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明風 第一部  作者: 舞夢
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建礼門院の危険

既に八月となり、夏の暑さが厳しい。

夜半に突然、嵐盛が現れ明風の前に額づいた。

「皇子様」

明風にとって嵐盛から初めて呼ばれる「皇子様」という表現である。

しかし、後鳥羽院が父である以上、その表現を拒むわけにはいかない。

違和感を覚えながら、嵐盛の次の言葉を待った。


「今すぐに、建礼門院様のもとへ」

嵐盛は顔をあげた。

嵐盛の表情は極めて厳しい。

「何かあったのですか」

明風は強い胸騒ぎを感じた。

嵐盛の表情が厳しい、仮に源氏方の襲撃とすると、八瀬の男たちや師匠明運でも抑えられないような、かなり危険な状態である。

それとも、建礼門院様のご体調なのか。

明風が最後に会った時から四か月以上たつ。

別れの挨拶をした時は、それほど体調の悪さを感じなかった。

これほど急に体調が悪くなるとは考えられない。


「いや、考えられている時間はありません、とにかく急いで馬に」

「既に楓は出立いたしました。内裏の後鳥羽院様には、八瀬の男が書状を届けました」

嵐盛は立ち上がり、強い目で明風を見る。

屋敷を出ると、すでに八瀬の男たちが十余人ほど馬に乗り控えている。


「考えている暇はありません」

嵐盛の再びの言葉で明風は馬に飛び乗った。

ここで、「元北面の武士」による馬乗りの稽古が役に立った。

ものすごい速度で走り続ける嵐盛の後を、なんとかついていける。

八瀬の男たちも、必死な形相で警護をしている。

検非違使や六波羅の武士を見かけるが、何も手出しをされない。

明風は不思議に思うが、今は嵐盛の後をついていく以外にはない。


「ははっ、心配は無用、この嵐盛に手出しできる我が朝の男は、おりません」

突然、耳の中に嵐盛の言葉が響いた。

「え?」

明風は驚くが、嵐盛は前を向いて走っているだけである。

「まあ、明運とて、嵐盛から言わせれば、修行が甘い」

「どうにも恰好をつけすぎる、嵐盛は明運に武芸で負けたことはありませんな」

笑い声さえ聞こえてくる。

「あれっ・・・」

笑い声に聞き覚えがある。

「元北面の武士」の声にそっくりなのである。


「ああ、さすがですな」

「この声が聞こえるのは、さすが皇子、しかし、明運の修行は、やはり大甘だ」

「明信と同じ、見分けがまだまだ甘い」

嵐盛の声が飛び込んできた。

「いったい、どうなっているんですか」

試しに声を出さずに話してみた。

「ああ、変装していただけ、ちなみに、歴史や律法も同じ」

そう言って嵐盛はケラケラと笑う。


「とてもかなわない、嵐盛様は、どこまで凄いのか」

明風は走りながら舌を巻く。

「皇子様、今は一刻を争います、急ぎましょう」

嵐盛と明風は、更に速度を上げ、寂光院へ向かっていく。

嵐盛と明風の馬は明運の寺を通り過ぎるが、二人とも見向きもしない。

あまりの速さで進む道以外は、眼に入らないのである。


「純真極まりないが・・・」

盛は馬を走らせながら、明風の変化に気が付いた。

「あの光と熱か・・・」

明風は嵐盛の後ろを走っているが、背中に光と熱を感じる。

一瞬振り向くと明風の身体が光っている。

「明運や栄西が言っていた光だ」

清冽で清浄そして温かみのある光である。

「とてつもない力を秘めている」

明運が語っていた。

その光と熱を背中に感じている。

それが、今の状態の建礼門院様にどのように作用するのか、不安であり、興味もある。


嵐盛と明風は朧の清水を過ぎ、寂光院が見えてきた。

「皇子様」

石段の前で、嵐盛は馬を飛び下りた。

一刻の猶予もなく、明風に急がせる必要があった。

「はい!」

明風も馬を飛び下りた。

そして、その勢いで、石段を駆け上がっていく。嵐盛でさえ追いつかない速さである。

明風は山門を過ぎ、わき目もふらず、建礼門院の庵へ走る。

嵐盛はこの時点で、かなり明風から遅れをとっている。


「水無瀬の稽古では、こんな速さはなかった」

「いずれにしても、この嵐盛が追いつかない速度というのは、初めてだ」

嵐盛は舌を巻いた。

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