松電ストア
日本のコンビニエンスストアは世界最強だと、東京オリンピックで来日した各国の関係者が絶賛しているという。
確かに、品揃えはいうに及ばず、専用端末によるプレイガイド機能やATM機能、カウンターでの各種料金の支払いや宅配便の取り扱い、ホットスナック類の販売など、店舗スタッフはそれぞれのオペレーションを覚えるのがさぞかし大変だろうと案じてしまうほどサービスが多様だ。しかもほとんどの店舗が24時間対応だ。
40年ほど前のコンビニは、食品から日用品まで多様な品揃えで長時間営業しているという点で「コンビニエンス」な存在で、松本市街地のコンビニはセブンイレブンが主流だった。
雑誌(立ち読み含む)、弁当、飲料などの品目はコンビニで散々お世話になった。
多様とはいえ、ホットスナックはなかったし、切手類も販売していなかった。公共料金も払えず、宅配便も扱われていなかった。酒や煙草を扱っているコンビニは限られていた。
切手は郵便局で、酒は酒屋で、煙草はタバコ屋で買うのが普通だった。横田店は深夜1時までの営業で、酒類の販売もあったので、真夜中に酒やロックアイスの買い足しに駆け込んだ。
店内にはATMは設置されていなかったし、そもそも銀行のキャッシュコーナーが稼働していたのは平日は17時ごろまでで、土曜の午後と日曜祝日は休業だった。なので、週末の夕方に大学北門前の八十二銀行にダッシュしたのはよい思い出だ。
ある日、護国神社の近くに下宿しているU君の部屋で男子3人が暇を持て余していた。理由は金欠。3人とも手持ちの現金がなく、どうにも身動きが取れずにいた。
同じ境遇の3人がうまい具合に集まったのには理由がある。
週末にキャッシュコーナーに行きそびれた2人が、仕送りは振込みではなく現金書留で送ってくるというU君ならキャッシュコーナーが使えなくても手元に現金があるだろう、そして当日の食費くらいは用立ててもらえるだろうと、U君の下宿に引き寄せられたということだった。
ところが、月末の仕送り直前だったU君も金欠だったという不運に見舞われ、3人そろって一蓮托生、身動きが取れない状態になってしまった。電話も、ケイタイも、何もない時代。闇雲に動いても3人分のお金の融通を持ちかけられる友人に遭遇できる確証がないため、じっとしていることが最も安全な状況だった。
とはいえ腹は減るので、夕方を迎える頃に動き出した。
3人の所持金は誰がいくらだったかは忘れたが、3人合わせてもわずか500円ほど。1人200円も持ってなかったということだ。いくらコンビニが便利でも、先立つものがないと恩恵を受けることはできない。コンビニ弁当は概ね300円~400円。パン類は1個80円ほど。少なくとも翌日までの腹の足しにするには、コスパが悪すぎた。
U君の下宿の共用の台所で自炊することを思いついたが、U君が持ってたのはウスターソースと醤油とマヨネーズという調味料だけで、普段自炊をしないU君は米すら持っていなかった。
500円を有効活用するための買い出しを決行することになり、追分の“松電ストア”に向かった。日頃自炊をしない学生が“松電ストア”を利用することは少なかったが、食材を買うならコンビニではなくスーパーだろうというステレオタイプな発想だった。
“松電ストア”は松本電鉄系列の食品スーパーで、一店舗の規模はコンビニを少し大きくした程度のコンパクトなスーパーだった。後年、店名は“アップルランド”を経て、今は“デリシア”に変わり、店舗規模も広い駐車場を備えるほど大きくなっている。松本電鉄も今ではアルピコに変わってしまっている。
“松電ストア”で上限500円で最もコスパが良いであろうメニューを検討しつつ右往左往する男子3名は、狭い店内ではきっと迷惑なほど邪魔だったかもしれない。思案の結果、粉モンのメッカ出身者の発案で『お好み焼き』を焼くことに結論した。100g入りほどの小さな小麦粉と、1/4玉くらいのキャベツと、具材として長野県産・なめ茸の瓶詰めを購入した。肉類や卵やだしの素や紅ショウガなども欲しいところだが資金は限界だった。
早々にU君の下宿へと戻り、共用のまな板と包丁でキャベツを刻み、鍋で小麦粉を溶き、刻んだキャベツを混ぜ合わせ、フライパンで焼く。なめ茸は生地の上に並べたが、裏返すとフライパンにこびりついた。
焼き上がったものから、ウスターソースとマヨネーズをかけて食べつつ、次のを焼く。小麦粉もキャベツもそこそこの量があったので、チープながら満腹感を得ることに成功した。
これに味をしめたU君は、その後も時間があるときはあり合わせの食材を混ぜたお好み焼きを作っていたそうだ。
大阪ではかつては200円、300円という安価で、子どものおやつとしても重宝されたお好み焼きは、有名専門店が具材の高級化を図った影響もあって1枚1,000円以上が当たり前の様相を呈している。




