姉の怒り
明運は明風をじっと見ている。
そして意を決したように歩き出した。
「おい、ちょっと待て」
歩き出した明運の僧衣を栄西がつかんだ。
「どうした?」
明運は栄西の意図がわからない。
「よく前を見ろ」栄西
「・・・内親王様」明運
粛子内親王が立ち上がり、明風を見ている。
全員が、緊張しながら明風と粛子内親王を見る。
「パシン!」
いきなり粛子内親王が明風の頬を張った。
「え?」
明風があっけにとられている。
「明風!何を考え違いしているの!」
内親王の表情も言葉も厳しい。
「え?どうして?」
明風は内親王の怒りが理解できない様子である。
「こんなに美味しいお料理・・・」
「どれだけの人が苦労して努力して調理されたか、考えてないでしょう」
「殺生がどうのこうのって、いうけれど」
「ここにこうして出された以上、ありがたく頂くのが大事でしょう」
「それとも、この命をゴミに捨てるのがいいと思っているの?」
「今様とか白拍子とか音楽の人もそうなの」
「本当に訓練して、集まる人に喜んでもらうよう、頑張っているの」
「明風は、それを、ただ贅沢って切り捨てるの?」
「仏道ってそんな、心が狭いものなの?」
内親王は明風の眼を見据えている。
明風は、全く反論が出来ない。
「お父様の後鳥羽様も、あなたに喜んでもらおうと思って、これだけの準備をしたの」
「お集まりのお方だって、あなたのために集まっている」
「みんな、全く悪気はないの」
「まず、この祝宴を楽しむことが、みんなの期待に応えることなの」
「その心を壊していいの?仏道って、人の心を壊すものなの?」
粛子は明風の手を握った。怒りながら、涙を流している。
「私だって・・・ずっとあなたに逢いたかったの、だから、そんなこと言っちゃだめ」
粛子は明風の肩を抱いた。泣きじゃくっている。
「この世には・・・いろんな世界がある」
栄西がつぶやく。
「うん、仏道でさえ、いろいろだ」明運
「明風の清らかな世界だけではない、こういう華やかな世界もある」
「戦乱で殺しあう修羅のような世界もある」栄西
「それを全て、包み込んで癒すのが仏道の本来なんだろうな」明運
「ごめんなさい」
明風は、粛子に謝った。粛子の言うことが正しいと思った。
人の心を無碍にするということは、してはいけない。
あまりにも単純な自分の考えが恥ずかしかった。
わざわざ迎えに来てくれた粛子、これだけの祝宴を準備してくれた、父後鳥羽院に申し訳なかった。
「違うの、全員に謝って」粛子
「わかりました」
明風は頷いて、再び全員の方を向いた。
「皆さま、本当に申し訳ありませんでした」
「明風、未熟です、せっかくのご祝宴を準備いただいて」
「お料理、本当に美味しそうです、今様とか、白拍子の方々の舞も素晴らしい」
「残念ながら、明風は無粋で、よくわかりません」
「教えていただきながら、この素晴らしい祝宴を楽しみたいと、思います」
明風は、深く礼をして、再び席についた。
「まあ、後鳥羽からも、頼む」
後鳥羽院が話し出した。
「この子は、仏道しか知らない、他の世界を知らなければならない」
「皆の協力で、立派な皇子にしなければならない」
「そして、この和の国を託したい」後鳥羽院の顔が真剣になった。
同時に全員の顔が変わった。
「皇子」、「この和の国を託す」とは・・・
後鳥羽院も、いつもの遊び呆けた顔ではない。
「まあ、難しい顔をするな、今は明風という名であるがな」
後鳥羽院が明風に声をかけた。
「はい」
明風も神妙である。
「全てが修行であるならばだ」後鳥羽院
「はい」明風
「このような祝宴を、楽しく過ごすことも、大切な修行だ」
後鳥羽院の顔が笑顔になった。
「わかりました」明風も笑顔である。
「まあ、今宵は食べて、飲んで、歌って、踊れ」
「それから先は、明日でいい」
後鳥羽院の顔に、再び清冽さがみなぎっている。
「まあ言われてしまったな」
栄西が明運の脇をつつく。
「ああ、全部だ」
明運が苦笑いである。
「まあ、明運の寺では仕方がないが」栄西
「うん、固くし過ぎたかな」明運
「いや、今まで護って、しっかり育てたのだから、気にすることはない」
「それより・・・」栄西
「それより?」明運
「今後の後鳥羽様の考えが読めない」
「大原に戻すのか、水無瀬で暮らすのか、それより他にか」栄西
「うーん」明運もよくわからない。
「野放図なようで、考えは深い、何か考えがあるはず」
栄西は、後鳥羽院の笑顔を見つめていた。




