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明風 第一部  作者: 舞夢
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後鳥羽院の想い 建礼門院と鈴音

耳に後鳥羽院の鼓動の音が聞こえてくる。

何かブツブツつぶやいている。


「源氏ではない、今度はあの北条という下賤な輩だ・・・」

「遠巻きに火をつけ、争乱を引き起こす、悪魔の所業だ」

「たまたま伊豆にいた頼朝に加勢し・・・戦乱に便乗して、力をつけた」

「あろうことか、京の都を争乱の地に、憎んでも憎み切れぬ」

「何もわからぬ田舎侍め・・・」

「それでも、この子だけは救わねば」

「今、この場で託せるのは、明運しかおらん」

「しかし、直接は顔を見せることはできない」

「そのまま、門前だ、明運ならすぐにわかる」

「明運の知力、人力、武力、八瀬の嵐盛も含めてこの子を護る」

「この子を護るには、京では無理だ」

「帝の子であっても、いつまで生きられるのかはわからない」

「皇子を狙って騒乱を引き起こす、誰かに毒を盛らせる、そんなことが多すぎる」

「頼朝でさえ毒を盛り落馬させ、頼家を追い込み殺した連中だ」

「この子にだって、何をするのかわからん、下賤、蛮族の振る舞いだ」


後鳥羽院は明運の寺の前についた。

そっと明風を門の前に置いた。

しゃがみこみ、明風の頭をなでた。

そして、馬に飛び乗った。

後ろから明運が門を開ける音が聞こえた。

「明運でよかった・・・」

少しそれで落ち着いた。


その足で嵐盛の屋敷に立ち寄った。

嵐盛は驚いた顔で出迎える。

小声で嵐盛に何か言づけ、書状を渡した。

「明運には全てを明かさぬ、その旨対処せよ」

その言葉だけが聞き取れた。

嵐盛が頷くと、すぐに立ち去った。

後鳥羽院が去った後、明運の寺から明信が現れた。

明運からの書状を携えている。

「乳の出る女が欲しい、後鳥羽院様の紋の産着に包まれた男の子のため」

書状は要約すればそれだけである。

嵐盛は、すぐにお妙を呼び、茜とともに、八瀬の男たちに警護させ明運の寺に向かう旨、指図をする。

一団は、瞬く間に集まり、出発していく。

少しして、白拍子の長により、嵐盛の屋敷に鈴音が運び込まれた。

鈴音は応急の手当てをされ、白拍子の車で寂光院に向かった。

白拍子の長は後鳥羽院からの書状を、寺男に渡した。

とりなしも早かった。


建礼門院は、本当に驚いた表情をしている。

突然白拍子の長が後鳥羽院の書状を携え、傷ついた若い女を連れ門前にいると言う。

長年、沈着冷静を持って安心して使ってきた寺男の表情も動揺している。

源平の争乱は建礼門院にとって、源氏に追いつめられ、わが子であり天皇である安徳を失い、その他数多くの大切な縁者をなくした痛切極まりないことである。

そして、その相手方は源氏であるが、その上には後鳥羽院がいる。

しかし、建礼門院は後鳥羽院に対しては、何ら思うところはない。

たとえ、相手方の長であっても、当時は五歳ぐらい、わが子とほとんど変わらない。

そんな子供で、担ぎ上げられただけの後鳥羽院を憎む理由もないのである。

それに後鳥羽院の行状は、嵐盛や白拍子などから様々伝わって来る。

「遊び好きで、様々な遊戯にのめりこむ」「そんな野放図なようで、しっかりしている」

そんな後鳥羽院に、建礼門院も興味があったのである。


その後鳥羽院からの書状には鈴音の身分は秘せられていた。

ただ、鈴音という名前と大切に保護していただきたい旨だけである。

建礼門院は外に出た。

寒いからと言って押しとどめる寺男は無視した。

何よりも、その若い女を自分の目で見たかった。

「これは・・・」

若い女が頭に包帯を巻き、座り込んでいる。

建礼門院は、若い女に近寄った。

