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明風 第一部  作者: 舞夢
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諸芸の訓練

明風の水無瀬離宮での生活が始まり、明運と栄西はそれぞれの寺に戻った。

明風は、僧衣も脱ぎ、公家の服となった。

水無瀬離宮の広大な庭で蹴鞠や弓、刀、槍、相撲、馬の特訓を毎日行うことになった。

藤原定家についての和歌、その他、文章博士を招いての様々な歴史や記紀の講義、律法についての講義も受ける。

髪の毛も伸ばし始めた。明風にとって、全く別の世界に入り込んでしまった。

蹴鞠や弓、刀槍の稽古は楽しかった。

明運の寺でも、時折、刀槍の稽古は行った。

しかし、寺で行う稽古はあくまでも、仏道修行の合間の気分転換のためであった。

刀の太刀筋にしろ、槍先の動きにしろ、明風には、全て見えていた。

明信や他の僧侶の攻撃は簡単に見切ることが出来た。

師匠明運の攻撃は、多少鋭く早いとは思うが、かわすことは苦労がなかった。

明風からの攻撃はしなかった。どうしても、相手に怪我をさせたくなかったのである。

一度だけ、明信に刀で「突き」を入れた時があった。

すんでのところで、刀の先をずらしたが、その時の明信の怖れの表情が今でも、後悔の念となって残っている。

それから、明信や明運にどれほど「攻めて見ろ」と言われても、攻めることはなかった。

刀槍の稽古をしていても、楽しいと思うことはなかった。


しかし、水無瀬の庭での稽古は楽しい。

水無瀬での師匠は、かつての「北面の武士」とだけ語った。

どこか見覚えのある目をしているが、明風とは初対面と言い張る。

特に明運と違うところは、刀にしろ槍にしろ、「動きが柔らかい」のである。

舞のように刀や槍を操り、足のさばきも優雅である。

それでいて、守りにしろ、攻めにしろ、要点は的確である。

何回もかわしきれず、肩や腹を打たれてしまった。

かつての「北面の武士」は、蹴鞠や相撲も教授する。

蹴鞠は明風にとっては、初めてのものであった。

最初は、自分でも恥ずかしいほど、毬を地に落としてしまった。

足先の細かな柔らかな動きも難しかった。

それだけでも難しいのに、上半身も自在に操らなければならない。

身体全体の柔らかさ、俊敏さ、相手の動きを読む力も必要だ。

その意味で、刀槍の動きにつながるものがある。

相撲も初めてのものである。

組合い、押し合い、突きや蹴り、投げもある。

身体全体の関節を極められることもあった。

「なかなか、すぐに上達は難しいが、これも鍛錬と心得なされ」

かつての「北面の武士」は、稽古が終わり肩で息をする明風に、笑顔で語り掛ける。

明風自身は、納得していた。どうやっても、師匠にはかなわないのである。

かなわない相手に反発をすることは難しい。素直に鍛錬が必要だと思った。


「仏道以外にも、学ぶ道はいくらでもある」

坊主頭から、髪の毛が少しずつ伸び始めている。

それに比例して、明風の心は、広がっている。

藤原定家についての和歌の修行は苦手だった。

何しろ、定家は皮肉が多い。

そして、少しでも変な詠み方や、解釈を間違えると不機嫌になる。

そもそも、明風は和歌については、全く教育を受けてこなかった。

その明風に、いきなり技巧の極地を教えようにも無理がある。

万葉集、古今集の秀歌をもとにした講義であるが、それぞれの歌が詠まれた背景や歴史を知らないと、理解が不十分なものになる。

「花が美しい、鳥が空を飛ぶ、風が吹く、月に風情がある、そんなことは誰でも詠める」

「誰でも詠めることを詠んでも、くだらない」「幽玄の世界を描き出さなければならん」

そもそも、素養に欠けた明風にとっては、難解極まる講義が続いた。

文章博士についての、律法や歴史、諸国の情勢についての講義は好きだった。

素直に学べば、そのまま知識が身に付いた。

特に定家の和歌の講義の後は、より一層楽しい講義となった。


明風が水無瀬の離宮で暮らし始めて三か月になり、髪もかなり長くなってきた。

それぞれの風雅の修行は、成果を上げた。

明風にとって仏道以外の「別の世界」は、とにかく新鮮だった。

嫌いな定家の教える和歌でさえ、少しずつであるが意味も理解し始めている。

しかし、屋敷を空けることが多いとはいえ実父後鳥羽院、実姉粛子内親王、そして楓が一緒に住んでいることが楽しかった。とにかく安心して毎日が過ごせる。

母に対する問いかけを行った時に、父である後鳥羽院から言われた「やはりそうか」の謎の言葉は気になっていたが、院の表情は暗くなかった。

「そうすると、母はひどいことにはなっていないだろう、となれば、やがては逢える」

「父や姉でさえ、十数年逢えなかった」

明風は、「いつかは逢える」そんな希望のもと、穏やかな暮らしを送っていた。

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