ナンパを断る
華湖はいつも通り駅に着いた。彼女が今女に通うにあたって問題だったのは、電車で通学しなければならないということだった。コミュ障の彼女にとって満員電車はそれだけで耐え難いものだったし、かつ男性恐怖症も併せ持っているので、男性に密着でもされたら最悪の場合、気絶するということもありうる。だが、調べてみると通学に使う路線には女性専用車両というものがあった。そのおかげでこうして電車通学が可能になったのだった。人混みを避けつつ、改札へ向かう。そのとき、目の前に人影が立ちふさがった。
「ねぇ、君、今女の生徒?」
見たところ大学生、といったところだろうか。細身の長身で、少し茶色に染めた髪で毛先を遊ばせている感じの髪型。シンプルながらも清潔感のある服を着たオシャレ男子といった風貌だ。
まったく見覚えの無い顔だったので、華湖は戸惑った。
「え?ハ、ハイ。そうです」
「今帰るとこ?」
「ハ、ハイ」
「んじゃ、どっか遊びに行かない?」
「ハ…は?」
パニックになりかけつつも、学校について何か聞かれるのかと思って無理をして返事をしていたのだが、どうやらこれはナンパというやつらしい。相手にして損したと思いつつ、男を通過して改札に向かうことにする。
「すみません、電車が来るので…」
「まぁまぁ。良いじゃん」
すれ違おうとする華湖の腕を男が掴んだ。
「ちょ、やめて!離してください!」
「まぁまぁちょっとだけだからさぁ。俺、今女の友達が欲しかったんだよ」
「離して!」
(友達が欲しい?そんなの知らない!)
華湖は必死に手を振りほどこうとする。だが、男は離さない。痛みを感じるほど腕を握られている。腕を上下にブンブンと振るが、駄目だった。男女の筋力差はいかんともし難いものがあった。
「ちょ、暴れんなって」
「オイ。何してんだテメー」
男の後ろから声がした。ドスが効いている低い声だが若い女性だ。
(誰!?助けて!!)
華湖は藁にもすがる思いでそちらを覗いてみると、なんとそこにいたのは樹だった。
「な、なんだよお前!」
「なんだよじゃないんだよ。嫌がってるだろ。離せよ」
樹はド派手なメイクを施した顔で男をにらみつけた。そのマッチが10本は乗っかりそうな長いつけまつげからくる眼力は、助けてもらっているはずの華湖すらおののくほどだった。
「関係ねぇだろ!」
「あるんだよ。ソイツ、後輩だからな」
「は?嘘ついてんじゃ…」
「嘘じゃねぇよ。とにかく、どっか消えろ」
「チッ。めんどくせぇな。あんだよコイツ…」
男は樹のあまりの迫力に押されたのか、渋々手を離すと人混みに消えていった。
「あ、ありがとうございます!樹先輩!」
華湖は勢いよく直角に頭を下げた。
「あー、良いって。腕、大丈夫か?」
「ハイ!…って先輩、その格好…」
樹はよく見るとメイド服を着ていた。
黒いヒラヒラのミニスカドレスの上から白いエプロン。足は黒いニーハイソックスで頭には白いカチューシャをしている。
「あ?これ?あはは、樹さぁ、メイドカフェでバイトしてんだぁ」
「え?バイトですか!?メイドカフェ??」
「そそ。ギャルメイドカフェ」
「ギャルメイド…カフェ?」
メイド喫茶もいろいろ種類があるとはきいていたが、そんなものまであるとは。と、華湖は驚いた。ギャルとメイドとは相性の悪い組み合わせのように感じるが、需要はあるのだろうか。
「今はホラ、ビラ配りしてんの」
樹はビラの束をバサバサと振った。
「へぇー。って、ていうか、それって良いんですか?」
「いやまぁ。ダメなんだけどね」
「えー!ヤバイですって!」
バイトをするには、学校へ申請し、許可を得る必要があった。当然ながら何でも良いわけではなく、申請が下りないバイトもあった。メイド喫茶などはもちろん不可だ。
「やっぱゲーミングPCって高いからさぁ。けどガッコも部活もあるから長時間働くわけにもいかないし。短時間で稼げるバイトってあんまなくてさぁ」
「それはわかりますけど、でも…」
「大丈夫。もう辞めるよ」
「え?そうなんですか?」
「うん。バレたらチームに迷惑かけるし。犬飼の話じゃ誰かに見られてるらしいからなぁ。このメイクならバレないっしょって思ってたんだけどね。それにトップチームに入ったからにはもっと練習しないとだしさ。今の実力のままじゃパイセン達に迷惑かけるし。それにお金はもう、十分稼いだしね」
「確かにそのメイクなんで一瞬分かりませんでしたけど…あっ!!」
「え?どうした?」
「電車、来ちゃいました…」
「あ、ああ。別に次のに乗れば良いじゃん。なんか急いでんの?」
「女性専用車両じゃないと、ダメなんですよー」
女性専用車両は全ての電車にあるわけではない。華湖はあらかじめどの時間に女性専用車両有りの電車が来るか調べておいて、それに合わせて駅に来ていたのだ。もう走ったところで間に合いそうもない。次の電車は30分ほど待たねばならない。
「あ~そうだったんかー。じゃ、ウチの店で何か飲んでいく?」
「え?いや、それは遠慮しておきます…」
「まーまー、オゴるからさぁ」
そう言って樹は華湖の手を引っ張った。
「いやー!なんか怖いからいいですって!」
「怖くないっって~。みんな優しいよ~。ホラ、すぐそこだから」
樹が指差す方向を見ると、メイド服を着たギャルのイラストが書かれた看板が見えた。それが、彼女がバイトする『ギャルメイドカフェ チョコネード』であった。




