引きこもり令嬢は独白する
わたくし、夢を見ましたの。それは小さい頃に見た夢で、しかし子供であったわたくしはその内容にもの凄い恐怖を感じて心の傷となりましたの。
コレはわたくしの独白。その恐怖とどの様に対峙して、そして克服できたかを語るものですわ。
拙い説明なども多く矛盾する場所などもあるかもしれません。お目汚しとなるかもしれませんが、しかし、どうぞお暇なら読んで行っていただければ嬉しいですわ。
そして読んだ後にちょっぴりと「あなた」が「面白かった」と思ってくれましたら本望ですの。
短い時間ではありますが、どうぞ、楽しんで行ってくださいまし。では。
わたくし、アンジェリカと申しますの。この王国での侯爵家で生を受けてこうして家に引きこもって過ごしております。
え?どうして引きこもるのかですって?わたくし、小さい頃に見た夢が忘れられないのです。その恐怖で外に、ましてや、こうして十六にもなっても学園へと通わずに屋敷の自分の部屋に引きこもっているのですわ。
友人も作らず、ましてや、王家との婚約で許婚とされているアレクシア王子とも顔を一度も、それこそ一度も会わせてはおりませんの。
わたくしが小さい頃、六の歳に顔合わせをするために王城に招かれた時もその場から失踪してその日、一日中ずっと王子との接触を断つほどでしたの。
それこそ、その日の前日に見た夢が原因で逃げ出したのですわ。王子との顔合わせにて夢では「お前など必要無い、消えろ」と王子から罵られる夢で、わたくしはコレに恐ろしさを感じたのです。
この言葉は一切わたくしを必要と思っていない。それが幼い心にどれだけの恐怖をもたらした事か。
しかしコレをお父様に王城から戻った際にお話ししたら叱られましたの。失踪した理由は、その夢が現実に目の前に現れるのではないかと思って怖かったと。そうしたらお父様からこう言われました。お前は侯爵家の自覚は無いのか、と。
今であるから言える事なのですが、六の歳の小娘にその様な事を言って叱る親とは?と。慰める事も無しにいきなり怒鳴られた事は幼心に傷を作りましたわ。お父様への不信感として。
それだけではありません。その翌日にも夢を見ましたの。わたくしが大きく成長した姿で王子から婚約破棄を宣言される場面ですわ。
小さい私にはそれがどんな事だか理解はできなかったのです、直ぐには。しかし絶望と混乱と、そしてどうしてだかそれはもの凄く私の心に深い深い、誰にも癒やせそうに無い程の恐怖が刻まれましたの。
その夢の中では同じく成長した王子がいて、側に伴っていた女性がいたのですけれど、その方の顔は白くぼやけてはっきりと見えなかったのです。
しかしその口元が「にちゃぁ~」と薄気味悪い笑みを浮かべていた事だけははっきりとわかりました。それが心底怖ろしかったのです。
だから王子との接触をしない為にわたくしは必死になってお勉強しましたわ。学園に行って王子と接触をしなければその女性とも遭遇する事など無くなると考えましたわ。
この事はお父様へはお話ししていないのです。また叱られるだけだと分かり切っていましたからね。
だから黙って必死に勉強に取り組みました。六歳になった小娘が必死になって勉学に励むのです。異様でしょう。
え?なぜ勉強をしたのかって?
