騒乱の夜
雪混じりの強い風が吹いている。
木々を揺らす音も、かなり強く恐ろしい。
しかし、寒さは感じない。柔らかく、暖かいものに包まれている。
身体は時折、揺れる。誰かに抱かれている感覚がある。
見上げてみる。
「あれ・・・」
声は出ない。
「鈴音・・・さん・・・」
顔はかなり若いが、鈴音である。
「でも・・・」
自分を抱いている鈴音は、怯えた顔をしている。
遠くから人々の騒ぎ声が聞こえて来た。
騒ぎ声に混じって、金属音が聞こえる。
「キンッ」「カンッ」刀がぶつかり合う音なのか・・・
悲鳴も聞こえてくる。
「ギャァッ」「グヮッ」男たちの声である。
「キャァーーー」
女の叫び声も聞こえてくる。
「逃げろ!」「早く!」「火が迫っている!」「焼け死ぬぞ!」
泣き叫ぶ声が近くなってきた。
パチパチ、バリバリといった音、おそらく近くの屋敷が燃える音なのか、その音もだんだん大きくなる。
近くで人が歩き回っている。ドンドンと音を立てている。
「早く!」「荷物など無理!」「ああ、柱が・・・」ドスンと大きな音がした。
抱いている鈴音もよろけたのだろうか、身体が大きく揺れる。
パチパチ、ゴウゴウ・・・おそらく火事でここの屋敷が燃える音が聞こえて来た。
本当に近く大きな音だ。
「鈴音!」「逃げるぞ!」
若い男の声がした。
「子をこちらへ」
身体が若い男の身体に移った。
「お前も一緒だ」
若い男は鈴音の手を握り、走り出した。
ますます柱の倒れる音が大きくなる。あちこちで倒れているらしい。
屋敷の燃える匂い、熱がだんだん迫って来る。
広い屋敷なのだろうか。なかなか外にたどり着けない。
若い男に抱かれて進むが、進む先々で燃えた柱が倒れてくる。
そのたびに、進む先を変えているようだ。
「きゃあっ!」
後ろから鈴音の叫び声が聞こえた。
「鈴音!」「大丈夫か!」
若い男が叫んでいる。
鈴音の頭の上に焼けた柱がある。
「今、助けるぞ」
若い男は焼けた柱をどけて、鈴音を背負った。
自分は若い男の胸の前に紐で縛りつけられた。
再び、若い男は走り出した。
燃え落ちる柱を必死でかわし、何とか屋敷の前に出た。
馬が屋敷の外に見えた。
馬の脇に白拍子の集団と、その車が見える。
「後鳥羽様・・・ご無事で・・・」
白拍子の長が駆け寄ってきた。
「いや、是非はない、救い出さねば」
若い男の声は、後鳥羽院の声とわかった。
「後鳥羽様・・・」
白拍子の長が緊張した声になった。
「う・・・どうした?」後鳥羽院
「鈴音様、頭から血を」白拍子の長
「何?」
後鳥羽院は鈴音を背からゆっくりとおろした。
鈴音は、すでにぐったりとしている。
「急げ!」「あまり動かさずに」
後鳥羽院は白拍子の長に指示をした。
「はい、どちらへ・・・」白拍子の長
「鈴音はまずは八瀬の嵐盛、そして寂光院だ」後鳥羽院
「え?」
白拍子の長が目を見開いた。
「いや、考えている間はない、急げ!」
「それからこの子は、明運のところ、この後鳥羽が運ぶ」
後鳥羽院は自分を抱えたまま馬に飛び乗り、駆け出した。
白拍子の長が、頭から血を流す鈴音を車に乗せた。
鈴音は気が遠くなるような痛みの中、後鳥羽院の言葉を必死に聞き取っていた。




