪談話でもしたあとに出撃したらいつもより調子がいいってことでしょ」

 「そうだね。怪談話よりも面白い話をして笑い転げてから行きたいけど」


 また会話が途切れる。話が止まるごとに間が広がっていく。軽かった会話に少しずつ重さが増していく。砂に水を含ませるように。泥となって魔力の源(こころ)を見えなくして、重くしていく。相棒同士だから、本当に言いたいことはわかっていた。それを言葉に出してしまえば、この時間が終わる。僕もヴィオもはじめに言いたかったことを先延ばしにしている。

 

 「ヴィオ。魔王と戦うのは明日じゃないか」

 「そう。そうだね。明日だね」


 ヴィオの返答は何かを噛みしめて、それを外に出したくないような相槌だった。

 もう少しで魔力が干からびそうだった。この時間も終わりに近づいている。だから、僕は言うことにした。


 「もし、どちらかがいなくなってしまったら。」


 生唾を飲み込んで、高台から飛び降りるような緊張感をむりやり下す。


 「忘れないでほしい。」

 「わかってる。忘れない。」


 ヴィオの口が開いたまま、こちらに向けられる。言葉は発せられていない。でも私も言おうとしてたよという顔だった。潤った喉から発された乾いた言葉。呪いの言葉。彼岸に渡ってしまったあとに縛る言葉。


 3本目が満杯になった。この時間の終わりが告げられた。ヴィオが溜めた3本の魔筒(まとう)をとって、部屋を出た。


 さよならも、また明日も、じゃあねも、なかった。別れを言葉にするのが怖かった。急ぎ足で部屋へ向かった。何も考える余裕がなくなるように急いでシャワーを浴びて、ベッドに入る。恐怖に蓋をするために、頭まで布団を被って何かをみないように壁に向かって目を閉じた。

 

 明日で終わりだ。ただそれが一つとは限らないだけだ。

 脳裏によぎった言葉をひたすらくだらない考えでかき消したころには、僕の意識は枕に委ねられていた。



04

 「対魔王特別部隊。全員の参加を確認。これよりブリーフィングを行う」


 150人が収容できるテントの中で、総指揮官地が地も割れるような声でブリーフィングが始まった。これから僕らは魔王の根城へと進軍することになる。


 「昨日、説明したとおり4小隊ごとにAからKの11のグループを組んでもらう。手元の資料と照らし合わせて整列場所と周波数を確認しろ。作戦開始後に、混乱を引き起こす要因になる。注意すること。」


 輪唱のように、紙をめくる音が聞こえる。時折、四方から聞こえる荒い息がこれからの作戦の緊張を物語っている。


 「AからHは右翼と左翼に分かれて、ケダモノの排除。IからKは索敵のため先行してもらう。次のページを開け」


 総指揮官がページを開くように支持を出す。ブリーフィングの重要な部分。みんなにとっても、ぼくにとっても。


 「根城に突入後、AからHは陣形を変えて防衛。勇者(ブライオン)が目標を達成するまで、障害(ケダモノ)を入れないのが役目となる。洞窟は他に入り口がないことは確認済みだ。第1次防衛線を守るのが諸君らの任務となる。

 IからKは根城の索敵と勇者(ブライオン)相棒(ヴィオ)の討伐に水をささないための見張りだ。」


 総指揮官が資料をおろして顔をあげた。その視線はIからKの12小隊、48人に向いている。


 「魔王を抑えることができるのは勇者(ゆうしゃ)相棒(バディ)だけだ。2名には絶対に障害(ケダモノ)を近づけるな」


 48人分の了承を告げる声があがる。四方から聞こえてきた荒い息が少なくなった。ブリーフィングが進むごとに覚悟を決めたのだろうか。


 「勇者(ブライオン)相棒(ヴィオ)は、目標に到達するまで彼らの援護に入ってもらう。勇者(ブライオン)能力(デリンジャー)で敵の足止め。相棒(ヴィオ)は観測手として敵の位置の報告だ。」


総指揮官にならって、地が震える声でヴィオと返事を返した。声を出して、了承を告げれば彼らと同じように覚悟を決められる。淡い期待だった。横のヴィオも同じ顔をしている。

もう一度寝れば、明晰夢がまた見られると考えてしまうぐらい、現実性のない期待。


 「勇者(ブライオン)。能力の継続時間を共有したい。」

 「6秒です。」

 「頭に叩き込め。魔物(ケダモノ)は6秒間、存在を忘れて動きが鈍くなる。隙を見逃すな。わかっている通り、呼吸や防衛反応といった生物に不可欠なものは忘れない。決して油断してはならない」


 能力を説明するとき、少なくない無力感に苛まれる。その無力感が僕の顔を地面に向かわせた。0.

