表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明風 第一部  作者: 舞夢
57/81

後鳥羽院と白拍子

明風にとって義経は、世間の人々と同じ英雄であった。

専横を極めた平家を奇抜な戦法で打ち破った義経。

源平争乱における最大の功績をあげたにも関わらず、頼朝のやっかみで滅ぼされた悲劇の英雄だと、世間の人々と同じように考えていたのである。

それが父である後鳥羽院の考え方は全く異なる。

「大阿呆」極度の怒りである。

「不必要な、勝手な戦を起こし、天皇を殺し、国母を海に沈め、神剣を失う」

その言葉を聞く限り、我が国の歴史の中でも、まれにみる大悪人である。

「神剣なくして相争うものたちを制することができない」このことも、かなり重い。

神代から受け継いできた「世を制する神剣」を失ってしまった。

取り返しのつかないことである。

そもそも天皇としての即位の「正当性」を疑われる事態なのだ。

後鳥羽院の悩みも明風の胸に迫って来る。


「それから・・・」

後鳥羽院は、涙を一旦拭いた後、明風を見つめた。

「お前は後鳥羽院の屋敷に様々な芸人が出入りすることを、忌々しく思っているに違いがない」

「こんな御殿で贅をつくした庭を造る、高価な材料を使い、美味極まりない料理を食す」

「蹴鞠をはじめとして様々な芸事もあるが・・・、そんなことよりは、世を治めよとな」

これは、明風が昨晩の宴席で話したことであるが、後鳥羽院も正確に趣旨を捉えていた。

もっとも、明風の話したことは粛子内親王により、諭されている。


「しかしな、明風」

後鳥羽院の顔は穏やかになる。

「この混乱の世で・・・人の心も荒れているが、人の心を荒れるままにしてはならぬ」

「美しいもの、愉しいものがなければ、人の心も世も荒れる」

「神代から受け継いできた美しいもの、愉しいものを守り、受け継ぎ、向上させるのも、後鳥羽院の役目だと考えている」

「仏門ならば、仏道を修行し、救いの道を示すだけでもいい」

「朝廷の役人ならば、役目に応じて、世を律すればいい」

「武家ならば、世の安寧を保つ、または敵に打ち勝つだけでいい」

「しかし後鳥羽院はそれらを全てとりまとめねばならない」

後鳥羽院はここで、息を一旦吐き、続けた。

「それと、白拍子、遊女、旅芸人については」

後鳥羽院は、難しい顔になった。

「遊女の中から特に歌や舞などの芸事や学識を修めたものが、白拍子となる」

「お前のような清廉な育ちでは、馴染みがないだろうが」

「これも、様々な争乱や飢饉で親を失い、他にも理由があるだろう」

「とにかく、わが身ひとつの芸で生きている」

「彼女たちには善悪もない、そうしなければ生きられん」

「懸命に相手を喜ばそうとする、健気ではないか・・・」

「遊女もしかりだ、白拍子ほどの力はないものの」

「僧侶からすれば、いかがわしいことかも知れぬが、罰するだけでは、如何なものか」

「そもそも、こんな争乱の世を招いた、後鳥羽にも責がある」

後鳥羽院は顔を曇らせた。

「ただな・・・自由に出入りさせることには、理由がある」

後鳥羽院は声を落とした。

明風の本当の疑問はそこにあった。

白拍子や遊女、旅芸人の生き方そのものは、致し方ないものがあると思っていた。

「これも世の安寧を保つ役割だ」

後鳥羽院は、明風にとってわからないことを言う。

「つまりな、あちこちの公家、武家、そしてお前たち仏門にまで、彼女たちは入り込む」

「そして、その中で芸を振る舞い、酌をし、夜を共にする」

「その中で、様々な世の動き、これからの動きまで知る」

「それが、この後鳥羽に伝わる」

後鳥羽院は、にやりと笑う。

「・・・そうですか・・・」

明風は背筋が寒くなった。

つまり、白拍子や遊女、旅芸人は、その芸だけではない、様々な情報を得るのである。

公家、武家、仏門の秘すき情報を直接または隠喩で聞き取る。

そして、その情報が後鳥羽院に入る。

むろん、後鳥羽院の動向も漏れているかもしれないが・・・

「まあ、後鳥羽は遊戯しかしていない暗愚と思われているほうがいい」

「その方が、素直な動きが入る、素直な動きが入らないと、対処も間違う」後鳥羽院

「野放図なようで、神経を張り巡らしている」

明風は、後鳥羽院を驚きの顔で見つめている。

「そして、本当の秘事を伝えねばならない」

後鳥羽院の眼が大きく開かれた。

明風に緊張感が生じている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