白
ちょっとだけお下品な描写があります。苦手な方はご注意くださいね。(^ν^)
===
『僕の所属する読サーが今度はヨルドラニウスヤミナベニウスを開催することとなり、弓月さんとも良い感じに距離も近づいたってのに、結局また虚しくなったっていう虚しい話、聞いて?』
そんなこんなで、その日の夜。僕らは、サークル室に集合と相成った。
「よおし、じゃあ出発ーーー」
目的地は、とある県の南に位置する海辺。
砂浜で花火やバーベキューが許可されている一角で、僕たちは闇鍋を計画していた。
「食材は持ってきただろうな?」
すみっこぐらしの林先輩が、半ば脅すような声で訊いてくる。
「はい、僕が持ってきたのは……」と言いかけて、林先輩に「おい」と阻止される。
「キミはバカか」
自分のこめかみを人差し指でつつく。
「それ言ったら、闇鍋にならないだろう? キミはそんなこともわからないのかね?」
いやあ、もうその言い方ね。鼻につくったらありゃしない。僕は、後部座席で目をつぶって腕組みをした。
もうこうなったら寝てるフリだ、くそう。
だってね、聞いて‼︎ 今回、車は弓月さんと離れちゃったんだ。
弓月さんは、神田川先輩の運転する車。片や僕は、すみっこぐらし林先輩が運転する軽自動車。
そうだよジャンケンで負けたんだよ、ツイテナイ。うえーん。そんなわけで、道中何事もなく浜辺へ到着。はい、割愛です。その間の記憶は一切なし。寝てたから‼︎
砂を盛って台を作り、夕方、まだ薄暗いうちにカセットコンロに火をつけた。
賢明な読者さまはもうお気づきかもしれないが、この話に出てきたのは、主人公の僕を入れて今まででたったの4人‼︎ え? 気づいてたって?
だけどね、実はうちのサークル、総勢で10〜11人いるんだよ。(ひとり幽霊部員)その人数で鍋を囲んで、わいわいやっている図を想像して欲しい。
ただ、これからの登場人物も、神田川先輩(当て馬)、弓月さん、僕、すみっこぐらし(モブ)の4人であることには、間違いはないと思う。これ以上、キャラを増やしたくない、不器用だから増やせないという切実な思いが伝わってくるだろう?
カセットコンロと大きな鍋は、神田川先輩の自前の備品だ。こんなところでも男前なオーラを発揮している。
大きな鍋にトマト鍋の素を入れる。カセットコンロではちょっと時間がかかるので、くつくつと煮えるまでには、日は沈み、すっかり暗くなっていた。
暗闇の中。
カセットコンロの火だけが頼り。ぼうっと明るいのは、その鍋の部分だけだ。
ざざあ、ざざあ。
グツグツグツグツ。
ざっぱーん、ざざあ。ざっぱーん、ざざあ。
グツグツグツグツ。
打ち寄せる波の音と、煮えたぎる鍋の音が、カオス。
いつもはお喋りな神田川先輩も、じいっとコンロの火を見つめている。いやそれ、キャンプファイヤーでやる顔だから。とツッコむのも、心の中。
沈黙が漂っていて、誰も一言も発しない。
そんな中、僕は妄想する。僕がもし、魚のように泳げたなら。このまま海に飛び込んで、マダコをゲットし、獲ったどーーーと言いながら、「弓月さん、これ。良かったら食べて?」って、微笑みかけたい。
「あ、長谷部くん。タコが腕に絡みついてるよっ。大丈夫っ?」
「ちぃっ、コイツめ‼︎ 離れろっ‼︎ あっでもこれくらい平気さ。弓月さん、キミがタコを美味しそうに食べるところを見ることができれば、僕はそれだけで最高に幸せなんだよ」
なーんてね。妄想終了。
「ようし、鍋の準備ができたぞ。皆の者、持参したものを入れるのじゃ‼︎」
「「「おーーーー」」」
そして、皆がごそごそと動き出し、カバンの中からそれぞれポリ袋を取り出す。暗闇でよくは見えないが、そのまま鍋に突っ込めるよう、それぞれ食材は洗って切ってくるようにという、神田川先輩の指示があった。
「ようし、豆乳‼︎」
そして、皆それぞれが食材をぶち込んでいく。
僕は、先ほどの妄想の余韻を引きずりながら、弓月さん(の方面)をちらと見た。
弓月さんは、なんだか大きめの袋をヨイショといかにも重そうに、鍋の中へとずざざざざざざと豆乳している。
僕は、その姿を見て、ヘンゼルとグレーテルに出てくる魔女の鍋を思い出して、なぜか嫌な予感がした。
「ゆ、弓月さんはなにを持ってきたの?」
僕が、弓月さんに確認しようとすると、神田川先輩が遮った。
「おい、長谷部。それ言ったら、『ヤミナベニウス』は成立しないんだぞ。知らない方が身のためだ。なぜなら、それが『ヤミナベニウス』だからだ」
「でも先輩。なにが入ってるかわからないって、なんだかちょっと怖くないですか?」
「大丈夫だ。人間、気合いがあればなんだって食える」
その前に。
僕がなにを入れたのか、聞いてくれる?
