41 子供
「うーん、痛さの質が違うから比べるのは難しいけど、テーブルの脚に小指をぶつけたときの1000倍ぐらい?」
「えー」
「で、それが一瞬じゃなくて12時間とか24時間とか、休み休みだけど続くの」
「それは理解したいけど理解したくないような話だね」
「男性には理解できないわよ、っていうか理解しなくてもいいと思う」
「そうなの?」
「だって父親は子供が小さい間は労働時間を増やさなきゃ生活が苦しいし、その後も子供が18歳になるまでの税率が低いうちにできるだけ働きたいし、別の意味で大変なんだから」
そっか、そういう考え方もあるのか。僕はぼんやりと女性の方がソンかなと思ったこともあったけど。
「えっとどこまでいったっけ?」
「息子が生まれたところ」
ノエラは大人っぽいと思ってたけど見た目がそうなだけかな?話しているとちょっと印象が変わる。
「それで息子が生まれて、赤ん坊ってね、起きてて欲しいときは眠ってて、寝てて欲しいときは起きてくるのはなんでなのかしら?
しかも夜中も2.3時間おきに起きて来て泣くのよ」
「そうなんだ。それは大変そうだね」
僕はそれしか言うことができない。故郷の惑星では、家族は夫婦のみまたは夫婦と成人前の子供という組み合わせしかないから身近に小さい子供がいたことはないし、小さい子供なんて洗濯女に背負われているのをたまに見るぐらいだ。
「夜中に何回も起こされるからちゃんと眠れなくて、睡眠不足ってけっこうツライわね。だから妊娠中と子供が3歳になるまでは母親は勤められないというのはある意味ありがたい制度だったのかもね」
「え、それは3歳までは母親が育てるべきだという考え方からだろ?」
「それもあるだろうけど、もし母親が働いているあいだ子供を預かってくれるところがあったとしても睡眠不足で工場の作業なんかしたら危ないじゃない。
だからあの規則は子供の為でもあるけど母親を守るためでもあると思うの」
「へぇー、その発想はなかった」
それは実際に経験したからそう思えるんだろうな。そう思うとノエラの話は有意義だ。そんな風に考えるのは間違っているのかもしれないけれど。
「でも子供が生まれてからも内職はやっていたんだよね?」
「内職は好きな時間にできるから。子供が寝ている時間とかおとなしくしているときとかね。まだ歩けないうちはちょっとラクだったかも。
立って歩けるようになると触りたがって、そのころは小さい電子部品を組み立てるのをやっていたんだけど、口に入れちゃったら危ないから、
リビングのテーブルに手が届くようになってからはね、キッチンのコンロをまずテーブルに移動させて、コンロがあったスペースで作業していたわ。
そっちのほうが高い位置にあるから」
いやいや、それもけっこう大変そうだけど。
「そうそう、ちょうどその頃、子供が1歳になった頃、夫の勤務時間が変わって朝から夜中の時間になったの。工場で誰かが辞めるとか新しく入ってきたりとかしたんでしょうね」
「ああそうか、そういえば僕の父も勤務時間が変わったことがあったな」
「さっきも言ったけど結婚したばかりの時はみんな2人同じ時間にウチに居たいでしょ。子供が独立した後はなるべく顔を合わせたくないと言って12時間交代で働きに行く夫婦もいるし、同じ時間にアパートにいる方が少しでも電気代が安くなるからそうするという人もいるし、そのあたりは人それぞれだけど」
「顔を合わせたくないから12時間交代で働くというのもすごいな」
「ホント、それはちょっと悲しいわよね」
あれれれ、ノエラが最終的には離婚したっていう話だと僕は思ってたんだけどな。違うんだろうか。
「夫は勤務時間が変わったせいで息子が初めて歩いた瞬間を見逃した、って悔しがっていたけど、そのころ私は夕焼け空を見上げることなんてすっかり忘れていた」




