赤
ちょっとだけお下品な描写があります。苦手な方はご注意くださいね。(^ν^)
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『僕の所属する読サーが今度はヨルドラニウスヤミナベニウスを開催することとなり、弓月さんとも良い感じに距離も近づいたってのに、結局また虚しくなったっていう虚しい話、聞いて?』
いきなり語り出してすまんという話だが、僕の所属する大学のサークルで、夜のドライブに出かけて闇鍋をやろうということになった。
今、呆気にとられちゃっている僕、長谷部 優生は、大学一年。
読書サークル研究会ほにゃらり(最近由来を知りたくなってきた)の重鎮、二つ上の神田川先輩が、思いついたように言い出したのだ。2回目。
ほら、夏休みに神田川先輩が富士山で負傷したって話、聞いてもらっただろう?
まあ怪我は大したことないんだ。だってあの後、僕らが下山してくるのを、ものすごい形相と仁王立ちで待ち構えていたんだからな。
「おまえら、俺を置いていくってどういうこと? 俺、転んだよ?(知らん) 怪我したんだよ?(だから知らん) 長谷部、おまえ知ってて置いてっただろ?(知らっんっっっっ)」
とまあ、こんな風に言いがかりをつけるもんだから、僕は慌てて否定した。
「い、いえ、僕も高山病でそれどころじゃなかったんです」
そうなのだ。
僕の、できれば1秒でも弓月 花音さんの側にいたいという思いが強すぎたゆえ(たとえそれが富士という地獄においてであっても《=地獄》)、愛しの弓月さんに必死に食らいついていくのに必死で、神田川先輩のことをすっかり忘れてた、というのもある。
「それに、神田川先輩もトイレにこもりっぱなしだったし、そんなこと僕に分かるわけないじゃないですか」
不服を申し立てると、先輩は、そうだったのか、うむ、わかったと引き下がった。
が。
が⁉︎
僕の所属している、『読書サークル研究会ほにゃらり』の定例会議(サークル室入って右‼︎ の壁に貼ってある『読んだ本の冊数だけを自慢するだけの棒グラフ』。
その棒グラフをただひたすら塗りつぶしていくだけの、なんか虚しい会議)で、またもや神田川先輩は無茶ぶりを披露して、聴衆の度肝を抜いた。
「さあ民衆よ、これへ‼︎ 」
説明するのも面倒だけど、今、神田川先輩は、『シェークスピア作 ジュリアス・シーザー』を読んでいる。もちろん速読で。すぐこういうのに影響されちゃうんだよね、神田川先輩はさ。
「おお、民よ‼︎ よくぞ、我のもとに集ってくれた。感謝するぞ。暑い日が続いておるが、我が民よ、お主らは夏を満喫しているかえ?」
かえ?
またなにか始まったぞと、ざわつく民衆ども。僕はそんな中、すすすすーっと弓月さんへと視線をずらしていった。
弓月 花音さん。
僕にとっては、高嶺の花で天使のような存在。
はおー、今日はポニーテールかあ。はあああああうっっっ、うなじ、めちゃくちゃ白ーーーーい、スベスベだあ。匂いかぎたあぁぁい……は、やめておこう。読者が引いてしまう。『ひ弱な読サーの僕が富士山に登ってご来光を拝もうってことになったんだけど以下略』で手に入れた『良い人』という称号に泥を塗るわけにはいかない。
神田川先輩は、言葉を続けていく。
「だがしかし。夏のバカンスも、ついに終わりが近づいてきた……あああぁ、これは神の悪戯であろうか? それとも我の並々ならぬ才能に嫉妬した神々からの試練なのであろ※
※以下略
あああぁ、夏休みとは唯一の心の安らぎであろうというのに、あと一週間たらずで終わってしまうというのか? なにゆえぇえ、ブルータス、おまえもかっ……とか言っているあたり、ふたりは以心伝心、仲がいいということだ(肯定)。なにゆえぇえ、神々が導きし※
※以下略
「 ……我はまだ、この神より授かりし夏のバカンス、女の子とのアバンチュールを満喫しておらぬというのにいいいぃぃ。終わっちゃうよおぉ、なーんも楽しいことがないうちに夏休み、終わっちゃううぅ」
うわ。気持ちがこもっていて怖い。ここだけが強調されて、妙に生々しい感じがする。
サークル室で絶叫する神田川先輩。まあ確かに? 先輩はこの夏を満喫していないと言わざるを得ない。
その理由は、『ひ弱な読サーの僕が富士山に登ってご来光を拝もうってことになったんだけど以下略』をぜひ参照して欲しいのだが、なにぶん読サーで行った富士登山で先輩はヒドイめに、言い換えれば、ハズカシイめにしかあっていないからだ。
「そこで、だ。俺は考えた。神と対峙しながら、俺は考えた。かんがえてかんがえてかんがえつくしてかんがえた」
つけ焼き刃的な厳かさに加えて、くどさ10000倍の言い方で、民衆をこれでもかというほどイラつかせながら、神田川先輩はサークル室を大きく見回して、満足げな笑みを浮かべた。
そして、民衆はというと。