実は僕が持ってきたのは、白飯なのよ。これはもう絶対、どんな鍋にも合うって話。トマト鍋にだって、白飯入れりゃ、高級リゾットみたいになるだろ?
ちゃんと、そうやって考えて持ってきたんだぜ。ちょっとは褒めてくれたまえよ。
「さあ、食すぞ‼︎ 皆の者、箸と茶碗を用意しろっっっ‼︎」
「おおおーーー」
皆が茶碗と箸とを持って打ちつけ、カンカンカンカンと高らかに鳴らす。
そして、箸を鍋に突っ込んでぐるぐるしながら、僕らは闇鍋を食べた。
ここからは、僕の脳内による独白だ。
(ん? これなんだろう?)
箸が茶碗の中に浮かぶ物体を捉えた。そっと掴むと、少し弾力がある。ムニムニしているのを、僕は口元に運んでみた。
(え、なにこれ)
舌でペロリとしてみる。味はもちろんトマト。上から読んでもト・マ・ト、下から読んでもト・マ・ト、だ。
だが、食感はムニムニだ。何度も言うようだが、ムニムニなんだよっ。
目に見えぬ恐怖が背筋を凍らせていく。目を凝らしてみるが、少し丸みを帯びているということしか掴めない。サークル員は、総勢10〜11人(幽霊部員がひとり)だ。その数だけ、食材が入っている。
だが。考えてみろ。その中に、神田川先輩やすみっこぐらしの林先輩、そして。
弓月さんがいるんだぞっっっ‼︎
これって大丈夫なやつ? 本当に食べられるやつ? 誰か教えてえええええぇぇぇええぇぇ。
けれど、僕は勇気を持って、それを口にしたんだ。口の中に放り込んだんだ。
舌の上で転がしてみる。物体を、歯でゆっくりと噛んでみる。ずぶずぶと歯が食い込んでいくのがわかる。思いのほか、柔らかい。そして、舌がそれを捉えた時、僕の脳に電流が走り、その電流は身体を縦横無尽に突き抜けていった。
(こ、これは⁉︎)
圧倒的な質感、圧倒的な旨味、それにトマトの出汁が絡まって、絶妙なハーモニーを奏でている。
「ほら、トマト鍋って、イタリアでしょ?」
暗闇で見えはしないが、遠慮がちに話し出した弓月さんの笑顔が眼に浮かぶようだ。
イタリア?
「だから絶対、パエリアだって、ピンときて」
パエリア?
「だから、魚介系入れてみたの」
魚介 ……系?
