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スマホは遠慮する

それはある日の夕飯時のこと。

華湖の叔父が思い出したように言ってきた。


「華湖ちゃん、そろそろスマホが無いと不便じゃないかい?」

「え?いえ。大丈夫です」


確かに、今どき高校生ならスマホを持っているのが当たり前だったが、華湖はいまだに持っていない。だが、それに対し不便を感じたことはない。もちろん、叔父夫婦に負担をかけたくないという思いもあった。


「大丈夫ってことはないだろう。みんな持ってるだろ?」

「はい。でも私はパソコンで連絡とれるので…」

「んー、でも外出時はどうする?」

「それは、まぁ…。でも、友達もいないですし…」

「あら。あの子達は?玲流ちゃんと里美ちゃん。よく家に遊びにくるじゃない。お友達でしょ?」


皿などを運びながら聞いていた叔母も会話に入ってきた。

(そうか。今は友達、いるんだ)

今までは子供だったし、そもそも連絡を取り合うような友達もいなかった。だからスマホを持つ必要はなかったのだ。持ったことがないのでその利便性も知らなかった。


「そうですね。二人共友達ですね」

「あの子達だって、スマホで連絡とりあってるでしょ?」叔母が続けて言う。

「はい。そうみたいです」

「だろう?だったら、華湖ちゃんも必要じゃないかい?」叔父が再び提案してくる。

「でも…いえ、私は大丈夫です」


(確かに、あったほうが良いのかな?)

一瞬、そんな考えが湧いてきた。だが、やはり二人に余計なお金を使わせたくなかった。普段の食費や生活費、学費だって安くはない。これ以上の負担をかけることは考えられなかった。


「遠慮はしなくていいからね。それくらいの稼ぎはあるから。それに、私たちも華湖ちゃんと連絡とりたいとき便利だしね」


そんな華湖の考えを察してなのか、叔父は笑って言った。実際、生活が苦しいというわけではないようだ。無論、詳しい収入は知る由もないが、叔母は専業主婦だし、叔父の乗っている車は国産だが高級車の代名詞となっているようなものだ。


「そうそう。私たちは子供がいないから、お金に余裕はあるんだから。華湖ちゃんは実の親だと思って頼ってくれていいのよ?」


叔母もそう言ってくれる。


「ありがとうございます。それじゃあ、欲しくなったらお願いします」


華湖は幸せを噛みしめると同時に、少しの罪悪感も抱いていた。

自分だけがこんなに幸せを享受していいんだろうか、と。自業自得とはいえ、あの人たちは今ごろ不自由な生活をして苦しんでいるはずだ。それなのに…。もちろん、自分に非はないのだ。それは理屈では分かっている。それでも幸せを感じるたびに胸の奥をチクリと刺す何かがあった。



「えー?前髪ちゃん、スマホ持ってないのぉ?」


部活の時間。樹とそんな話になった。それで思い出した出来事だ。そんなわけで、華湖は今どき珍しくスマホを持っていなかった。


「はい。家庭の方針で」


華湖は面倒なのでちょっと嘘をついた。持たないのは自分の意志だ。むしろ家庭の方針は『持て』だったのだが。だが、それを正直に言えば、樹からは持てと言われるだろう。別にスマホを所有しても良いのだが、それで樹が何をたくらんでいるのかが気になる。


「そっかぁ、わかんないことあったら聞こうと思ってたんだけどなぁ」


樹はあれから自分でなんとか配信しようとしていたらしい。だが、やはり樹という人物は自分で調べるという行為が苦手なようだった。ことあるごとに華湖にいろいろと聞いてくる。それも、少し調べるような初歩的なことばかりを。

(あ~、やっぱそれかぁ。面倒だから例えスマホ買っても連絡先教えたくないなぁ)

華湖は先輩でチームメイトである樹とはGATEでフレンドになっていた。樹からの質問はGATEのフレンドチャットでも度々送られれてきていた。だが、このような関係性がなければ、絶対関わりたくない人種だった。


「ていうか、先輩。兎咲先輩に聞けば良いじゃないですか?」


二人は共に2年生である。そして兎咲は配信もやっている。ならば、彼女に聞くほうが自然なはずだ。だが、部活中でも彼女たちが話している姿を華湖は見たことがなかった。


「え~。樹、うさちゃんは苦手なんだよねぇ」

「え?なんでですか?」

「だってさぁ。語尾にぴょん、とか付けるんだぜ?イタくない?」

「は、はぁ…」


配信だけのキャラクター付け、というわけではなく普段から『ぴょん』を付けて喋るということに、華湖も思うところがないわけではなかった。最初は驚いたし、戸惑いはあった。だが、今となっては全く気にならない。それも個性と考えるようになった。


「良いじゃないですか、それくらい。もう同じチームなんですから、慣れてくださいよ」

「ええ~」


樹は頬を膨らませ、不安顔だ。彼女は自分と異なるものに対する許容範囲が狭いのかもしれない、そのようなことを華湖は思った。


「だけど、そうかぁ。今はチームメイトだもんなぁ」

「そうですよ!仲良くしてください」

「うん、チームワークが大事だよな」

「そ、そうですよ!チームワーク!」


樹が思いのほかあっさりと態度を軟化させたので華湖は驚いた。

樹も強がってはいたが、トップチームに対する憧れの思いがあった。そして、いまや自分もその一員なのだ。であれば好き嫌いを言わずチームに馴染むことを優先すべきである。華湖の『同じチームなんだから』という発言でそう思い立ったのだった。


「で、それはそれとして、前髪ちゃんはスマホ買わないの?」

「それはいいですって!」

「え~買おうよ~」


そこへ、楼瑠がやってきた。


「ウッス」楼瑠は何か、機嫌が悪そうに見えた。

「ブチョウ!チャッス!」樹は相変わらず軽い。

「部長!お疲れ様です!」そう言って頭を下げる華湖。

「二人共。聞いたか?」

「何をッスか?」

「何の話しです?」


そうか、という風に大きく息を吐いた楼瑠は続けて驚くべきことを言った。


「笑空がプロチームに入ったらしい」

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