それは学園へと通いたくなかったからですわ。王子と同じ学園に通わされるかと思うとその時に見た夢が思い出されて自分でも信じられない位に恐怖で体が固まりますの。
なのでお父様に条件を出して学園に通わなくとも済むように手配して頂いたのですわ。
それが、学園に入る前にその三年間で学ぶ一切を「修める事」でしたわ。
わたくしは王子との婚約をしております。ですから毎日が学園の勉強と、王妃に相応しくなる為の勉強の二つをこなさなくてはならなかったのですわ。
ですが、あの恐怖を感じた夢を回避できるならと思えばこれくらいの労力は軽いモノでしたの。
これ程のヤル気がどうしてわたくしの中から湧き出てくるのか?そう言った根底が何処にあって、何なのかはこの際どうでもよろしかったのです。
あの場面を回避できるなら、そんな思いが溢れて溢れて堪らなかったのです。なのでこうして学園に通わなくて済んでいるのはそれらを突破したからですの。
お父様も、そして国王陛下も、わたくしのそんな必死になって勉強をする姿勢に折れて貰う事になったのです。
王子が許婚だと言う事で学園へと共に通う事で互いの中を深める、そして対外的に見て貴族たちに侯爵家と王家は互いに手を取り合っていると言った良い「主張」ができると。そう思惑していた国王陛下はわたくしの死ぬ気の形相にどうやら諦めてくださいましたの。
しかし突き付けられた条件は厳しいモノで、学園の三年間に渡る試験結果全てで高得点を出さなければなりませんでした。出来るはずが無い、そんな風にお父様も国王陛下も思っていらっしゃたと思います。
しかし学園入学の前に特別に我が家に学園教諭を集めて特別にわたくしにさせた試験結果は全て満点。一年、二年、三年の全てする試験で、ですわ。
コレに因ってわたくしは特別に学園への授業は免除、通学をしないで済むようになりましたの。ハッキリ言ってこれまではわたくし今までずっと肩に力を入れて生きていましたが、流石にここでどっと力を抜きましたわ。
父上も、国王陛下も、わたくしがまさか全てで満点を出すとは思いもよらなかったのでしょう。顔を青褪めさせておりました。だって文句をつける部分が一つも御座いませんもの。
しかしわたくしはそんな事すらどうでも良かったのです。自分の目標が達成できて、これからはずっと家に籠ってあの場面とはおさらばする事ができると思えば。
今後一切学園には足を運ばない、これを父上に突き付けてわたくしは今こうして幸せな引きこもりをさせて頂いておりますの。
もちろん王妃教育のお勉強は今も続いておりますわ。まあこれも教師の方たちに「教えがいが無い」とまで裏で言われておりますので、こちらももうソロソロ「卒業」できるかと思われるのです。
そうすればきっと自由時間がもっとできますわ。わたくしは今も復習をして学園で学ぶはずだった事は自室で勉強し直しておりますの。
こう言った姿勢を取っておけばお父様や国王陛下が何を言って来ても跳ね返せますから。
お父様から以前にこう言われた事もありましたが。
「友を作る気は無いのか?学園に通えばお前と歳の近い令嬢が多くいる。その者たちとお茶や、お喋りをしたいと言った憧れなどはないのか?」
コレにわたくしぴしゃりと良い返しました。
「前にもわたくし、お父様に言いました。どのような事があろうとも、学園には通わない、と。お父様の心配や気遣いはわたくしの心の中にある不安や恐怖などに配慮した発言ではありませんね?」
お父様のこの言葉は侯爵家として学園に自分の娘が通っていない、その世間体の部分によって出た言葉です。娘の私を心配した言葉では無かったのはありありと読み取れました。
社交、そう言った面で見ればわたくしもその他の貴族の御令嬢を呼び、お茶会と言う名の情報交換の場を設ける事は大事なのかもしれません。
時にそう言った場で得られる情報はもの凄く「政治」に関わる重大なモノが混ざっている事も稀にありますので。
でも、所詮は学園内でされる貴族令嬢たちのお喋りなどその様な重要性など混じっている事は皆無です。
ましてや、そうなるとわたくしは学園に通わない身ですので、その様な社交などは無意味です。
街で流行っている物や、話題となる情報などは自分の子飼いの者を放って調べさせればいいのですから。
わたくし自分でそう言った重要情報を調べさせるための者はちゃんと自身で雇っておりますわ。
