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明風 第一部  作者: 舞夢
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明風の戸惑い

「本当のお母さんって・・・」

明風は安徳が最後に語った言葉が頭から離れない。

明風は、明運の寺で育ち、父も母もいなかった。

実の父や母について、知りたいと思ったことは数えきれない。

しかし、師匠明運の言葉が重かった。

「お前は寒い冬の夜中に寺の門前に置かれていた赤子だ」

「置かれていた」では、まだ「まし」な言い方であり、本当は「捨て子」ではないのか。

明風自身は、自分が「捨て子」であるとの意識で育った。

実の父や母に捨てられたということが幼い頃から、どれほど明風の心を傷つけてきたか。

それも、寒い夜の夜中である。明運が気づかなければ、命はなかった。

そんな恐ろしいことをする実の父と母にとって、自分は、生きていなくてもよかったのではないか。

明運や明信、お妙や茜に、どれほど優しい言葉をかけられても、その負い目、寂しさをぬぐえることはなかった。

明風が、明運の寺にいる全ての人、大原の里の人々、建礼門院のいる寂光院、そして京の街衆に笑顔を見せていたのは、寂しさの裏返しである。

少なくとも自分が笑顔でいれば、たいていの人は笑顔で接してくれる。

相手からの笑顔で、自らの寂しさが幾分かはやわらぐのである。

ただ、ほんの少しやわらぐだけであって、心の奥底の寂しさは消えない。

実父という後鳥羽院に逢った時も、寂しさは変わらなかった。

どれほどの事情があろうとも、我が子を冬の寒い夜に寺の門前に放置した親である。

しかし、憎むことは難しい。僧侶として育った以上、人を憎むことはためらいがある。

それでも決して許すことはできない、それが、実父、後鳥羽院なのである。

安徳が別れ際に言った言葉の「本当の母親」については、知りたいと思う。

生きているのか、死んでいるのかはわからないが、不思議なことに安徳は建礼門院に、そのことを託した。

ということは、建礼門院は明風の「本当の母」について、何かを知っていると思う。


「実の母」については、水無瀬で後鳥羽院にも尋ねた。

後鳥羽院の驚いた顔を思い出す。不思議なことを言った。

「人の心を読む力や未来や過去を見通すような不可思議な力を持つ者は、案外自分の身近なことはわからない」明風はその不思議な言葉の意味が理解できない。

後鳥羽院は、母親について、それ以上話すことはなかった。

そもそも、後鳥羽院の答えは、母親についての答えになっていない。


「案外自分の身近なことは、わからない」

その言葉の前段の「不可思議な力を持つ者」については、どうでもよかった。

「自分の身近なことがわからない」とは、何なのか、さっぱり理解できない。

そして、地蔵菩薩が語った言葉も気になる。

「阿弥陀様からの御沙汰」である。「秘せられてきた」も、わからない。

秘すべき理由は何なのか、謎は深まるばかりである。

「建礼門院様」明風は建礼門院を見た。

安徳が、「本当の母親」について託した以上、何か、きっとわかることがある。


建礼門院は頷き、「一度、戻ります」と小声でつぶやいた。

そして明風と楓に向かって手を差し伸べた。

明風と楓は、建礼門院の手を握る。

三人で輪のような形になった。

建礼門院が阿弥陀仏を唱えた。明風と楓も唱和する。

すると、祭壇の両脇の灯台の光が強まった。

唱和が重なるにつれ、まばゆい光となる。

三人とも、既に目を開けていられない。

阿弥陀仏の唱えと、光が最高潮に達した。

建礼門院と明風、楓の三人が光の中に吸い込まれていく。

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