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明風 第一部  作者: 舞夢
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誕生と秘話

三月、ついに楓との子が誕生した。

愛らしい女の子である。その愛らしさゆえ、雅と名付けた。

「楓、明風、本当にありがとう」

建礼門院は雅を本当にうれしそうに抱いている。

「なんと、可愛らしい」

涙を流して頬ずりまでする。

「これで、また生きる楽しみが出来ました」建礼門院は明風と楓に頭を下げる。

「まだまだ、この子の成長を見守っていただきたく」

鈴音は建礼門院の身体を支える。

「当分は、ここで育てます」

明風は建礼門院のことをまず考えた。

後鳥羽院も何回かお忍びで雅を見に来ている。

いつかは水無瀬で暮らすよう催促される。

鈴音を含め、明風と楓、雅まで水無瀬へとのことである。

「いえ、それは、もう少し・・・」

明風は、その誘いを断った。

建礼門院の身体は、少しずつ弱ってきている。

雅を抱いている時は、顔も輝いている。

しかし、身体の張りが少しずつなくなってきている。

雅を連れて、建礼門院の庵から帰る時は、本当に寂しそうな顔をする。


「そうか・・・」

後鳥羽院も事情を察した。

「まだまだ、京の街は危ういことも多い、危ういことに逢わせたくもないな」

「あんな愛らしい子は大切に育てねば、それよりも、今は建礼門院様をお慰めしよう」

「せめて、これぐらいは・・・」

後鳥羽院は明風を明運の寺に預けた日を思い出した。


あの時は、是非もなかった。本当は自らの屋敷で鈴音と一緒に育てたかった。

しかし、何をしでかしてくるかわからない北条方。

それに便乗して争乱を拡大する街衆、公家や検非違使でさえ争乱に加わっているらしい。

建礼門院も体調がすぐれない。後鳥羽院の目からしても、それほど長い余生ではない。

「あれほどの悲哀、流転を味わいなされた建礼門院様、せめて最後は、お幸せに」

後鳥羽院にも、その責任の一端はある。

それだから、なおのこと、最後は誠意をつくしたいと考えた。


楓を寂光院に預けた日のことも、思い出した。

楓は建礼門院の弟の子である。

建礼門院の弟は、源平の争乱時に平家全員が西国に逃げる中、一人だけ比叡山に隠されていた。

建礼門院徳子の兄、重盛が亡くなる直前に後白河院と相談の上での策である。

源平争乱に決着がついた後、後鳥羽院は弟を叡山から呼び寄せ、摂関家の流れということにして、還俗させた。平の姓は、巧妙に隠した。

屋敷は、後鳥羽院の数ある屋敷をあてがった。

官位は、関白兼実に因果を含め、少しずつ高位のものとした。

後鳥羽院は、嵐盛に頼み、八瀬の邑から若い女を呼んだ。

後鳥羽院としては清盛の血を絶やしたくはなかった。

鎌倉は、今、実朝が将軍であるが、しかし、鎌倉初代の頼朝、二代頼家を簡単に殺してしまった北条が実権を握る。実朝とて、いつまでの「命」なのかあてにはできない。


「どうしても、武家の対抗勢力が必要だ」

後鳥羽院は二つの拮抗する武家を操り、世情の安定をはかろうと考えた。

そのため、たまたま叡山に残されていた清盛の子、建礼門院の弟を還俗させ平家の血脈をつなげる必要に迫られた。

八瀬から呼び寄せた若い女は、お妙である。そして、「子」はすぐにできた。

期待した男子ではなかったが、それでも「血脈」はつながったのである。

これで、北条方に対抗する力の芽ができた。後鳥羽院の目論見は一つ成就したのである。

しかし、本当に何があるのかわからない。付け火か争乱なのか、判定はできない。

あるいは、どこかで後鳥羽院の目論見が、露見してしまったのかもしれない。

武器を持ち、徒党を組んだ群衆が、所構わず京の街を荒らしまわった。

燃え盛る火は、「血脈」の住む屋敷にも広がった。

「血脈」の屋敷にも群衆はなだれ込んできた。

「血脈の屋敷」と言っても、元々は後鳥羽院の屋敷である。

そこまで簡単になだれ込んでくるとは、後鳥羽院も考えていなかった。

楓の父も必死に群衆と戦ったが、多勢に無勢であった。奮戦むなしく、凶刃に斃れた。

お妙は、たまたま屋敷の近くにいた嵐盛により救い出され、八瀬に戻った。

楓は後鳥羽院とともに駆けつけた白拍子の集団により救い出した。

そして後鳥羽院は白拍子に建礼門院宛の書状を添え、楓を寂光院に運ばせたのである。

明風が明運の寺門に置かれる二か月前の争乱であった。


「まずは息災でな」

後鳥羽院は、もう一度雅を抱き、笑顔で京へ戻っていった。

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