明風の笑顔と涙
明風が明運の寺に来てから、既に三年が経過している。
今や、明運の寺全体の人気者である。
何しろ、いつでも笑顔なので、難しい修行を重ねる僧侶たちには、格好の癒しになる。
また、数ある仏像の中で、何故か庭の隅におかれた小さな地蔵菩薩がお気に入り。
どれほど天候が悪くても、毎日、欠かさず、お水と花、食べ物を供える。
「毎日お話するのが好き」
明風は、そう言ってニコニコと笑う。
その笑う姿も、寺にいる全員の癒しとなり、いつのまにか、全員がその地蔵菩薩に祈るようになった。
言葉も早く覚え、最近は字も書き始めた。
「覚えるのが早い・・・もしかすると血筋かもしれん・・・」
明運も感心しきりである。
「血筋ねえ・・・」
茜も感心しているが、少し思惑のある様子。
「ん・・・どうかしたのか?」明運
「そろそろ、一度、お見せした方が・・・」茜
「あのお方にか・・・」
明運の表情には緊張が走った。
少し時をおいて、五月のよく晴れた日に「そのお方」に会いに行くことになった。
境内に車が準備されている。
明風は、車に乗る前に地蔵菩薩を拝んだ。
「いつもより長いな」
明運は明風の拝む長さを感じた。
明風は地蔵菩薩を拝み、何かブツブツと言っている。
いつも地蔵菩薩と何か話しているが、今日はいつもより長い。
明運、茜、お妙、明風が一つの車に乗った。
明運の寺から、八瀬の邑の男たちの警護を受けて、山道を進んだ。
相変わらず明風は、笑顔で周囲をなごませる。
また、車窓からの景色が珍しいのか、身を乗り出すように見ている。
「ふふっ、ご機嫌ね」茜
「うん、よかった。この子が笑うと幸せになる」お妙
明運は、うつらうつらと居眠りをしている。
しかし、のどかな外出に異変が起きた。
明風の様子がおかしい。だんだん悲しそうな顔になってきた。
両目には涙があふれている。
「・・・うぅ・・・」
ついに明風は声をあげて、泣き出してしまった。
大泣きではない。シクシクと泣いている。
「どうしたの?」茜
「おなかでも痛いの?」お妙
明運はじっと明風の顔を見つめている。
「そうじゃないよ・・・水の音が聞こえてきて・・・」
「ずっと聞いていたらね・・・女の人が泣いている声が聞こえてきて・・・」
「そしたら、悲しくなっちゃって・・・」
明風は、たどたどしく、泣きながら話をする。
そして目を閉じて泣きながら両手を合わせて、何かを祈っている。
茜と明運の表情が変わった。
「・・・この子、何か力がある、何かが見えてしまうのかな」茜
「うむ・・・不思議な力を生まれながらにして、持っていたのかもしれない」
明運は泣き続ける明風を見守ることしかできない。
ようやく、明風は涙であふれた目を開いた。
口をへの字に結び、ぐずりながら、明運に尋ねた。
「明運様・・・これから・・・その女の人のところへ行くんでしょう?」
「泣いていたのはその女の人だもの」明風
茜と明運の表情が驚きに満ちた。
「いったい何を見てしまったのか・・・」
明運とて、これから会う「お方」の全てを知っているわけではない。
確かに近くに小さな泉や川があるが、そこで何があったかは、明運は何も知らない。
しかし、明風の持つ不思議な力は、「お方」の何かを見てしまったのだと思う。
明運は、明風がその「お方」にお会いして「お方」と明風がどうなるのか不安になった。
「明風」
お妙が声をかけた。やさしく静かな声。
「はい」
明風は素直に応えた。
「こっちにおいで」
お妙は明風をゆっくりと抱きかかえた。
明風の背中をなでながら
「明風、そんな泣き顔ではいけませんよ、男の子なんだから」
諭すように何度も語りかける。
明風の嗚咽は次第におさまった。そしてお妙の胸に顔をうずめ、眠ってしまった。
お妙は明風の背中をやさしくなで続けている。
茜と明運は、その姿を見ている以外、何もできなかった。