わたくしにとってあの「悪夢」を見たその数年後に自身を守るための専属の者が必要だと感じて孤児院から数名、わたくしの名義で引き抜いておりますの。その時にわたくしに忠誠を誓わせた者たちは今でもわたくしの手足となって動いてくれていますわ。
なぜそのような、と思われたかもしれませんわね。あの「悪夢」で見た女性の口元の歪みに底知れぬ「悪意」を感じたから、とだけしか言えませんわね。
こうしてわたくし、自らの安心のために引きこもる所存でございますわ。誰に何を言われようとも。
自分の事は自分にしか分からないモノです。わたくしの事を心配なさってくれる方がいたとしても、その言葉をわたくしは受け入れる気は一切ございませんの。
特に言うと、偉そうにわたくしの事を勝手に断ずる者がいれば、その方こそが一番信じるに値しない者です。
お母様はそんな典型的な方でした。何せ「貴女はもっと賢くて優しく私たちの言う事をちゃんと聞く良い子でしょう?」などと全く的外れな事をおっしゃいましたからね。
お母様が一番わたくしを分かって頂けてはいませんでしたね。一方的にわたくしの事を決めつけている節がありました。
そう言った期待に応えたいと思わなかった訳ではありません。しかし、どうした所でわたくしのこの決心は揺るぎませんでしたの。
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早くもそうして引きこもる事、三年間。長いようで短い年月は過ぎ去りました。ほぼわたくし毎日本を読んでおりました。
まあ物語だけでは無く、歴史書、あるいは経済学書など、あらゆる書物を読み漁りましたわ。頭の出来は宜しい方でしたので読んだ内容が頭に入ってこないなどと言った事はありませんでしたわね。
読み終えた本はうちで働く者たちに与えたりしておりましたわ。学びの機会を与える事に因って中にはその素質を開花させる者も稀に居て、そう言ったのを見るのは楽しかったですわね。
中には従者を辞めて自分の店を持つ夢を叶えたものが一名おりまして、それはそれは珍しい事ですわ。その者はうちの物資などの仕入れの商人としても少しづつ使って援助や支えになってあげて応援していたりしますの。わたくし個人で。大成した時は大いにお祝いをする気でおりますわ。
さて、こうして学園の事に一切関わらなかったはずのわたくしに、何故かそれは舞い込んできました。
学園の最後の日、卒業後の舞踏会の招待状です。卒業をした学生たちが祝いのためにこうした催し事をするのです。学園の最後の思い出つくりに。
これにはわたくしは頭の中に疑問が浮かびました。学園に一切通っていなかったわたくしに何故この様なモノが?と。しかしコレはお父様のした事でした。
わたくしは確かに学園に通わなくても良かったのですが、在籍はしていました、名前だけですが。
なのでこの舞踏会の招待状は来る事に不思議はないのですが、これにわたくしが絶対に出る事は無いと言うのを、お父様は何故理解できていなかったのかと言う事が疑問だったのです。
まあ十中八九、国王陛下とお父様がせめて最後のこの舞踏会で王子とわたくしの仲睦まじい姿を、などと言った事を考えていたのだろうと思います。
王家と侯爵家の繋がり、それを貴族の子息令嬢たちに「お披露目」をしておきたいと、そう言った所なのでしょう。
将来の国を担う若い者たちへ「将来は安泰だ」と。そう言った姿を見せて内部の派閥など調整、牽制などへの影響も含めて。
学園生として通っていた者たちの中に、わたくしが学園に居ない事に何やら不埒な事を考える者たちも居たりしたのかもしれません。
国王陛下がそこら辺の調査などをしていた可能性が無いとは言えません。この最後の舞踏会を使ってそこら辺の事を少しでも「鎮めて」おきたいのだろう、と言う事もあり得ます。
なにはともあれ、これをわたくしが「はい、出席します」と言うはずがありません。
王家とウチに恥を掻かせる気か!とお父様に言われたりしましたけれども、わたくしは知っておりました。
その舞踏会に王子はわたくしを一切誘う気など、これっぽっちも持っていないと言う事を。
国王陛下から王子へと、わたくしを誘えとの御命令を受けていたとしても、王子がわたくしをこの舞踏会のエスコートをすることはあり得ないと。
その情報は既に手に入れております。ずっと前から。今まで学園の情報をわたくしが一切仕入れていなかったとでもお父様は思っていたのでしょうか?
