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1980年松本スケッチ ~元・信大生の追懐録~  作者: こまくさ
第1章 1980年松本スケッチ
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スキー(6) ~五六豪雪~

 1980年(昭和55年)の年末から1981年(昭和56年)の1月にかけて、全国的な豪雪に見舞われた。

 1984年(昭和59年)の豪雪と合わせて、『五六豪雪』『五九豪雪』として知られている。



 松本は雪が比較的少ない。信州で雪が多いのは北信と中信の大町以北で、中信でも松本や木曽、東信、南信の平地は雪が少ない。

 しかし、この年は松本でも結構雪が積もり、北信や白馬のスキー場の積雪は連日300cmを超える数値が報じられていた。

 信州に来て初めての冬は例年との比較ができなかったので「こんなものか」と思っていたが、地元民によるとこの年は本当に雪が多く、メディアは災害級の豪雪と報じていた。

 福井県勝山市という豪雪地域出身の友人は、大雪で陸の孤島と化した実家で新年を迎え、その後も身動きが取れなかったといって、松本に戻ってきたのは年が明けて2週間も経ったころだった。



 冬の信州大はクリスマス頃から1月中旬の共通1次入試が終わるまで休講が続くので、冬休みは1ヵ月ほどになる。

 年末年始に1週間ほど帰省して松本に戻り、面白くなってきたスキーに嵩じた。

 先輩の車で向かったのは戸狩スキー場。千曲川を挟んで野沢温泉の向かい側のスキー場で、毎年サークルの夏合宿でお世話になっていた民宿に格安で泊めてもらえることになった。

 スキーブームに乗ってメジャーゲレンデが派手さを増す中、戸狩スキー場は民宿が多く地味な印象だが、第1、第2と2つに分かれた多くのコースを持つ規模の大きなスキー場だ。

 

 長野市より北へ行くのは初めてだったが、雪の多さに驚いた。

 飯山市街を過ぎると道路の両側は雪の壁だった。雪壁の高さはゆうに3mを超え、路面も壁も真っ白で、曇り空の灰白色と相まって、視界のすべての色と影がなくなり空間の把握が難しい特異な状況を体験した。運転手の先輩もさぞかし気を遣ったに違いなかった。


 ゲレンデはたっぷりふかふかの新雪だったが、ふかふか過ぎてスキーが雪に沈み、思うようにコントロールができなかった。転倒して新雪に埋まるという苦行を繰り返した結果、ウェアの襟元や袖口から侵入した雪で、内側からずぶ濡れになってしまった。

 まだまだ初心者だったので、新雪を楽しむ余裕などあるはずもなかった。



 スキー場なら大雪は歓迎だろうと思いきや、そんな単純ではなかったらしい。

 

 ロッジの出入り口やリフトの乗降場は、見込みを上回る積雪のせいで雪の上で雪かきをしなければならなかったらしい。

 建物の屋根に積もった雪がなんの前触れもなく雪崩れてきたり、案内の標識が埋もれたり、民宿の送迎バスがすれ違える道幅がなくなったり……。

 何事も過ぎたるは及ばざるが如し、だ。


 

 一泊した翌日、「さあ今日もゲレンデへ」と外に出たら、駐車場は一夜のうちに一面真っ白になって車は完全に雪に埋まっていた。先輩の車を掘り出しておかないと、スキーどころではなかった。

 民宿のスコップを借りて、スキーウェアのまま5人がかりで約2時間。駐車場――といっても雪がなければ畑らしい――の除雪をし、車のまわりの雪を取り除き、ようやく掘り出した頃には、ゲレンデに向かう体力と気力は残ってはいなかった。



 雪の対策をしている地域においても規格外の大雪だったと、その3年後の『59豪雪』の際に振り返ることになった。 


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