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禍祓い奇譚  作者: はちや
2/5

祓い屋



「姫、どうかしました?」


 道明茜(みちあきあかね)は丸みを帯びて幼く見える顔を不思議そうに顰めると、肩上で切りそろえた髪を揺らして首を傾げた。メリハリのある肢体に黒のパンツスーツをキッチリと着こなす姿は黙って立っていれば仕事の出来る切れ者だ。姫と呼ばれた御守雅姫(みもりまさき)は上の空のまま薄く形の良い唇を開いた。


「うん。今、珍しいものを見てた」


 黒水晶の様な瞳が脳裏に焼き付いている。ホームの対面に穢れ(けがれ)を背負った女性を見たがそれは別に珍しくもない光景だ。【穢れ】は【気枯れ】とも言う。気が枯れると生命力は衰えて、不浄や煩悩から生まれる穢れを溜め易くなるからだ。そうなると人は体調を崩しやすくなる。放っておいても穢れは散るのだが、穢れを好む魑魅魍魎(ちみもうりょう)が憑くとまた別の災禍(さいか)を引き寄せる。そうなると所謂祓い屋(はらいや)といった専門職の出番だが、触れるだけで祓える者はとても珍しい。先程の少女は一体何者だろう。


(同業者か、モグリか、それとも別の)


 目を眇めて眉を顰め口許を歪めた雅姫に、茜は眉を顰めた。


「その表情疲れません?」

「どんな顔?」

「難しい顔?」

「結局どんな顔よ?」


 雅姫は触ってみても良く分からない。まぁいいかと歩き出せば茜が後を追う。


「姫、姫。用事が終わったら亀屋の地下に寄ってください! 季節限定のフルーツタルトが出てるんで買って帰りますっ」

「亀屋って今から行く場所とは真逆じゃん」


 亀屋という老舗デパートは迷路みたいに広い駅の南口に在った。用があるのは北口だ。そこから歩くと三十分は掛かる距離に、用事が済んだ後の疲労を考えれば限りなく面倒だった。


「姫なら辿り着けます。大丈夫です」


 輝く瞳を見てしまうと「はいはい」頷くしかなかった。茜はウキウキと「そうと決まれば張り切って用事を済ませちゃいましょう!」やる気を漲らせて雅姫を追い越して行く。雅姫は小さく息を吐いた。


「茜さんそこ右だよ。先に行くのは構わないけど辿り着けるの?」


 ピタリと止まった茜は雅姫と並び立って角を曲がった。


「姫こそ。その格好で大丈夫です? 先方にかなり胡散臭く見られますよ」

「人に視えないもの相手の商売なんてそれだけで胡散臭いでしょ」


 雅姫が肩を竦めると茜は「う~ん」唸った。


「だから『形から信頼を得る』んじゃないんです?」


 依頼主の信頼を得る為に見た目は大事だと雅姫も分かってはいるのだが、家業から懸け離れた格好でいたいとも思うのだ。

 生家である御守は陰陽道の流れを汲んで《禍祓い(まがばらい)》と呼ばれる家業を代々引き継いでいる。簡単に言えば穢れや人外という存在によって引き起る災禍を祓う祓い屋だ。三人兄妹中間子である雅姫は兄が家長になると同時に山奥にある家を出て来た。のだが、山を下りて便利よく使われるようになったと思わなくもない。これでは実家にいる時と変わらないという不満を抱えつつも、死ぬまで家とは縁を切れないのだと半ば諦めてもいた。


「依頼はちゃんと対応するよ。古狸の爺婆達に口実を与えるのも癪だし」

「まったく。姫はいつまでも子供ですねぇ」

「茜さんには言われたくないんだけど・・・・・・っと、此処だ」


 話している内に指定された場所に到着した。メールで送られて来た写真と同じ、落ち着いた外観のアパートが建っている。依頼内容については担当者が会った時に話すとだけ聞いて来たが、五階建てのそれを見上げた雅姫はあれかと目を細めた。


