22 おかえり
僕の前にはとっくに空になってすっかり冷たくなったコーヒーカップ。
「ドクターは結婚しているんですよね?ここに1人で来ることをよく奥さんは承知してくれましたね」
僕の言葉は嫌味ったらしく聞こえたかもしれない。
「ああ、うん。妻には感謝している。子供たちはまだ小学生だったし」
この惑星に来てドクターは幸せなのだろうか?
「あの、もし僕が文系に進んで役人になったとしても役人の世界にも同じようなことがあるんでしょうね」
「上流階級になるということは多かれ少なかれそういうものだと思っている。だけど、だからみんな少しでもマシになるように頑張っている」
僕はそれ以上何も言えずにドクターのコテージを辞した。
僕が自分のコテージに戻ると、ニーナはテレビを見ていたけれど立ち上がって
「おかえりなさい、ジェイミィ」
と迎えてくれた。僕はそれがなんだかうれしくてニーナを抱きしめた。
「ちょっとジェイミィ、そういうことはシャワーを浴びてから」
ニーナのセリフに僕は笑い出す。
「違うよ。『おかえり』って言われたのが嬉しかったんだ。父さんも母さんも12時間とか16時間とか働いていて、僕がアパートに帰った時にはいつもいなかったから、あんまりそんなことを言われたことがないなぁ、って」
「ああー、そう言われればそうね」
ドクターはもう何年も誰にも「おかえり」なんて言われていないんだろうな、と思う。
僕はこんな幸せがあればいいのに。
僕は安易に2年目のB計画に参加することを決めてしまったんだろうか?いや、違う。この世界を少しでもなんとかしたくてそのために大学に行きたいと思ったのは事実だ。
それから僕とニーナは交代でシャワーを浴びてベッドルームに行ったけれど、あんな話を聞いた後でニーナに触れる気になれなかった。
ニーナは
「しないの?」
と言ったけど
「うん、今日はちょっと」
そう答える僕に
「受験勉強で疲れちゃった?まあそんな日もあるわよね」
ニーナの物分かりの良さがなんだか悲しい。
僕の隣で眠るニーナの小さい肩を見ながら、僕はなかなか寝付けなかった。
ニーナも来年には故郷の惑星に帰って結婚することになるだろう。そしたら当然のように妊娠して、羊水検査を受けて。もし合格しなかったら。
手術台に縛り付けられるニーナを想像したら叫び出しそうになった。もしそんなことになってもニーナなら
「自分が悪いんだからしょうがない」
とか言いそうだ。
いや、ニーナだけじゃなくほとんどの女性がそう言って口をつぐむんだ。
それはやっぱりヒドイことで、当然のことにしてはいけない。
でも僕に何が出来るんだろう。僕は何をするべきなんだろう。
ニーナの肌に触れていなくても同じベッドに入っていれば彼女の体温が伝わってくる。
この惑星の夜は寒いからそれはありがたかったけれど、僕が本当に「おかえり」と言って欲しいのは誰なんだろう。




