1話 転生先の魔王が全然ハッピーじゃねえんだけど!?
「魔王さま!こちらの契約書にサインを!」
「この計画書に目を通してください!」
「私の村の水道設備改修をお願いします!」
魔王三日目。今日も忙しい一日が幕を開ける…と言いたいところだがそもそも魔王になってから一睡もしていない。てか休み10分ももらってない。秘書のガヴリル曰く魔王に睡眠は必要ないらしいけど、寝たいじゃん。二度寝の至福味わいたいじゃん、いやマジで。
前世社畜だったけどさ、それでも二時間は寝れたよ?24時間単独営業は無理だって。
それにさ、転生先が魔王で若干喜んだけど、俺、いつか倒されるの確定してるんじゃん。
社畜で例えれば、休暇なし。残業月300時間越え、当然手当なし。リストラ確定の三拍子。
マジでなんとかしてよ、神様。
◇◇◇
「お目覚めですか?魔王様。」
目の前には角と翼が生えた、謎の男がいた。キョトンとした目をする。事態が呑み込めない。
体を起こしてあたりを見渡すと、整った部屋の中にいた。社長室みたいな感じで豪華な家具も置いてある。自分が寝ていたのはふかふかなベッドだったようだ。
「初めまして、私はガヴリル。悪魔で、これから魔王様の秘書を務めさせていただきます。」
ああ、なんだ。ただの悪魔…
悪魔!?
思わず飛び上がり後ずさりする。
「そう逃げないでください。えっと、こちらをどうぞ。」
ガヴリルが大きめの鏡を目の前に掲げる。
「うわあああああぁぁぁ!何この悪魔みたいなの!?」
仰々しいほどのオーラを纏った、いかにも魔王という感じの化け物がそこにはいた。
「あなた様ですよ」
「なわけないじゃん、ほら!」
顔を触って確かめると、めちゃめちゃごつごつしていた。鏡の中の化け物も顔に手を触れ驚いた表情をしている。
驚きすぎて声も出ない。
「納得していただけましたかな?」
力を振り絞って顔を横に振る。納得できるわけないだろ!と心の中でつぶやく。
「さすがに説明なしでは納得いかないですか…それでは説明します。先代の魔王が死んで、我々は次期魔王にふさわしい人物を魔王として召喚することにしました。そして占いで選ばれた最もふさわしいものがあなた様だったというわけです。ご理解いただけましたか?」
「いや無理だよ!大体俺の身体はどうなったの!?」
「あなた様の身体は召喚にあたり不都合でしたのでトラクターに轢かれるという形で処理させていただきましたが」
「そんなのダメに決まってるだろ!持ち主の許可とかあるじゃん!」
次第に声が荒くなる。あれ?そういえば俺の声元のままだ。
「いいですか、落ち着いてよくお聞きくださいね。」
ガヴリルの顔が真剣になる。つられてこちらも真剣になる。
「お忘れかもしれませんが、あなたは『社畜』とやらで、生きることに絶望していたのですよ。日本で一番頭がいいとされる海蘭大学の経営学部に現役ではいっておきながら就職活動にことごとく失敗。たった一社内定をもらったところがいわゆるブラック企業でサービス残業の日々。生きる活力を無くしていた。
本来なら我々は魔王となるものを召喚するにはその世界に接触し、対象に生への絶望を与えなくてはなりませんが、あなた様に限りその過程が省略できました」
長ゼリフを言い終わったガヴリルは一息つき、こちらをじっと見ている。確かに言われてみれば社畜歴2年にしてあと少しで自殺する可能性はあった。だが…
「何で知ってるんだよ」
「調べましたから。」
当然かのように話すガヴリルに反応できなくなる。
「いいですか?これはチャンスなのです。社畜から魔王へ、つまり弱者から強者へ生まれ変わるチャンスをあなたは捨てるのですか?」
「…」
「もし魔王になればたくさんの人があなたに従うのですよ?」
確かに魅力的だ。だけど…
「…少し考えさせてくれ」
ガヴリルは少し考えたような表情をし、再び口を開いた。
「ならお試しでどうです?」
「それくらいなら…でも期間は?」
「5日でどうでしょう」
それくらいならいいか。
「やるよ。」
ガヴリルの顔が笑顔を取り戻した。
「ではこちらの契約書にサインを」
ガヴリルはあらかじめこうなることが分かっていたかのように手に持っていた紙とペンを渡した。
「あれ、でも待って。これが本契約の紙ってことはない?」
「その点は心配いりません。この部屋での会話はすべて録音されていますから。ほら」
ガヴリルが指を鳴らすと、部屋の端っこにあるレコードのような機械から音が鳴りだした。
「日本で一番頭がいいとされる海蘭大学の経営学部に現役で」
「ストップ!心の傷を抉ってくるな!」
「すみません、一番わかりやすいところを流したつもりだったのですが…『社畜』のほうがよかったですか?」
「もういいよ!それ以上はメンタルブレイクする!」
契約書にサインをしようとしたところで、手が止まる。
「ガヴリルさん、俺の名前って…」
「召喚者であることを隠すために記憶から消させていただきました。これからは『ゼノン』をお名乗りください。」
つくづく勝手な奴。まあ社畜人生から魔王人生に転身も悪くないかもな…
ゼノン、とサインする。
「ありがとうございます。それでは仕事の説明ですが、管理官の目を通された書類がここへ持ってこられますのですべてにサインするだけです。暇なときには外出してかまいませんよ。」
「え?それだけ?」
「はい、それだけです。何か不満があればわたくしにお申し付けください。」
「勇者との戦闘とかは?」
「停戦協定であと3か月はありません」
魔王楽勝じゃん。ニートかよ。
「それでは業務開始です。魔王らしく振舞って下さいね。」
そういってガヴリルが入り口の扉を開けると、たくさんの魔物が流れ込んできた
「ちょ、ガヴリル!約束違くない!?」
あたりを見回してもすでにガヴリルの姿はなかった。
それが魔王生活の始まりだったのである。
◇◇◇
サインをしながらゼノンはどうしたら逃げられるか考える。
部屋から出ようとしたら『エラー 契約が存在しています』となって出れない。
ガヴリルに頼もうにも、初日の夜に
「あ、ちなみに魔王様には食事、睡眠、排せつ、様々な行為が不要となっていますので。」と言い残し、ずっと姿を見せていない。
明後日まで耐えれば逃げられるかもしれない。が、そううまくいくだろうか。このガヴリルのことだからきっと、サインしていただけなければ拷問にかけるとかいうのではないか。
元社畜なだけあって単純作業には慣れているが、これが毎日となるとさすがに病む。
逃げる術は…
あ、そういえば国会議員が視察と称して海外行ってるニュース見たぞ!これだ!
俺は天才なのかもしれない。海蘭大学合格以来にそう思えた瞬間だった。