座り込んで、震えている。建礼門院は涙が出た。

「この人も、争乱の犠牲者・・・、こんなことになったのも」

「あさましい利欲の果て・・・わが平家にも、その責めの一端がある」

建礼門院は寺男に、すぐに庵に運ぶよう指示した。


鈴音は庵で寝込んだままである。

食もかなり細く、名前を聞いても答えることができない。

後鳥羽院や御所について、問いかけてみるが、何も答えない。

「おそらく・・・」

数日して嵐盛が訪ねて来た。

「御所での火災で、火のついた柱を頭に・・・それゆえ、記憶というものが・・・」

つまり、火のついた柱が頭にぶつかり、記憶が喪失したとの見立てである。

「後鳥羽様からでありましたが・・・」

嵐盛は慎重に建礼門院の顔を見る。

嵐盛は、建礼門院の後鳥羽院に対する敵愾心は消えていないはずと考えていた。

それ故、言葉も話し方も、慎重であらねばならないと思う。


「嵐盛殿」

建礼門院は首を横に振る。

「お気になされるな」

建礼門院の表情は柔らかい。

「この建礼門院は、すでに出家の身、浮世からは離れております」

「全て、あの、争乱の世、人の心も荒み、数限りない悪辣なことを繰り返し・・・」

「わが平家もどれほど、憎まれるようなことをしてきたのか・・・」

「その報いを受けねば・・・その報いも仏恩なのだと・・・」

「後鳥羽様ご自身に非があるわけではありません」

建礼門院は、柔らかな顔である。


「そんなことよりも・・・」

建礼門院は続けた。

「何しろ、何も思い出せないようなので」建礼門院

「かなりな傷であったので、八瀬でも必死に手当をしたのですが」嵐盛

「しかし、こうして生きているのも仏恩なのでしょう」建礼門院

「はい」

嵐盛は建礼門院の柔らかな話し方にほっとした。

建礼門院が清盛の屋敷にいた時からの付き合いである。

その頃は、徳子である。

溌剌とした美貌には、僧侶である明運でさえ、目を見張っていた。

入内してからは、なかなか直接に話をすることはできなかった。

今、こうして近くで話ができるのも不思議な縁だと思う。


「この鈴音の手に」建礼門院

「はい」嵐盛

「ずっと春日様のお守りがありました」

「それから、この幼子は楓という名でありました」

健礼門院の隣に幼い一歳ぐらいの女の子がいる。

建礼門院は優しく楓を見る。


「この楓も二か月前の争乱の時に、後鳥羽様にお助けいただいて、ここに・・・」

「後鳥羽様からの書状には楓という名前と、わが弟の子と書いてありました」

「本当にありがたく、後鳥羽様には是非ともお礼をしなければ」

嵐盛は、やっと安心した。

建礼門院は、後鳥羽院を憎んではいない。

そのことが確信できただけでも、収穫である。

「ありがとうございます」

嵐盛は、深く頭を下げた。

「それから・・・」

嵐盛は、建礼門院の近くに寄った。

「後鳥羽様の紋をつけた産着に包まれた男の赤子を、明運が鈴音の届けられた同じ日にあずかりました」

建礼門院の顔を慎重に見る。

「あら・・・」

建礼門院の表情が突然明るくなった。

「見てみたい」

建礼門院は笑顔を見せた。

嵐盛は驚いた。建礼門院の笑顔は久しぶりである。


「そして、やがては、この楓と結ばれるのが一番」

「楓との子を抱きたい、それまで、大切に・・・」

建礼門院は、何故か信じられないようなことを言った。

そして、嵐盛に手を合わせた。

嵐盛は身体全体が震えてしまった。

何より国母に手を合わせられたのである。


「結ばれる、結ばれないはともかく・・・これは、うかつなことはできない」

嵐盛は、心に建礼門院の願いを刻み込んだ。

「まだ、争乱の世です、落ち着きましたら、必ずお見せにあがります」

嵐盛は、顔を真っ赤にしながら、建礼門院に応えた。

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