37 暖かな腕
ドクターに本物コーヒーをご馳走になって、魚の話を聞いた。故郷の惑星には海水に住む魚と淡水に住む魚がいる。
故郷の惑星の海は塩水で、この惑星の海は淡水だ。だからこの惑星に連れてきた魚は全て淡水に住む魚だ。
「本当は海水の魚の方が美味しいんだけど」
ドクターの研究の目的はこの惑星で魚を養殖して食料にすることだけど僕はどちらの魚も食べたことがない。
「まあまだ魚が卵を産むことさえできていないんだから先は長いよ」
「ああ、そうだ。この前藻が分裂するところを見ました」
「それはラッキーだったね。藻の分裂はそんなにしょっちゅう起こるものではないんだ」
「藻が分裂しるってことは増えるということですよね?」
「藻だけじゃなく分裂して増えるような他の細菌はこの惑星でだって増えることはできるよ」
「え、そうなんですか?」
「パンを膨らませるのに必要なイースト菌とかはこの惑星でも他のB計画が行われている惑星でもちゃんと働くし、そもそも僕たちは腸内細菌ごとここに来ているから」
「ああそうか。だったら分裂して増えるもので食料にできるものはないんですか?」
「ジェイミィは面白いことを考えるね」
それが面白い事ならそれはきっとファリィの影響だ。
「乳酸菌とか麹菌とか人間が食べられるものはあるけどそれだけを食料にと言うのは今のところちょっと無理かなぁ」
ドクターのコテージを辞して戻ってきて、僕が自分たちのコテージのドアを開けるとリビングのソファにポツンとファリィが座っていた。灯りも点けずにソファの上で膝を抱えて。
「わっ、びっくりした」
僕が驚いていると
「ジェイミィ、どこに行ってたの?」
ファリィが静かな声で訊いた。
「え、あの受験勉強をしていて、わからないところがあったからドクターのところへ教えてもらいに」
あれ?僕はどうしてこんな言い訳がましいことを言ってるんだろ。
「そう。ジェイミィは大学へ行くのよね」
「うん、まあ」
「はぁ、なんか寒くなっちゃった。もう1回お湯に浸かってあったまってくるわ」
と浴室に行ってしまったファリィの背中を見送って、僕もパジャマに着替えてベッドに行った。
シーツはとっくに冷たくて、ファリィはいつから起きていたんだろう。
あれは、心配してくれたんだろうな。ファリィの声は非難がましいわけではなかったけれど、責められた気分だ。
そっか、書置きでもして行けばよかったんだ。
一旦眠ってしまったファリィが夜中に起きることは今までなかったから油断していた。
ファリィとは相性が悪いというよりタイミングが悪いんだろうな、そんなことを考えながら僕は眠ってしまったけれど、眠りに落ちる直前に暖かい腕で抱きしめられたような気がした。
あれは夢だったんだろうか?
次の朝僕はインスタントコーヒーを飲みながらファリィに聞いてみようかと思ったけれど、「そんなことしてない」と言われるとなんか面白くない気がして迷った挙句に何も言わなかった。
ファリィは今朝はコーヒーではなく白湯を飲んでいる。ファリィはあんまりコーヒーを飲まないけれど、リザリィみたいに全く飲まないわけではなくて時々は飲んでいてその基準が僕にはよくわからない。だから僕は朝自分がコーヒーを飲むときに「ファリィも飲む?」と訊くのをやめてしまっていた。
そりゃファリィに毎朝「ファリィもコーヒー飲む?」と訊くことはできるけどそれが「優しい」と思われるか「鬱陶しい」と思われるかがわからない。ちょうどファリィがコーヒーを飲みたいと思った瞬間にそう声をかけることができればいいけどそんなことは無理だから。
運が良かったとか悪かったとか、タイミングが良かったとか悪かったとかそんなことは後からでしか言えない。
「はぁ」僕はインスタントコーヒーの残りをため息と一緒に飲み込んだ。