2秒しか発動しなかったときに比べれば、30倍も能力が伸びている。だが、息を止めさせたり、体の動かし方を忘れさせたりすることはできない。


 歴代の勇者は、高速で駆けて魔物(ケダモノ)を倒したり、太陽と同じ温度の炎で焼きつくしたりしていたそうだ。歴代の勇者(かれら)に比べれば、僕の能力は討伐という言葉とかけ離れている。


 戦えていれば、犠牲者を減らせたかもしれない。

 もっと強ければ、魔王に苦悩することはなかったかもしれない。

 4年間調べ続けても正体がわからない魔王に怖れることはなかったかもしれない。

 ヴィオに縛りの言葉をかけることはなかったかもしれない。


 でも、と僕は顔をあげる。これは起こってしまったことだ。勇者という役割(ロール)を与えられたブぼくライオンは、未来へ進むためにこの力を使わなければならない。


 「ブリーフィングを終了する。1130に隊列を組んだ状態で集合しろ。以上だ。」


 ブリーフィングが終わった。僕はデリンジャーを撫でなかった。僕は地面を強く踏み、立ち上がる。同時に立ち上がったヴィオは先を見ていた。視線の先は決まっていた。魔王の根城。僕たちの最終地点だ。



05

 車両が入れない薄暗い森の中を抜けた。枯れた高い草が視線を遮る。すでに森の中で牛型と犬型の魔物(ケダモノ)と接敵していた。僕が動きを止めて、残りの数をヴィオが報告しながら順調に進んでいる。

 

 負傷者は何人か出たが、洞窟へと到着した。予想していたよりも魔物(ケダモノ)の数が少なかったので、指揮官から小休止の命令が出た。これから万全の状態で作戦を遂行したいという判断と、ここに至るまでに予想の1.4倍の数に襲われたためであろう。

 10分の休憩が終わった。索敵班から通信が入った。


 『100以上の人型が2時から4時の方向から、200の鳥型が7時の方向から多数襲来しています』

 「総員構え。I.J.Kと勇者、相バディ棒は突入しろ」


 洞窟の入り口を背に半円を描いて隙間なく盾が構えられた。鳥型を落とすために槍を上に構えた第2陣が眉をひそめて敵を待っている。陣形が完成し切る前に僕らは洞窟内部へと駆け出した。

 勇者と相棒(ぼくら)より先行しているIが魔術で光源を確保してくれている。


 「2時の方向から人型が7体」


 ホルスターからデリンジャーを抜いた。影から奇声をあげた人型の魔物(ケダモノ)が襲いかかってくる。接敵が近い女形2体に1発ずつ撃ちこむ。乾いた発砲音が洞窟に二回響いた。撃たれた彼らには外傷一つないが、自身が何者であるかを確かめるようにあたりを見回しはじめた。その隙に槍を構えたヴィオが肉薄して2体の胴を薙いだ。膝から崩れ落ちる。倒れ伏しても、なぜここにいるかわからない目でこちらを白濁した目で見つめている。

 

 目線をそらした。考えても仕方がないことだからだ。殺された魔物(ケダモノ)はいつも同じ目をする。同じ目だ。自分がここにいるかわからない目。不条理に巻き込まれたような目。救いを求める目。疑問を投げかける目。

 

捕獲された個体をいくら研究してもわからないんだ。こんなところで僕にわかるわけがない。生まれた罪悪感と、血で汚れてしまった感覚に陥ったデリンジャーを持った右手を、左手で拭った。残った魔物は他の部隊が倒してしまっていた。

 忘れてしまおう。記憶を振り払うために、先へと駆け出した。魔物(ケダモノ)はもう現れなかった。

 


06

 扉の前まできた。物語にありそうな大きな両扉ではなく、木で作られた素朴な扉だった。ここまで共に進んできたI,J,Kのグループはすでに防衛体制に入っている。

 「準備がよろしければ進んで。ここは俺たちが守る」

 3つのグループをまとめていたIのリーダーが強い意志を持った目で言ってくる。

 