「あのぉ、済みません」


 玄関フロアに立っていたらしいスーツ姿の男が戸惑いがちに近寄って来た。歳は雅姫より幾らか上だろうか。眼鏡を掛けた中肉中背の男はぎこちない笑顔を浮かべると雅姫と茜を忙しなく交互に見やった。


「違っていたら申し訳ありませんが、もしかして『御守さん』でしょうか?」

「はい。今回こちらへ伺うように言われて来ました、御守雅姫です」

「助手の道明茜です」

「私このアパートを管理している不動産会社の者で吉田徹(よしだとおる)と申します・・・・・・その、随分とお若いんですね」


 汗っかきなのかそれとも緊張しているのか、吉田はしきりに首や額をハンカチで拭った。職業も怪しいのに若い二人組、しかも一人は何とも奇抜な見た目だ。顔が引き攣るのも良く分かる。茜のそら見た事かという視線を黙殺しながら雅姫は穏やかに笑って見せた。


「心配はごもっともです。頼りないかもしれませんが、此方も家の名で派遣されていますのでご安心頂ければと思います」

「あぁいえ、もっとお年を召した方がいらっしゃるのかと思っていたものですから」

「それもよく言われます。イメージですよね」

「えぇ。やはりメディアなんかの影響ですかねぇ。それにしても、そちらのご職業も信用が第一なんですね。そう思うと何だか親近感が芽生えます」

「そうですね。信用で成り立つと言っても過言ではありません」


 駄目押しに微笑めば吉田は頬を赤らめて頷いた。茜が顔面人たらしと投げてくる視線を雅姫は再び黙殺する。


「宜しければ依頼の内容を教えて頂けますか」

「えぇ、そうでした。実はその、このアパートの一室があれでして」


 言い辛そうに吉田は言葉を窄めた。あれ、とは察するに事故物件だろう。管理会社からすれば頭の痛い話しだ。アパートを見ていた時に雅姫も気になる部屋があったが、そこだろうか。


「四階の角部屋ですか」


 再び見上げてみても瘴気(しょうき)と呼ばれる毒気がベランダから漏れ出て視えた。間違いないという確信と、一つの懸念を抱きながら雅姫は顔を強張らせた吉田に視線を戻した。


「部屋に案内してもらっても構いませんか?」


 吉田は仕事への責任感に背中を押されているのか尻込みしながらも意を決するように喉を鳴らした。


「では、此方へどうぞ」


 エレベーターは無く階段に足を掛ける。その後に続いた。


「部屋ではどのような事が起こりましたか?」

「それが、半年前に入居されていた方が病死されたんです。二十八歳の青年ですが心臓発作を起こして、発見された時にはもう間に合いませんでした」

「それなら別に珍しくもありませんね」


 茜の言葉に吉田は「まぁそうですね」頷いて話しを続けた。


「それから二か月後です。部屋についてもご説明させて頂いた上で、二十代で同棲するという方達が入居しました。最初問題は無かったんです。ですが一か月経つ頃に男性の方がお亡くなりになりまして」