だが、僕はホッとした。良かった、食べられるものだった、と。
口を動かす。それが、タコだとわかった瞬間、暗闇にかかる闇が、さあああああっと消え去って、淡い光(企画用。え? 終わった?)に包まれるような気持ちになった。
あああ、『闇鍋』とは。
(溜めて溜めて〜はいドンッ)
〝 希望の光を感じるための儀式 ″
「親戚から、タコ、いっぱいもらったから」
どんな親戚だというツッコミも淡い光に包まれていき、たっぷりとトマト出汁を吸ったタコを咀嚼していると、さきほどの妄想したタコ獲ったどーが、弓月さんの声と重なり合ってよみがえってくる。
(うわああ、良かったー。ってか、美味しいー)
ひとつふたつとタコを堪能していく。
けれど、途中でおかしなことに気づいたのだ。
「あれ? 他に具材入ってなくない?」
神田川先輩のその一言で、現実に引き戻され、僕ははっと正気に戻った。
「そういえば、さっきからタコしか食べてませんね」
「ちょっと、待て」
神田川先輩が、鍋の中を箸でかき回しては、すくう。僕も慌てて、箸を鍋の中でクルクルと回してみた。だが、さっきからタコの感触しか感じられない。
「え? 神田川先輩は、なにを入れたんです?」
「俺? 家にあった冷や飯」
「…………………………え? ま、まさか?」
「僕、チャーハンにしようと思ってたヤツを」
すみっこぐらしの林先輩の声が暗闇にこだまする。
……チャ、チャーハンにしようと思ってたヤツ?
「俺も白飯」
「私もご飯」
「僕も白米」
「ワタシ、ライスね」
「拙者は、主食の白いおまんまじゃ」(たぶんこの人が幽霊部員)
いや、これ白飯の呼称名称講座じゃないからね。
「あたしは玄米」
ほっ。
ほっ、じゃねえ。玄米も米っっっっ‼︎ しかも精米してないヤツっっっっ‼︎
どんだけ、米入れるんだ? 結果、トマト+タコ+ライスのとんでもない鍋になっちゃったよ。
この『読書サークル研究会ほにゃらり』の、圧倒的コミュニケーション不足‼︎
もう嫌ああぁぁぁああっっっ。
僕は半ば呆れながら、神田川先輩(の方面)に向かって、手を差し出した。
「もう良いっすよ。とにかく食べましょう。僕、取り分けるんで、神田川先輩、おたま取ってください」
すると、『神の一声』という仰々しさで、神田川先輩は言った。
「おたま、……持ってこなかった」
「……………………」
箸でどうしろっちゅうの、これ。
「長谷部くん、これでなんとかならないかな……」
弓月さんが差し出してくれる。
新聞紙かあ。なんともならんな。
✳︎✳︎✳︎
って、思ってた。
思ってたんだよ⁉︎
や、違う。パエリアもどきを新聞紙でどうにかすることは、さすがにできんかった。
結局ねえ。指を火傷しながらだけどねえ。茶碗を鍋の中に突っ込んですくいながら、お腹いっぱい食べたんだ。食べたんだよ。
パエリア? いやパエリアはこんなびっしゃびしゃじゃないからね。これどう見ても、赤いお粥だよね。
ちょい虚しい。虚しくなっちゃったの‼︎
弓月さんは、「長谷部くん、これ美味しいよっ‼︎ 太陽の恵みの味、最高。エスパニョール‼︎ (←このひと言でイタリアじゃないことに気づいて赤面する弓月さん、可愛い)」って喜んで食べてたけど、それはさ、弓月さんがさ、トマトがめっちゃくちゃ好きだからだよね。
それでも僕は、弓月さんには誠心誠意、お礼の言葉を伝えたよ。
タコ、ありがとう、って。
弓月さんが持ってきてくれたタコで、僕たち救われた、って。
その後、結局、弓月さん持参の新聞紙を布団代わりにして、朝まで眠りこけたしね。
ありがとう、弓月さん。君のお陰で、すごく楽しかった。そりゃ、ちょっと虚しくなったこともあったけど、ざっくり言って幸せだったよ。
でね。朝、起きたらね。隣にね。これ見よがしに上半身裸になっている神田川先輩がいたからさ。
僕はカバンからマッキーを取り出して、ご要望通り(お客さまの声より抜粋)、書いたんだよ。
いや、違う。悪いね。地下ダンジョンじゃないんだ。
ただのアミダくじ。
闇鍋の片付けを、誰がやるかっていう、ね。
ちなみに、その日の午後。
神田川先輩は水泳の大学代表選手として、そのヤミナベニウスのアミダくじ筋肉を抱えたまま、県予選大会に出場したって言うんだから、凄えな。
終わり。