楓の添い寝
後鳥羽院の指示通り、それぞれに部屋が準備されていた。
明風は、若い女官に、泊まる部屋に案内された。
部屋の中は、燈台に火が灯されている。
「こちらにお着替えを」
女官が着替えを手に取る。
確かに汗が沁みこんだ僧衣では、この美麗な水無瀬では違和感がある。
父である後鳥羽院の言葉を思い出す。
「お前は仏法以外の諸芸を学ばなければならない」
となると、僧衣を脱ぐのも「学び」になるのだろうと思った。
着替えは、新調した二藍の直衣である。
女官の手助けを得ながら、着替えることになった。
そもそも、明風は僧衣以外を着たことが無い。
僧衣を脱がされ、直衣を着せてもらう時恥ずかしさを感じるが明風は耐えるだけである。
別れ際に師匠明運から言われた
「ここには、ここの流儀がある、まずは、ここの流儀にまかせることだ」
「決して、先ほどのような、短慮はならない、何が起こっても御仏の御心と心得よ」
その言葉を何度も思い出す。
直衣への着替えが終わると、お世話をしてくれた女官は部屋を引き下がった。
そして、代わりにまた別の女官が二人、入って来る。
一人は何か料理を乗せた膳を持ち、もう一人は酒を持っている。
部屋の灯台のところに膳と酒が用意された。
鮑の干したものと、油で揚げた菓子が膳の上にある。
「美味しい」明風は素直に言葉が出た。
鮑も噛みしめるほどに、味が深くなる。
油で揚げた菓子も、明運の寺で食べる菓子より格段に美味しい。
酒も少しだけ飲んだ。
「はい、ありがとうございます」
女官の一人がにっこりとほほ笑む。
両方の女官とも、肌は抜けるように白く、輝いている。
二人とも、明風より二、三歳上か、とても美しく見える。
そして、全ての所作に気品があふれている。
「こちらこそ、本当に美味しく」
明風は礼を言う。
明風は、自分のためにこれほど誠意を尽くしてくれる女官に敬意を覚えている。
全て食べ終えると二人の女官は部屋を下がっていった。
部屋の中には明風一人となった。
明風は直衣の中から腕を出し、背伸びをする。
「少し疲れたなあ」
昨日、大原の明運の寺を出てから、今まで経験したことのない様々なことに出会った。
大原道での、酔った六波羅の武士と師匠明運の立ち回り。
出町柳での読経と検非違使。行き倒れの人の弔い。
下鴨神社と長明様。親鸞様と法然様との出会い。
栄西様と建仁寺。姉と言う粛子内親王様。
父の後鳥羽院。ここ、水無瀬での宴会。
全てが明風にとっては、緊張の連続であった。
「眠くなってきた」
明風は横になると、ほぼ同時に眠ってしまった。
「あれ・・・」
夜半に明風は身体に異変を感じた。
庭のかがり火が、ほんのりと見えている。
「くすっ」
わずかな笑い声が聞こえた。
「え?」
明風は驚いて飛び起きようとする。
しかし、柔らかな腕が伸びてきて押さえつけられる。
腕の感触からして男の腕ではない。
「誰?」
明風はうろたえてしまう。
「さあ・・・」
腕の主は応えない。
それどころか、腕と身体を密着させてくる。
「・・・」
明風は何も対応ができない。
「短慮はならない」師匠明運の言葉が重い。
「寒いの」
腕が直衣の中に入り込んできた。
ひんやりとした腕が明風の身体に触れる。
「あっ・・・」
明風は身体全体が硬直する。
そして、入り込んだ腕は明風の身体をなでまわしている。
既に足も絡められている。
「ねえ・・・」甘い声である。
「ねえって言われても」
明風は相手がさっぱりわからない。緊張するばかりである。
「まだ気が付かないの?」
少し責めるような口調である。
「え?」声と口調に聞き覚えがある。
「まったく、たわけものね」
声の主は顔を明風に近づけた。
そして、そのまま明風の唇を奪う。
「う・・・」
これでは明風は何もできない。
ただ、唇を塞がれ押さえつけられているだけである。
「まったく・・・たわけもの」
声の主はようやく唇を明風から離した。
「あ・・・」
明風は声の主の顔を見た。
「楓!」
明風は心底驚いた。
楓の顔が目の前にある。




