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明風 第一部  作者: 舞夢
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建礼門院と鈴音

嵐盛と明運が心配したような鈴音の変化はなかった。

鈴音に、「後鳥羽院」と「我が子」を「探し求める」ような動きはなかった。

建礼門院も、その話を持ち掛けることをしなかった。

建礼門院としては、かいがいしくつかえてくれる鈴音に、余計な衝撃を与えたくない。

それでも、少しずつ鈴音の記憶は戻った。

娘時代に熊野の森で遊んだ話、祖母が熊野比丘尼の血脈を引いていて、何でも見通された話。

その祖母から、将来この上ないお方に巡り合い玉のような子を産むだろうと言われた話。

様々な話をするが、話がそこまで行くと、必ず頭が痛そうな顔をするので、建礼門院はすぐに話題を変えた。


巫女神楽の話は、さすがに詳しく語った。

巫女神楽の由来から、装束、踊り方、巫女たちの内輪話。

和歌の話にも詳しかった。

巫女神楽を卒業してから、一時、京都で式子内親王に仕えていたらしい。それも春日社の縁と言っていた。

式子内親王の屋敷には、様々な歌人が訪れた。

当代きっての和歌の大物、藤原俊成や、その子の定家やその他様々である。

式子内親王は、俊成は尊敬していたものの、定家は嫌だったらしい。

どうにも、癖が強く、面会していても、気持が晴れない。

相手の定家のしつこさもあったらしい。

鴨長明については、面白がっていた。

多少、ひねくれ者であるが、書く文が面白いとか。

式子内親王自体は、和歌中心のため、文は書かない。

「長明は率直で華美ではない、それでいて、どこかしら品がある」

「後世に残る名文を書く一人」

「定家の歌はきれいだけど、人は嫌」

鈴音は、そんな式子内親王の話を楽しそうにする。

建礼門院とて、式子内親王は後白河院の娘と言う以上に、歌の道では憧れの人である。

「いや、知りませんでした」

建礼門院は、鈴音と話をするたびに、心の中の澱のようなたまっていたものが、少しずつ流されていくのを感じる。

特に春日社の巫女神楽の話や、憧れの式子内親王の話など、もともと武家の清盛の娘として育った建礼門院にとっては、別世界の話である。

その別世界の話を聞いている間だけでも、自らの哀しい過去を忘れられる。

それ故に、心の中の澱も流されるのであるが、建礼門院はそれ以上に、鈴音という人間そのものに魅力を感じる。

何しろ、一緒にいて安心感がある。

建礼門院が過去のことで暗い気持ちになっていると、必ず顔を出す。

呼んでもいないのに、顔を出すのである。

必ず、茶菓子と、丁寧にいれたお茶を持ってくる。

そして、様々な楽しい話をしてくれる。

まだ幼い楓の世話は穏やかながら、「しつけ」は上手である。

昼間は、たいてい楓を連れて会いにくる。

楓自身は、建礼門院の姪である。

騒乱に巻き込まれ、命を落とした弟、そして行方がしれない楓の母。

いろんな思いで楓を不憫に思う。

楓が、ニコニコと無邪気に笑うたびに、心が締め付けられる思いがする。


「それもこれも、争乱を招いた責任は、わが身にもある」

平家一族の破滅や我が子を亡くしたことは、哀しい限りである。

しかし、世間全体を考えれば、親兄弟が相争い、命を落とす、命まで落とさなくても

様々な障害を負った者は数えきれない。

こうやって寂光院で暮らせる身は、まだましだ。

食べ物も飲み物もなく、着るものや住む家もない、親兄弟もなく、そのまま行き倒れて死ぬものが多い、そして、それは、老若男女を問わない。

特に幼子は死んだ母の乳を吸いながら死に、野犬に食われている場合もあるとか・・・

建礼門院の心には「その責任の一端」という責めの言葉が飛び回っているのである。

建礼門院にとって、悔やみと鈴音による癒しが併存する生活が続いた。

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