 「いくよヴィオ」

 「一緒にもどるわよブライオン」


 デリンジャーを抜いた僕と槍を構えたヴィオは扉を開けた。


 いる。魔王がいる。姿が不明瞭で、人型か、牛型か、鳥型か、何一つわからない魔王がいる。

 こいつは何だ。認識できない。何もわからない。わからないということだけがわかる。文献に魔王の姿が書かれていなった理由をようやく理解することができた。どの勇者もこいつを認識することができなかったからだ。


 ヴィオの様子を横目で確認する。毅然とした姿だが、槍を持った手が細かく震えている。背中を思いっきり叩く。一瞬、こちらを見てからヴィオは再び槍を構えて魔王に向き直った。

 怖い。ただ怖い。ヴィオも同じ感情だったのだろう。何もわからない魔王(あいて)に怖いという感情だけが積まれていく。だが、動かなければならない。自身の役割は魔王を倒すことなのだから。

 

 動かない魔王に2発撃ちこむ。変わった様子はない。だが、いつもの連携通りにヴィオが突きを放った。魔王は動かなかった。攻撃をもらったことなどわからないかのように。同じ連携を3回繰り返した。効果が有る様子はない。

 

 魔力を回復するために魔筒(まとう)を使う。乾いた魔力が潤っていくのを感じる。ヴィオが魔筒(あいて)を使うために警戒の姿勢を取る。

 

 魔王が動いた。姿が一瞬かき消えると、僕の目の前に姿を現した。目なのか、口なのか、穴を眼前に近づける。

 攻撃なのか。あまりにも恐ろしい存在が、目の前で何かをしている。僕の頭の中で恐怖だけが膨らんでいく。ただただ怖い。何もかもが怖い。この世の中も、この状況も、これまでやってきたことも、全てが怖い。

 恐怖にかられてデリンジャーをぶちこもうとした瞬間に魔王の姿が消えた。ヤツはヴィオの目の前にいて、僕と同じように穴を眼前に近づけていた。

 

 ヴィオの叫び声が聞こえる。4年間共にいて、一度も聞いたことのない声だった。理性を失った声だ。まだ彼女は穴をみている。ヴィオの目の色が変わるとともに、魔王は先程の位置に戻った。


 ヴィオは槍を逆手に、短く持って、自身の腹に突き立てようとした。

 反射的にヴィオを撃った。能じゅうだん力は頭に命中して、彼女は槍を放して地面へ倒れ伏した。

 ヴィオに駆けよる。外傷はない。開いたままの目は意識はないものの、魔王が眼前にいたときとは異なっている。生きていることに安堵感を覚える。しかし、相棒(ヴィオ)は戦闘不能になってしまった。


 僕はあの化け物に一人で挑まなければならない。

 一歩ずつ、魔王に近づきながら考えることにした。一人で勝つ方法。魔王を消し去る方法を。


 「魔王についてわかってればこんなことにならなかった」


 一人になったせいか。恐怖を抑えきれなくなったせいか。独り言が漏れた。


 「しゃべってないと不安だからか。わからない。口に出すと思考は整理される。そうだろう」

 

 誰も聞いていない言葉が漏れていく。


 「恐怖の塊だな。この世の恐怖を全部集めたような存在だよ。理不尽だ。形ぐらい持てよ。認識できないだろう」

 

 魔王は動かない。あと10歩ほどで僕がつくというのに。感情というものがないのだろう。何も読み取れない。

 

 「消えてくれ。僕はヴィオと帰りたいだけなんだ」


 たどり着いた。魔王が目の前にいる。僕は上を向いた。先程よりも大きな穴が僕を包もうとしていた。頭が理解を拒絶しようとしている。恐怖を拒絶という方法で押し出そうとしている。理解を拒絶

してはならない。僕は考えなければならない。歴代勇者はあいつをどう倒したのか。

 本当に倒したのか。あれを。物理攻撃が、この世の攻撃をすべてはじきだしてしまいそうな魔バケモノ王を。


 僕を包む穴が大きくなっている。僕は笑いが止まらなかった。恐怖のせいか。違う。答えがわかったからだ。僕の役割(ロール)を。こいつにすべきことを。

 僕はデリンジャーだけしっかりと右手にもって、穴に体を委ねた。認識できない景色が、恐怖が、目の前と頭の中に広がっていく。飲まれる前に一つだけ言わなければならない。僕の相棒に。ヴィオに。僕を忘れないと言ってくれた彼女に。