「それはまたお気の毒に」

「もしかしてなんですが、二人目の方も亡くなった原因は心臓発作じゃないですか?」


 半ば確信しながら尋ねると吉田はギョッと目を剥いた。雅姫は肩を竦めた。


「こういう時、続けて同じ死因で亡くなることも珍しくないんです」

「そう、なんですか。どおりで」


 吉田が納得するように頷くので状況を察っするには十分だった。


「次に入居された方も亡くなられたんですね」

「半月前に。二十四歳の男性でした」


 息を切らしながら吉田は目的の階へと辿り着くと問題の部屋の前へと立った。


「ふむ。男性ばかりですね。それも二十代の」


 茜は顎に手を当ててうむうむと頷くとチラリと雅姫を見上げてくる。それを無視して「もしかして、依頼というのは」話しの続きを促した。


「はい。その部屋を見て頂いて、お祓いをして頂きたいのです」

「亡くなる前にその方達に変わったことはありませんでしたか?」

「そういえば、三人目の男性に最後にお会いした時夢見が悪いと言っていた気がします。鬼だとか幽霊だとかに追いかけられて、食べられてしまうんだとか」

「それは夢として見るには遠慮したいものですね」

「私もそう思います」


 ポケットから取り出した鍵を差し込んでカチャリと回す。強張った顔で部屋に入ろうとした吉田の肩に雅姫は手を置いた。


「吉田さんは此処で。私達が出て来るまでは何があっても扉を開けないでください」


 何処かホッとした様な吉田を残して雅姫と茜は部屋へ入った。茜は懐から長方形の紙片を取り出すと息吹を掛けて「えい」閉めた扉へと張り付ける。そこから霊力が隙間なく巡ると漏れ出ていた瘴気を完全に部屋の中へと閉じ込めた。茜が得意とする結界術(けっかいじゅつ)だ。一仕事を終えた茜は振り返った。


「ポッチャリ眼鏡さんの方が姫よりも影響なさそうでしたね」

「性質は仕方がないでしょ。良かった、まだ瘴気が漏れ出てるだけみたいだ。それにしても凄い臭いだ」


 ドブの中で生ものが腐敗した様な臭いに雅姫は鼻と口を覆った。そうして見渡した部屋は玄関口からキッチンスペースで、後はフローリングの一間が広がっている。二人で住むにはギリギリの広さだ。カーテンの引かれていないベランダから日が差し込んでいても、中を満たした瘴気で紗が掛かったように暗く感じられた。臓腑を鷲掴みにされて掻き回されるような不快感に襲われながら、特に黒々と瘴気が溜まる押入れの前へと立った。


(うしとら)、北東か」


 そこは《鬼門(きもん)》と呼ばれ忌まれる方位だ。日当たりが余り良くない場所でもあり、冷えや湿気といった空気の淀みが溜まり易い。家を建てる際に玄関や水回りを配置しない方がいいと言われるのは、換気扇や水洗トイレなどの設備が発達していなかった昔の生活に根差した知識からだった。

 だが雅姫達の様な者にとっては別の意味もある。《黄泉(よみ)》へと繋がる門だ。人が生きるこの《此岸(しがん)》には幾つか別の異界に繋がる門が存在した。《黄泉》はその一つで、鬼と呼ばれる悪鬼幽鬼が住み瘴気が漂う場所だ。滅多に開かない門だが、一旦開くと人に土地にと災禍を振りまいた。それがこの方位が忌まれる要因であり、そんなニュアンスが一般にも広がったのじゃないかと雅姫は思うのだ。

 半分ほど口を開けた引き戸を雅姫は開け放つと、途端に無数の黒い腕が伸び出て来た。掴まれ引きずり込まれそうになっていると「無茶しないでくださいよ」茜が背中から両腕を回して抑え込んだ。「そのための茜さんでしょ」柏手を一つ打てば黒い腕は霧散する。すかさずもう一度打った。


高天原(たかあまはら)神留(かむづま)()

 直毘神(なおびのかみ)

 (はら)(たま)(きよ)(たま)えと (かしこ)み恐みも(もう)す」


 空気を打ち鳴らし唱えた祝詞に、瘴気は抵抗するようにのたうちうねるが徐々に薄れて消えていった。一転して明るさを取り戻した室内は空気も軽くなって息も楽になる。軽くなった肺を動かしていると、突然背中にバンッと衝撃が走って息が詰まった。茜が平手打ちで叩いたのだ。


「っはっこほっ」


 咽ながら涙目で見ると茜は得意げな顔をした。何時もの事だ。少しでも雅姫が負った穢れを祓ってくれようとする気持ちは分かるが、それにしても遣り方というものが在るだろう。


