42 パンを焼く
カーテンを閉めてしまっていたので、窓の外でまだ夕焼けが続いているのかわからない。
「換気をした方がいいのかしら」
僕が窓の方を見たのに気が付いてノエラが言う。
「換気?」
「けっこう長い時間ストーブを点けてるでしょ。こんなに長い間ストーブ点けていたことがないからよくわからないの」
「僕もだよ」
「え、技術者階級でもそうなの?あ、そっかあたたかい地区出身なのね」
「あ、そうだね、この惑星よりは暖かかったかも」
危なかった。僕はみんなに技術者階級だと思われていたんだ。ノエラの誤解はこのままにしておこうと話題を変える。
「この惑星はまだ寒くなるのかなあ」
「今日上着とストーブが配られたってことはまだ寒くなるんでしょうね」
「このストーブって一昨日届いたんだよね?去年まではどうしてたのかなあ」
「一昨年より去年、去年より今年の方が寒いらしいわ。これはマーサに聞いたんだけどね」
「そうなんだ」
僕は改めて故郷の惑星とは違う場所にいるんだと実感する。
「公転周期が違うんだから故郷の惑星の時間の1年で季節が1周するわけないのはわかるけど、どうせならもうちょっと暖かい時の方がよかったわ。
もちろん今年ここに来れたことはとても幸運だったと思ってるけど」
「あのさ、そこそこの時間ストーブを点けているわりにあんまり暖かくならない気がするんだけど」
「そういえばそうね」
ノエラはちょっと考えてから
「あ、そっか。コテージって故郷の惑星のアパートみたいに隣や上下に部屋がないから壁から熱が逃げちゃうんじゃないかしら」
「あー」
なるほど、それは一理ある気がする。
「隣があるってうるさいだけじゃないんだ」
「じゃあアパートの角部屋というのも人気はあるけど冬は寒いのかな?」
「そうねえ、住んだことがないからわからないけれど、多少は寒いんじゃないかしら。窓が1つ多い分明るくて夜灯りを点ける時間が遅くてもいいからって言うけど、年間を通して電気代という意味では同じぐらいかもしれない」
「選べるわけじゃないからどうでもいいか」
故郷の惑星のアパートは、この地区のこのあたりのブロックで何階級向けの何人用、と申し込んだら区役所の方でここ、と割り当てられる。
75歳以上なら低層階が優先的に割り当てられるらしいけど、それ以外に選択の余地はないからどうでもいいとも思えるけれど、ある程度公平になるようにできているんならその方がいいや。
本当のことを言うとノエラとはこういう何気ない話だけをしていたい。
ノエラの昔の話を聞くのは今のところは面白いけれど、ノエラが今ここにいるということは、子供が生まれたけどきっとその後。
「ねえ、ジェイミィもストーブでパンを焼いたりした?」
ノエラの話の続きを聞くのが怖いと思う僕の気持ちがわかったのか、それとも自分でも話したくないことだからか、ノエラはまた関係ないことを言いだす。
「パンを、焼くって?」
「ああ、生地から焼くってことじゃなくて、買ってきた合成パンをここに置いて」
ノエラはストーブの上部の金網のようになっているところを指さす。
「ここで焼くというか炙ると言った方がいいのかしら。そしたら外側がちょっとカリッとして、古くなった一昨日のパンでも美味しく食べられるの」
「へぇー、でもそれって危なくないの?」
「見張っていれば平気よ」
僕はちょっとやってみたくなったけど、食事はみんなで食堂で食べるからやってみるとしたら故郷の惑星に帰ってからだな。
「ま、そんなことしなくてもここのパンは美味しいわ」
「そりゃそうだ」
結局、「換気」と称して窓を少し開けたけれど、開けたとたんに冷たい空気が流れ込んできてすぐに閉めてしまった。これで換気が出来たのかはわからないけれど、窓の外はもう夕焼けの終わりの色だった。




