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32 分裂

午後の作業開始の時間になってしまって話はそこまでになってしまった。

午後僕はラボに行って顕微鏡の準備をしながらファリィの言ったことについて考える。

「何屋がいいと思うか」と聞かれてもな。

中学生や高校生の頃は漠然と高校を卒業したらどこかの工場に勤めることになると思っていた。だってたいていの中流階級はそうだから。

個人商店で僕が知っていて行ったことがあるのは理髪店。それから貸本屋。古着屋は、僕はたいてい兄のおさがりを着ていたからほとんど行ったことがない。

それからジューススタンド。コーラとかジンジャエールとか合成オレンジジュースなんかを売っていて、高校生の時はもっと行きたかったけどせいぜい1か月に1回ぐらいしか行けなかったな。

あとはなんだろう。生活に必要なほとんどの物はマーケットで売ってるからかあんまり思いつかない。


上流階級向けのアパートが多いあたりに行くともっといろいろあるかもしれない。

ああそうだ、合成パンしゃなくて高級な本物パンを作っているパン屋になりたいと言っていたタキタ。いや、彼がなりたいんじゃなくて実家がパン屋だったんだっけ、彼は故郷の惑星に帰って参加報酬の500万コインでパン屋を始めたんだろうか。

そうだとするとファリィの考えも無謀なチャレンジというわけでもないのかな。

僕は自分で店を始めるなんてこと考えたこともなかったけれど。


そのあと僕は顕微鏡を覗いていて変わった藻を見つけた。普通はまんまるなのがなんか縦に長い楕円形といえばいいのか、そんな形で、大きさは他のまんまるな藻よりちょっと大きいかも。

見ている間に真ん中の部分がくびれ始めて、どんそんどんそのくびれが大きくなっていく。そしてとうとう細くなった分部がちぎれて2つに分かれてしまった。

「ほおーっ」

僕は思わず声をあげる。知識として知ってはいたけど実際に藻の分裂を見たのは初めてだ。

もう1回見てみたいと思って楕円形になっている藻が他にもないかと探したけどなかなか見つからない。

僕は次々にプレパラートを取り換えて藻を探しながらまたファリィの起業のことを考えていた。


そんなのうまく行くはずがない。多くの大人はそう言うだろう。でも今ある大きな工場だってマーケットだって誰かが始めたものだ。

そしてそんな成功している会社の経営者は自分の娘や息子を大学に行かせることもできる。大学に行くのは医者か役人になる人だけではない。

そういう大企業の経営者の息子や専門学校の教師もそうだ。もっとも僕も最近になってそれを知ったんだけど。


最初に資金があったとしたら。いや、あったとしてもだ。何か画期的なものを思いつけばいいんだろうか?

例えば貸本屋は僕が小さい頃はなかったと思う。中学生になった頃に急にあちこちに出来た記憶がある。ということは今残っている貸本屋の店主はみんな成功した人なんだ。新しい商売だから親のやっている店のお客さんを紹介してもらう、なんてこともできなかっただろうに。


でもうまく行かなかった人はひっそり貧民窟に移っていったのか。他人はそれを見て「お気の毒に」と言いながら、本心は「ラクして稼ごうとするからだ」と楽しそうに噂をする。だから失敗例が目立ってしまって、僕も「そんなのうまく行く人はほんの一握り」とか思っていたのかも。


結局分裂しそうな藻は他に見つからずに、藻の分裂頻度はそんなに早くないのかなと思う。ここには藻を食べる動物もいないから、どんどん分裂したら海は藻だらけになってしまう。風に飛ばされて陸地のほうまで行ってしまって干からびてしまうものややがて縮んで枯れてしまうものもあるので、ちょうどその分だけが増えるようになっているんだろうと思う。

それでも通常の藻よりも小さいものは見つけたから、これは分裂したばかりのものかもしれない。


かなり長い時間顕微鏡を見ていたのでなんだか目がしょぼしょぼする。

こういうときは遠くを見ればいいんだっけ、とラボの窓から外を眺めてみれば、そこにはぼんやりとしたオレンジ色の空。

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