36 タイミング
「所長は運が良かったという言い方をしないんだ」
僕は独り言を言っていたようだ。
キフユの様子を見てくるよ、と所長がラボと繋がっている診察室に行ってしまうと
「運が良かったとタイミングが良かったは同じじゃね?」
とタツトがそれを聞きつけて言う。
「いや、なんか微妙に違わない?自分ではどうしようもないことに対しては運が良かった、でタイミングが良かったはなんていうか自分の選択によって変わりうることというかさ」
「雨がいつ降るかなんで自分ではどうしようもないじゃん」
「でもあとほんの少し帰るのが遅かったら濡れていたわけで、ちょっと引き返すのが遅くなったりとか帰り道にもっとゆっくり歩いたりとかさ、そこは選べるから」
「ジェイミィは難しいことを考えるんだな。それより俺は雨には濡れなかったけど海の水で靴が濡れて気持ち悪いや」
「濡れた靴はドライヤーで乾かすといいよ」
この惑星に着いたとき、制服は3着支給されたのに靴は1足だけだ。
タツトは僕の顔をまじまじと見て
「技術者階級はすごいことを考えるんだな。そんな贅沢なこと普通は思いつかないよ」
それは青い風の吹く星でリザリィが僕の靴をドライヤーで乾かしてくれた時に僕が思ったのと同じ感想なんだけど。
「ここでは電力に余裕があるからさ。使い切れずに貯めることも出来なかった分は空気中に放電されてしまうんだって」
ここはアルマの受け売りだけどな。
その日の夕食の時、左手を包帯でぐるぐる巻きにされたキフユが
「心配をかけてすみませんでした」
と謝って、この件は終わりになるらしい。
みんなどうして戸棚が倒れたのかとかああだこうだと言っていたけど、所長からは
「作業中はより一層安全に気を付けるように」
という注意があっただけだ。これじゃ戸棚に問題があったのかキフユがふざけていたせいなのかわからないけど、たいていの事故の説明なんてこんなもんだろう。
キフユは自分の足で歩いてきたし、食欲がないなどというわけでもなさそうだからちょっと安心だ。
とキフユの方を見ていたら、キフユは強化スープを隣にいるサリナに食べさせてもらっている。
「キフユって左利きだっけ?」
僕がそうつぶやいたら僕の隣にいたファリィが
「違うと思うわ」
と答える。
キフユは何をやってんだ?スープぐらい自分で食べられるだろ、と反対の方を見たら、ニーナが自分の隣のタツトの口元に自分のスプーンを差し出していて、タツトは
「やめろよ」
とか言いながら嬉しそうだ。
全く、なんなんだよ。
そんなキフユとサリナ、タツトとニーナのペアをみんな笑いながら見ているけれど、僕はちょっと冷めた気持ちで眺めながら、青い風の星で僕がお腹が痛かった時にアウラが作ってくれたホットミルクを思い出していた。
その夜、ファリィが眠ってしまってから僕は起き出して一応ノートを広げてはみたものの、数学の問題を解く気分じゃなくて誰かと話したい気分だ。できればタツト以外がいいな。どうせ今頃はタツトはニーナと任務中だ。それに関して僕は何を言える立場ではないけれどやっぱり面白くなくて、ファリィは眠ってしまっているし、そうなると僕が行くあてはドクターのところぐらいしかない。
ファリィはよく眠っているようだし僕はそっとコテージを出た。
「こんばんは」
空が明るくてもそれが夜の時間なら「こんばんは」あたりが真っ暗でもそれが昼の時間なら「こんにちは」
この惑星に来たばかりの時はヘンな感じがしたけれどそれにはもうすっかり慣れた。
「今日は一緒に海へ行けなくて悪かったね」
「それは所長が一緒に行ってくれたから大丈夫です。ドクターも大変でしたね」
「あー、キフユね。ほんの2針縫っただけなんだけど、キフユが麻酔の注射を怖がって騒ぐから大変だったよ。まあ私も傷を縫うなんて久しぶりだから緊張したけど」
ドクターは考えようによっては怖いことを言う。でもそれは僕たちは安全な環境で生活しているということだよね?




