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1980年松本スケッチ ~元・信大生の追懐録~  作者: こまくさ
第2章 1981~信州スケッチ
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むかしや【上田市】

 長野県第3の街、上田市。

 かつては真田一族の城下として栄えた千曲川沿いの街には、現在信州大学の繊維学部が設置されている。市の南部には塩田平が広がり、塩田には長野大学と上田女子短大がある、地味ではあるが学生の街であるともいえる。


 真田といえば真田十勇士。

 上田から佐久に至る東信エリアには、「海野」「三好」「望月」「根津(祢津)」など、十勇士に纏わると思わせる地名も散見される。さすがに「猿飛」や「霧隠」という地名はなさそうだが……。

 当時、夕方7時前にはNHKの人形劇が放送されていた。『新八犬伝』の後番組が『真田十勇士』で、その後『紅孔雀』などを経て『プリンプリン物語』へと続いたが、幼少の頃の『ひょっこりひょうたん島』『サンダーバード』なども含めて大好きなプログラムだった。



 上田市の中心といえば海野(うんの)町と本町(ほんちょう)だろう。

 元はデパートだった“ほていや”を始点に伸びる海野町商店街はそれなりに店舗は揃っていたが、活気があるというほどではなかった。海野町商店街の北側の本町界隈は居酒屋やスナックが多く集まっていて、そのうちの1軒が“むかしや”という居酒屋だった。

 信大の学生は誰かの下宿に集まって呑むことが多いため、学生の来店は少なかったようだが、後輩がバイトしていたこともあり、上田市では専らお世話になった。



 “むかしや”は、その名の通りレトロな雰囲気の店で、その外観から特徴があった。

 ぼろぼろに破れた大きな赤提灯が出迎えてくれるのだが、玄関前には大八車の車輪のようなものや、骨董めいた壺などがディスプレイされていた。

 暖簾越しにやや重い引き戸を開けると、左に10席ほどのカウンターと厨房、右は囲炉裏で、囲炉裏の周りに詰めれば12、3人は座れた。店内をぐるりと見渡すといたるところに『昔』を感じる品々が置かれていた。

 トタンで作られた看板や標識、木の板に墨で屋号が書かれた看板は壁や柱に掛けられ、古い紙幣や古銭やメンコなどの小物はカウンターの上に敷かれたガラス板の下に、古時計やランプや裸電球はそのまま使えるような位置に、そして、それらに交じって真田十勇士が描かれたポスター風の絵も飾られていた。

 何度も訪れるとその品々は店の風景としてしっくりくるのだが、初めて訪れたときは物珍しさや懐かしさで、店内を眺めるだけで肴になった。


 メニューは焼鳥、おでん、揚げ物、焼き物、刺身などの一品もの、〆のお茶漬けなど、特に変哲のない居酒屋メニューがずらりと並んでいたが、生まれて初めての昆虫食は“むかしや”で食した信州の珍味「ハチの子」だった。

 すべての料理は髭のマスターが1人で仕込みから調理までされていたようで、2階の座敷に宴会が入ったときはさぞかし大変だったろうと思う。

 元は山男だったというマスターは、明るく誠実そうで好感度は高く、老若男女の常連さんとのコミュニケーションまでこなされていた。 



 今では個人経営の居酒屋は少なくなった。お店の人とコミニケーションが取れる店がなくなり、独りで居酒屋に行くと、さらに孤独感が増すこともある。

 “むかしや”は1人で行くと、マスターや他の常連さんとの会話が楽しめる店だった。

 松本の小料理屋“阿以”と似た感覚で、上田の“むかしや”での独り呑みはけっこう楽しみだった。


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