朝のホームで
混雑する朝のホームで、弓削文乃は電車の到着を待つ列に並んでいた。
ホームから見える桜並木は花が散って青々とした葉が芽吹き始めている。高校のセーラー服はまだ借り物の様で、詰まるような息苦しさを小さく吐き出した。そうして伏せた視線を上げると椅子に座る女性が映った。まだ社会人になったばかりの印象を受けるのは身につけた鞄や靴が真新しいからだ。顔色が優れずスマホを触っている手が段々と落ちていく。文乃は身を翻すと女性の許へと近づき、カツンと地面へ落ちたスマホを拾い上げた。
「あの、大丈夫ですか?」
「ごめんなさい。ありがとう」
女性が浮かべる笑顔には影が見えた。スマホを渡しながら肩の辺りをさり気なく撫でると、そこにぶら下がった爪程の大きさをした何かは霧散した。徐々に女性の頬には赤みが差し始めて眉間に刻まれた皺が緩くなってゆく。女性に軽く頭を下げてもう一度列に並び直しながら、文乃は先程の奇怪な存在に思考を馳せた。
よく絵巻などに描かれる小鬼の姿をしたそれは文乃が触れると消えてしまった。物心が付いた頃から文乃にとっては日常の風景だがそれは周りには見えない存在らしい。知りたい事や不安はあるがどうすれば解消されるのか見当も付かなかった。
『電車が参ります。ご注意ください』
癖のあるアナウンスが流れて滑り込んで来る電車に停滞していたホームの空気は動き始めた。文乃も電車へと乗り込んで吊革を掴んだ。何時もの様に窓の外を見れば、濁りのない赤い双眸と目が合った。
それは白い人だった。
肌は血管が見える程に透き通り、一つに纏められた髪は白金と淡い。繊細な造形の容貌は神聖ですらあった。だが耳にはピアスが目立つし、長身の痩せた身体に白灰を基調にした個性的な形状の服を纏っている。ゴシックやパンクと言われるジャンルだろうが文乃には良く分からなかった。独特な雰囲気に見入っていると『扉が閉まります。ご注意ください』再び流れたアナウンスに景色は流れていった。