18 ドクターのコテージ
僕とニーナはまあまあうまくやっていると思う。具体的な話とかはしないから、他のペアがどんな風なのかは知らないけれど。
夕食を終えてコテージに帰ってくると僕たちはコーラを飲みながらTVの教養番組を1本見て、それからそれぞれ受験勉強をする。
大学受験のために僕は勉強する必要があったし、ニーナに
「高校受験をするなら中学校のおさらいをしておいたほうがいいんじゃない?」
と言ったら彼女も気にはなっていたようで、タブレット端末をライブラリに繋いで過去の入試問題をやっている。
やっぱり数学は苦手なようだけどそれは僕でも教えることができた。
けれど今日は僕が自分の分の問題をやっていてつまづいてしまった。僕がうなっているとニーナが
「ジェイミィも誰かに教えてもらえばいいのに」
と言うけど
「誰かって誰に?」
「あー、数学でしょ。ドクターは理系だからドクターに聞けばいいんじゃない?」
こんなところで悩んでいても仕方がないと僕はドクターのコテージを訪ねることにした。
「ニーナは1人で大丈夫?」
「大丈夫よ」
とニーナは言ったけど
「淋しかったらテレビでも見てるといいよ」
そう言って僕はノートを持ってコテージを出る。
ドクターのコテージのドアを叩くと
「ニーナがどうかした?」
「いえ、そうじゃなくてちょっと数学で教えて欲しいところがあるんですけど」
「ならよかった。どうぞ、入って。あ、ジェイミィは受験勉強をしているんだ」
僕が2年目だという事情を知っている人は話が早くて助かる。
ドクターのコテージは僕たちのコテージと同じ大きさだけどリビング部分が広い。1度入ったことがある青い風の星のリリシャ所長の部屋と同じだったけど、大きな執務机はなくて4人が座れるソファセットが置いてあった。
勧められるままにソファに座って、ドクターにノートに写してきた問題を見せると
「ああ、こういうタイプの問題は2つに分けて考えるんだ、こっちの答えを先に出してそれを使って最終的な答えを出す」
ドクターの教え方は上手くて、一度理解するとどうしてこんなところでつまづいていたのかと不思議に思えるくらいだ。
それからドクターは小さい流しの方へ行きながら
「ニーナはどうしてるの?」
「テレビを見ています」
「じゃあしばらく話してても大丈夫かな。よかったらコーヒーを飲んで行ってよ」
と言う。
僕は改めてドクターの部屋を眺めて、壁際の細長いテーブルの上の水槽に目を止めた。その中には僕の小指の半分ほどの大きさの、つい、ついっと泳ぐ魚が4匹、いや5匹。
「すごい!これ、ペットですか?」
ペットを飼うというのは故郷の惑星では最大の贅沢の1つだ。もっとも、犬、猫、ウサギなんかじゃなくて水槽で飼える小さな魚か鳥かごで飼える小鳥ぐらいだけれど。
「それは実験動物。ま、自室に持って来ているからペットと言えなくもないかなあ」
流しの方から何とも言えないいい香りが漂ってくる。
「砂糖とミルクは?」
と聞かれて
「いえ、そのままで」
と答えた僕の目の前にカップに入ったそれが置かれる。
僕たちのコテージにある丈夫そうなマグカップではなく繊細なカップを顔の前まで持ち上げて
「これは本物コーヒーですね」
香ばしくて深い香りがする本物コーヒーは苦さの中に甘みが感じられて、僕はとても幸せな気持ちになった。
「美味しい!」
そう言う僕にドクターは
「私はコーヒーが好きなんだ。半年に1回補給が来るタイミングで妻に送ってもらっているんだ」
ドクターも離婚してこの惑星に来たのかと思っていたけどそうではないらしい。
「ドクターはどうしてこの惑星に?子供はまだ小さいのでは?」
なにげなく聞いてしまった僕にドクターは
「あー、」
と言い澱む。
「すみません、立ち入ったことを聞いて」
「いや、いいよ。私はね、故郷の惑星で産科医をやっていたんだけれど、それが嫌になって逃げだしてきたんだ」
「え!?」
「医者もキレイな仕事ではないってこと」