 右のこめかみにデリンジャーを構えた。絶対に外さない距離。そして、魔王が決して離れられないほど深い穴の中。


 「約束破らせるね。ごめん」


 乾いた発砲音が響いた。



  07


 店に入ると、どこの席も満席だった。店内は前に来たときよりも騒がしく、声が混ざってどの会話も聞き取れないほどだった。

 座れる場所はないかなと4人席に1人で座っている金色の髪をしたの女性がいた。特徴的なのが、座っていてもわかる高い身長。おそらく190cmはあるのではないだろうか。サファイアがそのままはめこまれたような青い目はメニューを注視していて離れない。

 

 「すいません。相席いいですか。満席になっていて」

 「どうぞ」

 

 ためらいはあったが、勇気を出して相席を申し出た。彼女はメニューから目を離さなかったが、こころよく許可を出してくれた。対面に座り、壁に立てかけられたメニュー表を取った。前に来たときより2,3品はメニューが増えている。

 悩んでしまう。前に来たときのピザやポテト、サラダも捨てがたいし、新しく追加されたアヒージョも食べてみたい。悩んでいると、彼女のほうから話しかけてくる。


 「たくさん頼みたいものがあって、よろしければ分け合いませんか」

 「いいですね。僕もたくさんたべたかったのでちょうどよいタイミングでした」

 「それではお互いに好きなメニューを頼みましょう」


 了承を得たことで彼女はメニュー表から顔を上げた。目を見開いて、店員を呼ぶために彼女は右手を上げた。


 「ラムステーキ。ソーセージの盛り合わせ。ジェノベーゼ、ドリアにペスカトーレ、コブサラダ。それとおすすめの赤ワインをボトルでお願いします」

 「フィッシュアンドチップス。フライドポテト、カプレーゼにスクランブルエッグ、ナポリタンとマリナーラ。僕もおすすめの白ワインをボトルでお願いします」


 二人にまくしたてられた店員は急いで注文を書き写して厨房へとオーダーを通しにいった。メニュー表を戻して、少し口角があがった彼女に話しかけることにした。


 「随分頼まれるんですね」

 「食べるのが好きでして、あなたも随分頼まれましたね。」

 「前回来てあまりにも美味しかったものですから」

 「私と同じですね。あまりにも美味しくて、どうしても忘れられなくて、また来てしまったんです」


 僕と同じですね。そう返すとコブサラダとカプレーゼがやってきた。白ワインと赤ワインもやってきて、テーブルの半分が埋まる。残った半分もお互い取皿を3枚つづ置いたことで、開いたスペースは4分の1まで減ってしまう。


 「相変わらず美味しそう。あなたが相席を申し込んでくれなければ頼めませんでした。ありがとうございます」

 「僕も食べたかったところだったので。こちらこそありがとうございます」


 コブサラダを二人分取り分けた。カプレーゼも彼女の取皿にわけた。


 「カプレーゼはとらなくていいんですか」

 「トマトが苦手なんです。チーズは好きなんですが」

 

 そうなんですねと納得した彼女を横目にコブサラダを食べる。アボガドとゆで卵がベーコンの味を引き立たせながら、ドレッシングが均等に絡んでとても美味しい。まろやかさが口の中を支配している。


 しかし、食べ物が支配してくれるのは美味しいという感情だけらしい。本当に話したいことまでは支配して止めてくれはしない。

 妄想だと思われても伝えたい。伝えなければならないことを、僕のことを知らない彼女に言いたい。テストで100点を取った子供みたいに。約束を果たした男みたいに。今から気持ちを告白しようと緊張している男のように。

 

 「話の種と思って聞いていただけませんか」

 「あら。なんでしょう」


 新しく机に載せられたペスカトーレとマリナーラを1枚ずつ取皿に乗せて、フォークとナイフで丁寧に口に運びながら、彼女は僕に物語る許可を出してくれた。

 話を整理するために、彼女にわかりやすく語るために、腰に手をのばして、やめた。代わりに深呼

吸をして口を開いた。


 「ある男が役割(ロール)をはたすために4年間努力を続けた。順当に成長して、敵に立ち向かう力を手に入れた」


 彼女はピザをつまみながら、僕の話に耳を傾けてくれている。僕はトチらないように白ワインを飲むのを止めて、口が回るように水を含んだ。

 

