初日だからがんばろう
ハッキリ言って出鼻をくじかれた。
入学早々、eスポーツ部に入ったのは予定していた通りだ。だが、まさか初日からこんなことになるなんて、華湖は想定もしていなかった。
eスポーツ部と一口に言っても、それは『運動部』とでも言うようなものであり、内部には様々な部門があった。銃で撃ち合うゲームのシューター部門。あるいはカードゲーム部門などなどである。華湖は最も得意とするMOBA部門に入った。 大会実績はなかったが、経験者だし、腕に自信はあったからだ。
「じゃ、適当に5人でチームを作ってくれるかな?」
それを聞いた時、華湖は立ちくらみのように膝の力が抜け、倒れそうになった。
部長の放ったそのセリフは、華湖のようなコミュ障にとってトラウマものである。これで何度、辛酸を舐めさせられたことか。
5人で1チーム。そして聞けばMOBA部門の新入部員は31名。1人余る計算だ。嫌な予感しかしない。
「じゃあ、組もうよ」、「そっちに入れてー」などという活発な声が聞こえる。どうやら最初から友達同士で一緒に入部した者達が多数いるようだった。華湖にはもちろん、友達などいなかった。同じ中学出身の子も1人いたが、話したことすらない。きっと向こうは私のことなど知らなだろうなぁ、と華湖は思っていた。自分のようにあぶれている人がいないかと見回してみた。けれども、そのような生徒はいなそうだった。
自分から声をかけることなどできるはずもなく、また声をかける者もおらず、気がつけばやっぱり、あまりの1人になってしまった、というわけだ。
「じゃあ君は、しばらく見学してもらっていい?」
部長からの問いに華湖は「はっ、ひゃい!」と返事をしたが、人と話したのが久しぶりすぎて、声が裏返ってしまう。どこからかクスクスという笑い声も聞こえた気がして、華湖は顔を赤らめ下を向いた。
『おい、倉井があまってんぞ。そっちに入れてやれよ~』
『嫌だよ!そっちに入れてやれよ!』
あのころは、そんな押し付け合いが始まることもあった。その上、その場を納めるべき先生の言うことが『倉井さん、なんでみんなと仲良くできないの?』だ。ふざけるな。こっちが断ったわけじゃないのに。なんで私が悪いってことになっているの? 華湖はそんな嫌な思い出が蘇り、怒り、悲しみ、それに憤りを感じ、意識とは別に体が震えだした。
「おい大丈夫か?倉井っつったっけ?」
華湖は部長から呼びかけられていることに気づき、ハッと我に返った。部長は「なんか震えてっけど、大丈夫?」などと気遣って顔を覗き込んでくる。華湖は目を合わせられることが極端に苦手だったので、頭が真っ白になり、パニック状態になる。こうならないため、普段から前髪を伸ばし、目を完全に隠しているのだ。可能ならサングラスでもしたいくらいだった。
「「だだダだイあああだあダイジョブです!!」」
華湖は全力疾走した後のような心臓の鼓動を感じながら、顔を横に向け、手を前にだして大雨の日の車のワイパーのように激しく振った。あまりに焦りすぎ、ある意味で大丈夫じゃない人になってしまった。
「ごめんね、どうしても1人あまっちゃうから。でも今はまだ仮のチームだからね、安心して」
こんな不審者が相手でも、部長の土田楼瑠は顔色ひとつ変えず、優しく声をかけてくれる。華湖はこんな人に初めて会った。
楼瑠は2つ年上なはずなのだが、背も小さく、顔も幼かったので、下手をすれば同学年、見る人によっては中学生と思われるかもしれない。髪はショートでかなり明るい色だ。他の学校なら完全に校則違反であろう。活発そうな見た目通り、元気もいいし、声も大きく張りがあった。華湖からはあれこそ目指すべき人物像のように見えた。
ああ、だからこそ、私の気持ちなんて分からないんだろう!貴方はそちら側の人間だもの。だから「適当にチームを作れ」なんて高難易度の指令を簡単に出せるのだ。華湖は尊敬や憧れと同時に、彼女に対して理不尽な怒りを覚えた。
「ちなみにこのゲーム、未経験って人はいるかな??」
楼瑠はそう言って見回す。ここに来るくらいだから、半数は経験者だったが、入学を機に始めてみようという未経験者も多数いるようだ。
「ふむふむ。思ったより初心者がいるみたいだね。じゃ、サラッと説明しよっか」
楼瑠は振り返ると、チョークを手に、黒板に何やら書き始めた。
「まず、ウチでやってるゲームのタイトルはBattle of Charismataという。略してBoCで、いわゆるMOBAと言われるジャンルのゲームだね。MOBAとはMultiplayer online battle arenaの頭文字で……」
カッカッと音をたて、基本的なゲームの説明を書く。華湖は当然知っていることだったが、中にはうなずきながら熱心に聞いている者もいた。
BoCは世界的な人気ゲームであり、プレイ人口は1億人を超えたともいわれるほどだ。この学校の生徒でまさか知らないなんて人がいるとは、華湖には思いもよらないことだった。eスポーツの名門校、のはずなんだけど……と、少し心配になった。
「さて、これはさすがに知ってると思うけど、このゲームもGATEのeスポーツタイトルの1つだ。GATEの説明は……いるかな?」
(やれやれ、さすがにGATEを知らないなんて人はいないでしょ?)
と、華湖は生徒達を見渡したが、なんと5人ほど手を挙げているではないか。
(嘘でしょ?そこからなの……?)
華湖は思わず大きめのため息をついた。しまったと思い、慌てて周りを見るが、幸い誰からも見られなかったようだ。
「じゃ、知ってる人もおさらいってことで、一から説明しよう」