下宿(3) ~たまり場~
スマホやケイタイも、パソコンもなく、固定電話を引いている学生など数えるほどだったころ、コミュニケーションの手段は直接会うことだけだった。
大学構内で会う、教室で会う、生協で会う、サークルBOXで会う、定食屋で会う、コンビニで会う、路上でばったり出会う、下宿で会う…
たまり場になる下宿がある。立地や間取り、大家さんや同宿の住人の寛大さなど下宿要因もあるが、住人本人の資質によるところが大きい。親分肌、人気者、世話好き、逆に無頓着……
“たまり場の素養がある下宿”が、“たまり場の下宿”になるのは、なんとなくそこに人が集まり始め、そこに行けば誰かいるかもしれないと期待した人が集まる。住人が施錠する習慣に乏しかったりすると、いつでも誰でもふらりと訪れることができるので、まさにコミュニティースペースと化してたまり場となり、そこで過ごす時間が生活の一部になっていくこともある。
そして、たまり場ではいろいろなエピソードが生まれる。
我が下宿は、人が集まることはあったものの、“たまり場”と呼べるほどには成長しなかった。麻雀をするか、飲むか。伝説となった大家さんの差し入れも何度もあるわけではなく、集まっても他にやることはなかった。
以下は聞いた話である。
――Gパン――
『Gパン』を『デニム』とか『ジーンズ』とは呼んでいなかった。
ある夏の夜、桐のあたりで不審者が出たらしく、警察が警戒し、周辺の下宿にも聞き込みを行っていた。近隣にあるW荘という下宿屋にも警官が来たそうだ。W荘の5部屋うち3部屋にサークルメンバーが暮らしていて、小規模なたまり場になっていた。頻繁にワイワイやっていたことをご近所様が告げ口したらしい。
不審者は「TシャツにGパン」だったらしい。
その夜集まっていたメンバーはみな短パンだったと部屋主が説明し、「この暑い中、Gパン履いてるヤツなんていないよね」などと警官と軽口をたたいていた矢先、その夜にいた2人が、事情も知らずにふらりとやって来たそうだ。
2人ともわざわざGパンを履いて現れ、1人は通報があった時間帯に買い出しに出かけていたと答えたため、アリバイなしとして急遽別室で事情聴取されたそうだ。ひどく焦ったらしい。
――つがい――
水汲の女鳥羽川沿いの下宿で、3人で飲んでいたそうだ。部屋主のH君はふと壁を見て叫んだ。
「うわっ! 気持ちわるっ!」
そこには体長10cmを超える黒々とした艶のあるムカデが貼りついていたそうだ。3人で大騒ぎの末、無事そのムカデを捕獲し、熱湯をかけて駆除したそうだ。一件落着とばかり飲み直していたときに、4人目としてF君がやってきた。そこでH君たちは顛末を話し出したのだが、ムカデのサイズを説明しているときに、F君が壁を指さして言った。
「これくらいの大きさか?」
ムカデはつがいで行動することが多いと言われているが、本当のところは知らない。
――誰?――
横田の新浅間温泉にあったS荘は昔の遊郭の建物を下宿屋に流用したという噂で、廊下と部屋は襖で仕切られ、鍵はあったのか、なかったのか。横田のセブンイレブンに近く、女鳥羽の湯のついでにとか、弁当を買ったついでにとかで人が集まった。
大学祭が終わって少し経った頃、S荘にサークルの入部希望者が来た。そこにいた誰もが『誰かの知り合いだろう』と、いつものことと気に留めず、入部希望のM君も自らアクションを起こすことなく、漫画本を眺めたり、煙草を吸ったりしていたそうだ。
その日が誕生日だったI君は、自分のためにショートケーキを1個買ってS荘にやってきた。誕生日を宣言して一人でケーキを食うつもりだったそうだ。今日が誕生日だと宣言した直後、M君が『僕も今日誕生日なんです…』と…。I君が楽しみにしていたケーキの半分はM君の腹に収まった。
M君が帰ったあと、あれは誰だったんだと誰も知らなかった。謎は、2日ほど後にM君がサークルBOXに連れてこられるまで解けなかった。
大学生活を通して、部屋に鍵をかけるという習慣がなくなった。
就職して最初の10か月は寮生活だったが、寮の居室も鍵をかけ忘れることが多く、寮監によく注意された。