これが、もうねえ。先輩の無茶ぶりに気の毒なくらいビクビクしちゃっててねえ。百獣の王ライオンキングの前で震える、小者感あふれる子ネズミって感じに。
富士登山ではもちろん途中棄権している、サークル室の隅っこが好きで、すみっこぐらしとあだ名される一つ上の林先輩も、次にはどんな目にあうのかと戦々恐々で、神田川先輩と視線を1ミリも合わせようとしない。
神田川先輩は、暴君の圧政に怯える民衆を前にして、さらに声を張り上げた。
「立ち上がる時が来た‼︎ 『読書サークル研究会ほにゃらり』全勢力をあげて、夜のドライブ、略して『ヨルドラニウス』そして闇鍋、略して『ヤミナベニウス』の開催を、ここに宣言するっっっ‼︎」
最近よく見かける『婚約破棄を宣言する‼︎ 』くらいのノリで言いやがった。
しかも略してと言いつつほぼ略していない『ヨルドラニウス』『ヤミナベニウス』においては先輩の、言ってやったゼ、感がすごい。近年稀に見るドヤ顔。これが神々が創りしどや……なのか?
あーあ、それにしてもだ。弓月さんが相変わらず、ぽわわーんってなってる。 富士登山の時の神田川先輩の姿を見ているはずなのにさあ……なんでなん????
イケメンは頼むから滅びてくれ‼︎ 神よ‼︎
僕が、それこそ本物の神に手を合わせる思いで弓月さんを盗み見ながら、まあいいか、弓月さん今日も可愛えぇえのう、と自己満足していると。
最後に神の一声が放たれた。
「それでは、長谷部、弓月。君たちを買い物部隊に任命する」
やっっっっったああぁぁぁ‼︎
神田川先輩ーーーーーーー‼︎
誤解を恐れずに、声を大にして(心で)言う。
好きいぃぃーーーーーーー‼︎
✳︎✳︎✳︎
今。
僕は。
ドキドキ。
している。
なぜかって?
もちろん。
わかってるだろ?
「ねえ、長谷部くん。飲み物は、なにがいいかなあ?」
買い物カートを一緒に押す。指と指が触れて、僕はぽわんと頬を染めた。
え? 誰とだって? 野暮なことを聞くんじゃないよ。と言いつつ、嬉しいから言っちゃうけど。
弓月さんと一緒に買い出しに来てるぅーーー万歳っ‼︎
「ん、そうだなあ。炭酸とか苦手な人もいるかもしれないから、色々な種類を買っていくといいんじゃないかなって、僕は思うんだ」
「そっか。炭酸苦手な人もいるもんね。長谷部くんって、本当によく気がつくね」
ニコッと笑いかけてくる。
可愛いんだ。
可愛いんだよ。
弓月さんの周りはね。
お花畑なんだよ。
「じゃあ、炭酸が苦手な人には、これどうかなあ?」
今度は、僕がニコッと笑う。
だけど。
だけどね。
弓月さんはね。
本当に。
お花畑なんだよ?
「ゆ、弓月さん……………………いやあ、トマトジュースはどうかなあ? あ、や、ぼ、僕は好きだよ! トマトジュース最高だもんね! でも、トマトジュースって、好き嫌いがわかれるじゃない?」
「そっかあ。言われてみると、そうかも〜」
トマトジュースを無事に棚へと戻す。無事に。
人差し指を口元にちょこんと当てて、どれがいいかなと吟味する、その横顔。
天使‼︎
だが、天使だとしても、トマトジュースはない。なぜならトマトジュースは、献血した後に飲むやつだからっ。(←偏見)
「じゃあ、これはどうかな?」
うるわしき肌色の、とろりとした至高の飲み物を差し出してくる。
「ぐ、……ぐんぐんグルトかあ…………僕はあ、好きだよ? でもこれ乳酸菌飲料だからねえ。おなかの調子が非常に悪く……いや、良くなり過ぎると、マズイことになるかもしれないね。闇鍋、海の近くの浜辺でやるって言ってたから、トイレが遠そう……いや、近くなっちゃうと困るし、ね」
「そっかー確かにー。下痢ったら、まずいもんね。あ、でも私、また新聞紙持っていくから、安心してね? 穴を掘って、そこに新聞紙を敷き詰めれば、簡易トイレの出来あがりだよ。新聞紙って、トイレットペーパーにもなるし。あ、安心して、……」
僕は、すかさず遮った。
「も、揉み込めば柔らかくなって、お尻にも優しいってね? あははぁ」
「そうなの‼︎ もしかして、長谷部くん。やってみた?」
やるかあぁああぁぁあ。
「あっっっ、ねえねえ長谷部くん、これはどう?」
「はああぁぁっっ、なっ……ちゃん⁉︎ 良いよっ‼︎ これ最高だよっ‼︎ (声量MAX)いや、絶対これしかないよ。これでいこうこれで」
そんなわけで、なっちゃん(オレンジ&アップル)とサイダーと。
あとは。
お茶。
『活き活き☆百八十六茶 』(メーカー不明)
弓月さんが、「このお茶はね、色んな薬草や野草が入っていて身体に良いんだよ」と主張し、二本も三本も買い物カゴに入れていったお茶だ。
トマトジュースやぐんぐんグルトをはるかに上回る、強制力だった。
阻止できなかった。弓月さんが4本目を入れるまでの間、一言も、挟めなかった。
それにしても186種のブレンドって、一体なにが入っているのだろうか。
ど、毒殺……するやつ?
