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明風 第一部  作者: 舞夢
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建礼門院の死 そして葬儀

雅が生まれて、ほぼ一年後である。

建礼門院は、明風、楓、鈴音に看取られながら、その複雑な流転の人生を終えた。

亡くなる間際に、建礼門院は明風の手を握った。

弱々しい声で明風を呼ぶ。


「明風」建礼門院

「はい」明風

「ありがとう、これで、本当に安心しました」

「明風も楓も、そして雅も抱くことができました」

「本当に約束を果たすことができました」

「もう、思い残すことは何もありません」

建礼門院は泣いている。

「いえ、まだまだ・・・」

しかし明風は建礼門院の手の力が弱いと感じる。

「いや、今度こそ、本当にお迎えが」

建礼門院は、少しだけ笑う。

「はい」

明風は、何も言うことが出来ない。

「もう一つ、頼みがあります」

建礼門院は、最後の力を絞っている。

明風は、そう感じ取った。黙って頷いた。

「弔いの儀を明風に」

建礼門院は、少し力を強めた。

「他には考えられないのです」

建礼門院は最後の力を絞って明風を見た。

「はい、心を込めて」

明風は応えた。涙が止まらなかった。

鈴音、楓も建礼門院の身体に手を置き、泣き出している。

「ありがとう・・・」

建礼門院は、笑った。

そして、そのまま手の力が無くなった。



明風が、建礼門院の弔いの儀を、取り仕切る当日となった。

明運、法然、親鸞、栄西、慈円等、世をときめく高僧たちが既に寂光院に集まっている。


「まあ、これだけの方と一緒になることができるとは」

叡山座主慈円は、目の前で談笑する法然、親鸞、栄西、明運を見て、どうにも気後れをしてしまう。

「ああ、それだからいかん」

明運は、どうにも気後れがしている慈円を呼び寄せる。

「歌詠み殿」

法然も慈円を呼ぶ。

「はい・・・」

明運と法然に呼ばれては、「すぐに」馳せ参じなくてはいけない。

それは叡山の時から同じである。

それにしても、座主に「歌詠み殿」とは、引っかかるものがある。


「ああ、歌詠み殿とな」

法然は慈円の「引っかかり」などは、何も考えていない。

「何でしょうか」慈円

明運、親鸞、栄西も法然の次の言葉に注目する。

「ここで、法華について問答でもどうかな」

法然は目を見開いた。


「いや・・・滅相もない」

再び、慈円は後ずさりである。

「まあ、それでよく座主が務まる」

栄西は笑うが、指摘は厳しい。

「まあ、この法然殿と問答をやって勝てるものなどいない」

やっと明運が助け舟を出す。

「確かに、誰もかなわん」

栄西も同調する。

「ところで、今日の弔いは」

親鸞が明運の顔を見た。

「ああ、まだ難しい経文は読ませない、般若と阿弥陀経だけに」

明運は簡単に応えた。

「それで、明風を前に、法然殿、親鸞殿、明運殿、慈円殿、そして、この栄西が並ぶ」

栄西は全員の顔を見た。


「それがよかろう、建礼門院様もそれを望んでおられる」

「明風でなければ、これだけの人は集まらん、本当に人を引き寄せる力を持つ」

「対立しようが、関係が無い、阿弥陀様のようだ・・・」法然は空を見あげた。


葬儀は、打ち合わせ通り、明風を前に法然、親鸞、明運、慈円、栄西が並んだ。

後鳥羽院の隣に鈴音、お妙、雅を抱いた楓が座り、その後ろに高位の殿上人が座った。

寂光院の外では、八瀬の邑の男たち、叡山の僧兵たちが厳重に警護する。

明風の読経が始まった。

京の都、いやこの国の中でも、最高位に属する高僧たちの前に、明風が座っている。

高僧それぞれお付きの寺門僧は、因果を師から含められていたのか、何も言わなかった。

しかし、公家たちの中では「誰が導師を勤めるのか」が話題となった。

つまり居並ぶ高僧の中で「誰が一番偉いのか」「誰に力があるのか」に注目するのである。

居並ぶ高僧と建礼門院との関係や朝廷、鎌倉方との関係を考慮し様々な憶測が飛び交う。

そして、葬儀後に、どうやって「導師を勤めた一番の高僧」に取り入るのか、取り入る算段を考えていたのである。

しかし、導師を勤めたのは、全ての公家の「憶測」とは無関係の明風であった。


ざわめく高位の公家たちを見て後鳥羽院は嘆く。

「この国母の葬礼にあたり、まず行うべきことは、国母の流転の悲哀を痛み、せめてもの浄土への安らかな旅立ちを願うべきではないのか」

「この争乱の世でなければ、このような葬礼もなかった」

「その責任の一端は、お前たちにもあるのだ、本当に、自らの安寧しか考えぬ」

「そういう輩に取り囲まれ、何ら力を示せないこの後鳥羽も・・・」

後鳥羽院は自らについても嘆いている。


嵐盛と茜が並んで座っている。それぞれが建礼門院とは不思議な縁で結ばれていた。

嵐盛は平徳子の時から、明運とともに清盛の屋敷を訪れ屋敷や庭の造作を手掛けた。

それ以来、陰で徳子を支えて来た。

後白河院の密命で、徳子の弟を叡山にかくまったのも実は嵐盛なのである。

明運には内緒で何度も建礼門院と後鳥羽院の間を行き来した。

後鳥羽院の意向もあり、建礼門院も納得していた。

「どうしても本当のことがわかると明運は遠慮が出る」

それは三人とも同じ意見だった。

茜はその抜群の身体能力と鋭敏な感性によって、建礼門院に子供の頃から可愛がられた。

寂光院で、特に踊りなどの催しごとがあると、必ず嵐盛を通じて寂光院に呼ばれた。

催しごとが終わると、建礼門院の庵に呼ばれ、お菓子をいただくのが常であった。


「ねえ」

茜の例によって、声を出さない言葉である。

「ああ、何だ、この読経中に」

嵐盛も声を出さずに応える。

「また、明風、光出したよ」茜

「うん、今日は格別に強い光だ」

嵐盛もその光を認めた。

「何か起きるのかな」茜

「いや、わからん」嵐盛

「阿弥陀経に変わった」茜

「うん、また光が強くなった・・・」嵐盛

既に嵐盛と茜の前は光しか見えない。


阿弥陀の唱和は、ますます大きくなる。

嵐盛も茜も感じるのは光の眩しさと阿弥陀を唱和する声だけになった。

既に目を開けられないほどの眩しさである。

そして全員が乳白色の光る雲に包まれてしまう。

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