33 失言
その夜コテージに帰ってきたとき、ファリィが僕の顔を見て言う。
「ジェイミィどうかしたの?疲れているように見える」
「ああ、午後は長い間顕微鏡を見てたから眼が疲れただけ」
それを聞いてファリィは黙ってバスルームに行くとすぐにタオルを持って戻ってきた。
「それ、眼の上に当てておくといいわよ」
それは熱いお湯で濡らしたタオルを固く絞ったもののようだ。言われたとおりに眼の上に当ててみるとじんわり暖かくて気持ちがいい。
「ファリィは優しいね」
僕がそう言うと
「そ、そんなんじゃないわよ。ジェイミシのバカ」
ファリィはなんだかプンプンで、本格的に浴室に行ってしまった。
褒めたつもりなのに怒られた。なんでだろ?
それからも僕たちはしょっちゅう昼食後の時間にコテージで、始めるなら何屋がいいかという話をした。別に他人に聞かれてはいけないという話ではないけれど。
「貸本屋を最初に考えた人はすごいよね。今までになかったものだし、なんかそんな風な画期的なアイディアがあればいいんじゃないのかな」
「古本屋は以前からあったじゃない。でも後から貸本屋はできてきたのよね。一旦本を買って、読み終えたらまた売るのといくらか払って借りるのとどう違うのかしら?」
1冊の本を読むのにかかる費用としてはそんなに違わないはずだけど、古本屋がすでにあるのに貸本屋は何故成功できたんだろう。僕が考え込んでいたら
「貸本屋がいけるなら、貸マンガ屋というのはどうかしら?」
「マンガなんて中学生までしか読まないだろ」
「だからいいんじゃないの。中学生はヒマだし」
いやいや、僕はそれは成立しないと思う。
「中学生はお金を使えないじゃないか」
中学生になったら家族カードで買い物はできる。でも買うことができるのは家族の分に合成パンと強化スープと水だけで、本人のIDカードにキャッシュ機能が付けられるのは15歳の準成人になってからだ。
「じゃあ支払い部分は親で」
「いくら中学生が読みたがっても、子供にマンガを借りてやる親は少数派だと思うよ」
「んー、中学生でも強化スープは買えるからレンタル料はその缶詰で」
「それは違法になるんじゃない?」
ファリィはとんでもないことを考えるな。
「えー、だって物々交換じゃない。ブラックマーケーットでは強化スープの缶詰がほぼ通貨として使われているって聞くし」
そりゃ缶詰は2ヶ月や3ヶ月は日持ちがするしブラックマーケットではそういうことも行われているけど。
「そもそもブラックマーケットもグレーだし。それよりも、強化スープで漫画のレンタル料を払ったなんて親にばれたらその子はこっぴどく叱られてレンタルマンガ屋なんて出入り禁止だよ」
ファリィの発想は僕が考え付くものの斜め上を行ってる。
「でもレンタルという考えはいいと思う」
「何かを貸すのなら期間限定で使うものがいいわよね」
「電気ストーブとか?」
「あのねえ、ストーブは冬しか使わないけど使うのはみんな一斉に使うじゃない。それだと成り立たないわ」
「あ。だったら子供とか赤ちゃんが使うものとかは?えーっと、オムツとか」
僕はいい事を思いついたと思った。
「オムツねぇ。あれは子供服とか靴とかと同じで、中古で買って使わなくなったらまた売っちゃうのが一般的だけど、その方が気兼ねなく使えるからかしら」
そうか、本なら1回読んだとしてもそんなに急に傷むものじゃないけど、子供服だと同じ中古でも買った時と1年使ってまた売る時の値段の差が大きそうだからこっちはレンタル向きじゃない。
「赤ちゃんのものならベビーベッドのレンタルはいいかもしれない」
「ベビーベッドって?」
「生まれたばかりの赤ちゃんからせいぜい2歳ぐらいまでの子供用で小さくて柵があるベッド」
あ、ニュース映像かなんかで見たことがあるかも。病院で生まれたての赤ん坊が寝かされていたアレだな。
「5歳までの子供なんて親と同じベッドで隣に寝かせればいいんじゃないの?」
「赤ん坊を大人用のベッドに寝かせていると時々事故が起きるの。子供が落ちたりとか、あと母親が横になっておっぱいをあげてるうちにうっかり自分も眠ってしまっておっぱいで赤ん坊の鼻と口が塞がれて窒息するとか」
それは親にしたらツライ事故だな。
昼間のその話が頭に残っていたから、その夜ベッドで僕はファリィに言ってしまった。
「ファリィなら赤ちゃんがおっぱいで窒息する心配はなさそうだね」
その夜は、僕がこのオレンジの空の星に来て初めてソファで眠ることになった。