ええ、思っても居なかったのでしょう。ずっと引きこもって本を読み続けている不気味で不愛想な娘だと。
私は昔見た夢の事をお話ししてはいませんでしたから、お父様も知りはしません。
夢の中で婚約破棄、それは私も王子も成長した姿。そしてのちに年齢を重ねるにしたがってその意味がわたくしは理解できていました。
学園卒業後は王子との結婚が待っているのです。卒業をして一人前。そう言った流れでわたくしと王子の婚約は結婚と相成る予定でした。
だからです。婚約破棄、その夢で見た場面はいつ発生する可能性が高いか?今日まで無事わたくしは引きこもりをしており、そのような婚約破棄などと言う場面になる事などあり得ません。
だから、今です。婚約破棄、その様な事が行われるとして、それが為されるであろう機はこの舞踏会にしかありえません。
わたくしと王子が面と向かい合う機会はわたくしが引きこもる事で全て潰してきました。ならばあの夢が、心底怖ろしいと感じたその場面が再現されてしまうとするならば、舞踏会の時しかありえない状況です。
夢の中、王子の側にいた女性。夢だった、そんな言葉では拭えない程の恐怖、悪意を感じたあの微笑んだ口元。いや、アレを微笑んだと言い表すのはあり得ないでしょう。
わたしにしか分からない、感じなかった事ですから説明は難しいですが。それをわたくしが現実で目撃してしまうかもしれないとするならば舞踏会のその日です。
だから、わたくしはこの舞踏会の招待状を受けてノコノコとその場に足を運ぶ事などあり得ません。
婚約をしている相手に対して何ら謝罪も説明も言い訳もしてこようとしない王子に対して既にわたくしは国王陛下にとある内容の手紙を出しております。
それは王子がその舞踏会でどのような振る舞いをするのかを予想したモノです。
王子は学園生活の中で親しくなった女性がいます。その方を王子は自分の妃にする、わたくしとの婚約を破棄して彼女と結婚する、とのたまうでしょう。そう言った内容です。
そう、わたくしが見た夢の内容をそのままに、その場にわたくしがいない形で書いた状況を手紙にして国王陛下にお出ししました。
そしてそれを今頃は御読みになられて「ばかばかしい」と一刀両断している事でしょう。
もうそろそろ舞踏会も始まる時間です。しかしわたくしは舞踏会には欠席を申し入れております。誰が何を言おうと、国王陛下のご命令があったとしても、わたくしは出るつもりはありません。
この舞踏会が過ぎれば、わたくしはやっと心の底から安心ができる、そう思いました。なので最後まで貫くつもりです。
国王陛下の子息、王子が学園に通っていて、それが卒業と言う事で国王陛下もその舞踏会に顔を出し行くご予定です。
そこでわたくしが見た「夢」がまさしく展開されればそれまで。そうでなかったらわたくしの「妄想」だったと片が付くはずです。
どちらの結末がこの国にとって良いのか、それはきっとわたくしの「妄想」で、何事も無ければその方が良いのです。
ですが、わたくしには何故か舞踏会できっとその問題は起きると、確信がありました。
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そしてそれは起こったようでした。お父様が朝から、いえ、昨日の舞踏会のあった夜から大忙しであちらこちらに奔走しておられたからです。
わたくしはいつもの通りに生活をしており、睡眠を充分とっております。しかしお父様はこの短時間で随分とお痩せになられたかのような顔つきです。
しかし目はぎらぎらとしており、必死になって書類作成に各所への仕事の割り振りなどをし続けていてお声がけもできません。
ですがこのお父様の様子にわたくしは「夢」が当たったのだと言う確信がありました。そして大きな安堵を得る事が、安心が得られました。
幼い頃に見たあの「夢」に、もう脅かされる事が無いのだと。
コレから先はどうしようか?それはもう、わたくしの中で決まっていました。こうして引きこもっていても周囲、外の世界の事を知る方法はいくらでもある。
それを使って私の見込んだ者へと投資をしていくつもりです。そうして私の手駒を増やしてこの部屋に閉じ籠っていても外部の事が自分で見聞きするように、手に取るように分かる、そんな高みにまで行きたい。
その様な夢をこの三年間で持ちました。もうその点の下地は作り上げておりましたので、あとはこれを地道に大きくしていくだけです。
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その後にお父様から婚約破棄、では無く、「白紙」になった事を告げられました。
そしてわたくしに新たな婚約相手の話を振ってきました。しかしわたくしはこれをきっぱりと断ります。
「いくら「白紙」とは言え、既にもうこの件の真実は各貴族の間に広まっている事でしょう。そんな状態でわたくしに次の婚約者を決めるのですか?お父様はわたくしを玩具か道具の類だと思われておいでですか?」
どうやら痛い所を突かれたようでお父様はぐっと顔を顰めます。そしてこの話はその後しばらくはしてこない様になりました。
この後は好都合とばかりにわたくしは夢に邁進します。様々な分野にわたくしは手を付けて行きました。
今まで読んできた書物の量は伊達ではありません。自分の持ったやりたいと願う事へと邁進できる日々をわたくしは得たのです。
「さあ、これからがわたくしの新たな人生の始まりです。張り切って行きましょう。」
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わたくしはその後、この侯爵家の女当主としてこの王国一の大貴族となります。国王ですら頭の上がらない程の力を得て。
しかしそれはまた別のお話。