 「彼は相棒とともに敵に挑んだ。しかし、敵には物質的な攻撃を意味をなさない。敵の正体がわからず、怖れることしかできなかった」


 もっとはやく正体がわかっていれば、相棒(ヴィオ)を危険に晒すことはなかっただろうか。結末は変わらないが、過程は変わっていたのではないだろうか。 


 話している間にテーブルの上にのっていないものはナポリタンとジェノベーゼだけになっていた。


 「彼は理解した。敵は恐怖だ。世界中の人々から恐怖が集まってできたものが目の前にいる敵だ」


 魔王の正体は恐怖の集合体だった。存在が認識できなかったのも、人によって恐怖の対象が変わるからだろう。恐怖そのものだから、物質的な攻撃が意味をなさなかったのだろう。


 「敵を理解した頃に、彼は自身の力にも気がついた。彼の力は人々の願いによって与えられたものだ」


 高速で駆け回っていた勇者が生まれる前、虐殺が起こっていた。世界中に難民が溢れて、みな移動できる足を求めていた。

 太陽と同じ温度の炎がだせる勇者が生まれる前は、どこの国も腐りきっていた。上層部を焼いてしまう炎を、民衆は求めていた。

 僕が勇者になる前は、忘れがたい災害が起こり続けていた。凄惨な過去とどうしようもない目の前の光景を忘れる方法を全員が求めていた。


 「彼は敵と同じ生まれだと気がついたんだ。そして、自分ごと敵を消し去ろうとした。どっちもいなくなれば、同じ存在は生まれてこない」


 だから、穴に体を委ねた。魔王と一体化した状態で僕自身を撃てばいいと思ったからだ。勇者と魔王はこれでいなくなる。世界中から恐怖を集め続けている魔王と世界中から希望を寄せ集めた勇者が一瞬でも忘却されれば、民衆とつながってる僕らは存在を失う。いなかったことになる。


 「彼の作戦はうまく言った。敵はいなくなって、彼も力を失った」


 僕の腰にデリンジャーがないのは成功の証。染みついたルーティンは抜けないけど、魔王を倒した印のようなものだった。


 「彼の心残りは相棒とした約束を破らせてしまうことだけだった。拙い話ではありましたが、酒の

つまみ程度にはなりましたか」

 「とても面白くていい話だったね」


 一人で街に戻ったときに確認した。誰もが、勇者も魔王も知らない。単語も存在しないし、勇者や魔王と言っても、誰一人として認識することはできない。ないものを認識(みること)はできないから。


 話し終えると、テーブルには取り分けたらなくなってしまう量のナポリタンとジェノベージしか残っていなかった。たくさんのおいしい食べ物と緊張でお腹はいっぱいだったが、ナポリタンだけ取り分けて胃の中に収めた。

 さまざまな料理で胃の中は秩序立っていなかった。無政府状態だ。

 食べ終えたテーブルに店員が伝票を置いた。僕はそれを取って立ちあがる。


 「話を聞いてくれてありがとう。ご飯もとても美味しかった」


 会計を済ませようとレジに向かおうとしたところで、彼女に待ってと呼び止められた。


 「私も払うわ。いくらかしら」

 「話を聞いてくれた貸しだと思ってください」


 いいえと首を横に降る。サファイア色の目で僕と目を合わせて、彼女は言った。


 「金の切れ目が縁の切れ目なのよ」

 

 僕は精一杯、声を抑えた。伝票は落としてしまったが喜びのあまり叫び出したい衝動を必死に抑えた。なにか言わないと。彼女に。相棒(あいぼう)に。ヴィオに。言わないと。


 「なんで」


 もっと言いたかったことはあったはずだったのに、僕の口は勝手に疑問を吐き出していた。


 「私と貴方の魔力って親和性が高いの。だから、あのデリンジャーと魔筒で入り込んだ魔力が、私と貴方を同じものとして認識したの」


 ヴィオが僕の手から伝票を奪った。


 「意外と安い。ほら半分」


 財布からお金を取り出して、伝票に挟んで僕に渡してくる。


 「話は二軒目でしましょう。領収書もらってね。再会記念でとっとくんだから」


 彼女はバッグを持って、先に店を出た。僕は嬉しさでかき混ぜられた心を抑えて、会計を済ませた。外に出ると彼女が待っていた。


 「覚えてるわ。私はいつまでもあなたのことを忘れない」

 「僕も忘れない。いつまでも君のことを覚えてる」


 彼女の横に立つ。明日になれば忘れてしまうくだらない話をしながら、次の店を探しに街を練り歩く。

 もらった領収書をヴィオに渡すために取りだした。宛名は空白だ。僕はそこに『勇者と相棒』と書き示した。店名を思い出すために右下の社名を確認する。忘れていた店名は『リメンバー』だった。


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