35 海へ
「普段は水に覆われている部分の砂が欲しいんだろ?」
歩きながら所長がタツトに話しかけている。行き先はこの惑星に来て2日めにみんなで行ったのと同じ場所だ。
「はい、そうです、そうです。このあたりの土と比べてみたいと思って」
返事をするタツトに
「今日の今からの時間は引き潮なんだ。この惑星には衛星が2つあるから潮の満ち引きが複雑でね、今ならかなり引いているはずだから欲しい砂が採取できるだろう」
ああ、だからドクターの代わりに自分が行くことにしてまで海へ行く予定を変更しなかったのか。
「ここの海の干潮と満潮の差は大きいんだけど動き方がややこしくて、だからここでは潮力発電ではなく太陽光発電をすることになったんだけれど」
「夜の日と昼の日が交互に来るのは太陽光発電に不利ではないんですか?」
「不利だよ」
所長はあっさりとそう言う。
「だけど、いやだから、かな。だからここで蓄電の研究もすることになって今では3日か4日分の電気を貯められるようになっている。
だからここに工場を作ることだって出来るし、穀物が実って人が子孫を繋いでいくことができたら」
結局はそこなんだよな。どうしてここでは植物も動物も繁殖ができないんだろう。藻は増えるのに。
海に着いて、所長は
「だいぶ水が引いてる」
と言うけれど、目印になるような大きな岩とかがあるわけでもないし以前来たときとの違いがよくわからない。
タツトは膝をついて持ってきた袋に砂を集めて、僕はもう少し先の波打ち際まで行ってバケツに水を汲む。遠目には琥珀色に見える海の水もバケツに入れるとキレイな透明の水だ。少し砂が入ってしまったけどまあいいや。
僕が振り向いたら所長がちらりと自分の腕を見て
「そろそろ戻ろう。もうすぐ潮が満ちてくる」
と言った。あれは、腕時計だな。所長がそんなのをしているのを今まで見たことがなかったから海へ行くのにわざわざ持ってきたのかもしれないけれど、どっちにしたって腕時計を持っているなんて上流階級だ。
そんなことよりも水辺は寒くて早く帰ろうというのには賛成だ。
「どうして海に行くのは3人以上じゃないとダメなんですか?」
帰り道でタツトが所長に聞いている。
タツトが所長と話してくれるので僕は助かっている。僕と所長の2人ならきっと間が持たないな。まさか3人で行けというのが2人だと間がもたないからという理由じゃないと思うけど。
「何かあったときに3人いればなんとかなる確率が高くなるから」
「何かって?」
「例えば事故で誰かが怪我をするとか。出かけた先で1人が怪我をして動けなくなったとしてももう1人が怪我をした人に付いていてあとの1人が助けを呼びに行けるだろ」
出かけた先の海は引き潮だというけれど波は小さくておだやかで、まあ荒れ狂う海なんて海賊とかが出てくる昔の映画でしか見たことはないけれど、事故なんてそうそう起こるものじゃない、と昨日までの僕なら思ったかもしれない。けれど今日はキフユが怪我をしたばかりだから。
そういえばここに来てすぐみんなで海を見に行ったのもかつて勝手に抜け出して見に行った人がいたかららしい。あらかじめ見せておけば勝手に見に行くこともないだろうと。
責任者になったらいろいろ考えなきゃならないことが多くて大変そうだ。こういうのがファリィの言う責任が重いのはイヤということなんだろう。まあファリィの気持ちもわからなくはない。
ようやくB計画の施設が固まって建っているのが見えて、僕たちはラボに帰り着いた。
とたんに激しく降ってくる雨。この雨はいつ降り出すのか予想がつかない。それでも今日は濡れずに済んで
「ああ、タイミングが良かったね」
所長はそう言った。
この人は「運が良かった」という言い方をしないんだ。