呪術(じゅじゅつ)の腕は文句無しでも穢れに弱いのが玉に瑕ですね。だから姫は『姫』なんですよ」

「っ誰が『姫』だ。たく」


 余計な言葉にお礼を言う気になれず雅姫は押入れを覗き込んだ。がらんとして何も無いそこを見渡して異常は無いかと確認をする。


「うん、サッパリしたって感じ。鬼の通り道に成ってないのが救いだったよ」

「でも門は簡単に開かない筈なのに変ですね。もしこれが」

「茜さーんストップ」


 咎めれば「はーい」素直な返事が返って来た。子供の様な無邪気さは茜の良いところであり雅姫の頭を悩ませる所だ。

 部屋の住人が亡くなった原因は漏れ出た瘴気が身体に障ったからだろう。『鬼や幽霊に追いかけられる』とは夢であって夢ではないし、二十代男性ばかりが亡くなったのは何かの力が働いたと考えられた。もし仮に。初めに亡くなった男性を《鬼門》を利用して誰かが呪ったのだとしても、その誰かも同等の報いを受けている。人を呪わば穴二つ、と言うように呪いは行使する方にも返った。大体呪う時点で正常の感覚は失っているものだろうし、そんな状態では何処かが歪んでいるものだ。そんな歪を抱えて無事で居られるほど人は強くはなかった。


「茜さん今呪符(じゅふ)とか持ってたりする?」

「持ってはませんけど描けますよ。World Shareで季節限定フルーツタルトとナッツトフィーエスプレッソラテ味のハンドパックで手を打ちましょう」

「三千二十四円に七百四十五円か・・・・・・お願い」

「はーい。ちゃっちゃと描いちゃいますね」


 茜はビシッと敬礼をすると懐から生漉紙(きずきがみ)と携帯筆に墨壺を取り出して手際よく方除札(ほうよけふだ)を描く。そう待たずして出来上がった札に霊力を込めて壁に貼ると二人は部屋を出た。


「終わりました」

「お疲れ様です。その、如何でしたか?」


 吉田は怖々と扉の向こうを覗き込んだ。


「もう大丈夫です。吉田さん鬼門はご存じですか?」

「確か北東の方角の、水回りや玄関などを設置するのは避けた方がいい場所の事ですよね」

「えぇ。その鬼門から悪い気が流れ出していたので場を祓い清めて札を貼っておきました。暫く札は剥がさないようにしてください」


 俄かには信じられない話しだろうが吉田は部屋と雅姫達を交互に見て頻りに頷いた。


「分かりました。その実は、会社は不幸続きのこの部屋を清めて心機一転しようと思いお願いしたんです。御守さんへの依頼はお祓いをお願いした神主さんからの紹介でした」

「神主、ですか」


 御守を知る神主だからと言って浮かびかけた顔の主と結びつけるのは早すぎる。『どんな』と尋ねそうになった言葉は呑み込んで、引き攣りそうになった顔を雅姫は引き締めた。


「そうですね。霊的なものを信じるというより、区切りを付けて気持ちを切り替える為ですね。それも大事ですよ」

「えぇ。ですが本音を言いますと、私はこの部屋が気味悪くて近寄るのも恐ろしかったんです。でも今は全くそう感じられません。本当にこういう事ってあるものなんですねぇ」


 しみじみと呟く吉田は視えないまでも敏感なのだろう。


「それでは何かあればまたご相談ください。私達はこれで失礼します」

「はい。本日はありがとうございました」


 頭を下げる吉田に二人は会釈を返して場を辞した。階段を下りながら横目に見上げてきた茜を雅姫は横目で見下ろす。


「行くんでしょ」

「・・・・・・もっちろん。さぁ亀屋目指してレッツ・ゴーです!」


 拳を振り上げ「フンフンフフ~ン♪」鼻歌を歌いながらステップを踏む茜に雅姫は肩を竦めて頬を緩めた。

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