な、……なーんてね。(^ν^)汗
神田川先輩なら「これは神が口にするようなものではないっ」とか言って、危険回避するだろうけど、きっとすみっこぐらし林先輩なら、文句言わずに飲んでくれると思う。(この時点で4本中3本はいって欲しいという願いが込められた)
そして、遠い目で紙コップをカゴに入れた。
「次は、鍋の素だね」
「うん、神田川先輩がなに味でも良いって言ってたから、弓月さんに任せるよ」
「じゃあ、これ」
そう言って、チョイスしたのは、『トマト鍋』の素。
「…………」
トマト? え、またトマト? どんだけ好きやねん、トマト。
僕は気を取り直して、
「……じゃ、じゃあ、大きい鍋を使うらしいから、三つ買おうか」
「うん。長谷部くん、ヨルドラニウスヤミナベニウス、楽しみだねえ」
「そ、そうだね」
ああ、イミフな神田川略語を使いこなしている。やっぱり、弓月さんは神田川先輩のことが好きなのかな。
野菜コーナーで両手に生トマトを持って、ジャグリングでも始めてしまいそうなくらい喜んでいる弓月さんを見ると、胸がじくじくと痛んでくる。これは決して、上から読んでもト・マ・ト、下から読んでもト・マ・ト、のせいだけではない。
弓月さんは残念(神田川)だろうがなんだろうが、きっとイケメンが好きなんだろうし、こんなモサい僕になぞ、きっと興味もないんだろうな。
神田川先輩は、スポーツ万能だ。
僕は、サッカーバスケバレーボール野球テニスと球技をやらせてみれば、「長谷部ーそっちいったぞー、いや、こっちだこっちー」とボールに踊らされる男だし、陸上水泳に限ってはスタートで必ずフライングしちゃうもんだから、体育教師に「長谷部、おまえ先にスタートしてていいぞー」と棒読みで言われ、後からタイムを改ざんされる男だから。
待ってくれ。そりゃあスポーツダメダメなこんな僕だって、得意なことはある。
それは言わずもがな、読書だ。
サークル室入って右‼︎ (ちゃんと右を見ろっっ‼︎ 左にはビキニのお姉さんしかいないっ‼︎ だから右を見てくれっっっ‼︎)の壁に貼ってある『読んだ本の冊数だけを自慢するだけの棒グラフ』。
これ。僕の読書量がハンパな過ぎて、棒グラフの棒が途中で直角に横に折れ曲がっている。(某)テレビ局のキャラクター『(某)ナナナ』みたいになっているだろう?
けれど。それでも。
謎の速読大会優勝者であり、当読サーのサークル長、神田川先輩を越えることができないのだ。(ちなみに神田川先輩の棒グラフは、途中『≈』で省略されている)
どんと落ち込んだ。
僕はこうして、弓月さんの隣を歩くに足る男ではないということに、改めて気づかされてしまっている。
「あ、弓月さん。僕が持つよ」
「え、良いの? ありがとう」
はにかみながら渡してくる大型ペットボトルの山。段ボール箱を受け取ると、僕はよろけながらスーパーを出た。
正直。タクシーで帰りたかった。
けれど、弓月さんは笑いながら、長谷部くんと買い物楽しかった、なんて言ってくれたから。
僕は顔では笑い、心で泣きながら、サークル室への帰路を必死になって運んだ。
こんな重労働、富士登山に比べれば、どうってことない‼︎
ここで、心の支えスキル『富士山麓オウム鳴く』を発動。
腰痛になった気がするが、必死すぎてその辺の記憶はない。