コレクトコールと100番通話
先日、『来年成人式を迎える姪はダイヤル式公衆電話の使い方を知らない』ということがわかった。
ダイヤル式のピンク電話がたまたま立ち寄ったうどん屋に設置されていた。留守番している母親(義妹)に電話してみろと、父親(弟)が自宅の電話番号を書いたメモと硬貨を渡した。
ダイヤル式公衆電話に対峙した姪は、受話器も取らずに硬貨を投入し、硬貨が返却口に戻っていることにも気づかず、さらに受話器を持ち上げることもなく、ダイヤルに空いている穴を順番に指で突っついた。渡された番号をたどり終えたところで、初めて受話器を持ち上げるが、当然何も起こらない。プーともいわない。
骨董品のような道具を前に、何の説明もされなければ、自分で使ったことのある、それに似た道具の使い方をトレースするのは当然のことか。
下宿の自室に電話を引いたのは4年生に進級しようかという3月末。卒業する先輩から電電公社の債権を7万円で購入し、初めて専用の電話番号を得た。
自分で電話を引くまでは自室に居ながらにして外部と連絡をとる手段はなかったが、電話を引いている学生は数えるほどだったし、リアルタイムで連絡が取れないのは当たり前のことだったので、困ることはなかった。
松本の下宿では、大家さんが実家からの電話を取り次いでくれたり、伝言をしてくれたり便宜を図ってくれたが、学部に上がってからはアパートタイプの部屋だったので、そんなサービスはなかった。
実家に連絡する時には公衆電話に向かった。予め用意しておいた多数の10円硬貨を電話機の上に積み上げておかないと、遠距離通話は10円硬貨を爆食いした。おそらく10円で話せる時間は30秒程度だったと思う。最後の10円が落ちるときのプーという通知音が聞こえると、慌てて送ってほしいものを告げるのだが、途中で切れてしまうこともあった。
入学した年の秋ごろに『コレクトコール』という料金先方払いで通話できる制度がスタートした。
コレクトコールの仕組みはこうだ。公衆電話に10円硬貨を1枚投入して『106』にかけると、電話局のお姉さんにつながる。お姉さんに先方の電話番号を告げると、先方が料金を引き受けてくれるかどうかを確認してくれ、了解が得られると接続してくれる。お姉さんが確認してくれている間はしばしの無言タイムで、『――どうぞ…』の声と共に先方の声が聞こえるようになる。
コレクトコールの相手先は実家なので、断られるはずもなく、高額になる通話代を気にせず実家の親と話すことができた。
はじめに入れた10円も戻ってくるので、こちらからするとまさに無料通話だった。
ある時、あまりに連絡を入れなかった時期のことだ。実家に電話を入れろという何度目かの伝言を大家さんから受け取ったにもかかわらず、失念して阿以に呑みに行ってしまったことがある。
阿以で思い出し、お客が自分一人だったこともあって、阿以から電話することにした。お店のピンク電話でかけようとして、阿以ちゃんに10円玉への両替を頼むと、『100番にかけて、会計と一緒に払ってくれればいい』と言ってくれた。
『100番通話』は、コレクトコールのように交換手を通して接続を依頼し、通話終了後に交換手からの折り返し電話で通話料金を教えてくれるサービスだった。
携帯電話はカケホーダイの時代になり、『106』も『100』も今は廃止されてしまっている。
それどころか、最近では公衆電話を市中で見つけるのが難しくなった。
姪が公衆電話の使い方を知らなくても仕方のないことなのだが、『106』や『100』を使っていた時代は、人と人が有機的に結びついていたような、ウェットな感覚が脳裏をよぎる。




