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明風 第一部  作者: 舞夢
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水無瀬への道 嵐盛と明運

唐車の窓が、粛子により、少し開けられたことを確認して、嵐盛は出発の合図を出した。

栄西と明運にも車が用意されてあった。唐車よりは小さいが、半蔀車である。

その名の通り、屋形の横にある物見窓が引き戸ではなく、上に押し上げる半蔀戸である。

屋形そのものは檜の薄い板で編まれている。


「まあ、二人ともお偉いお坊さんだから、いいだろう」

「それでも、鴨の大神の前でひっくり返るなど、明運もまだまだだな」

嵐盛は、多少の皮肉を込めながら、栄西と明運を車に乗り込ませる。

明運は苦虫を噛み潰したような顔になる。どうにも、兄嵐盛の口の悪さは苦手である。

それに、鴨の大神の前の一件をいつ知ったのか、またしても心を読まれたのか、全く油断ができない相手である。

しかし、栄西との話に気を取られ、建仁寺の「情勢」に気が付かなかった。

明風の警護としては、失態である。とても、嵐盛に言い返すことはできない。

それがとても、口惜しい。


「まあ仕方がない、そういう時もある」

「仏道ならともかく、そういう読む力も読ませぬ力も、嵐盛はお前より強い」

嵐盛は例によって声を出さない会話を仕掛けてくる。

勝ち誇った響きがあって、癪に障るが仕方がない。

「あの唐車に乗っているのは明風だけではない」

嵐盛の声が低くなった。

「となると、かなりな公卿か?」

明運も公卿の顔を思い浮かべるが、わからない。

「いや、違う」

嵐盛は即座に否定する。

「では?」明運

「お香でわからんか」

嵐盛は、くくっと笑う。

「お香だと?」

明運は、ここまで話して、少しだけ冷静になった。

口惜しさにとらわれている心が、落ち着いてきた。


「うん・・・」

明運は確かにお香に気が付く。

少なくとも、公卿、男が身に着ける香ではない。高位の女性かと思う。

「その通り、聞いて驚くな」

嵐盛は更に声を低くした。

「明風と乗られておられるお方は・・・」嵐盛

「うん」明運も緊張する。

「前の斎王。粛子内親王様だ」嵐盛

「何?内親王様が?」

明運は、あまりのことに身体が震えた。

明風を迎えに、内親王が直々にとは・・・理解の程度を超えている。

「まあ、異例だろうが、逢いたくて仕方がないと言い張るしな」

「それで、許可を得てだ」嵐盛

「内親王様の外出を許可できるのは・・・」

明運は声も震える。

「ああ、後鳥羽様しかない、嵐盛が呼ばれて警護を仰せつかった」

嵐盛はこともなげに応える。


「お前、いつから・・・」

後鳥羽様といえば、治天の君、我が国の最高実力者である。

明運は、そんな至上のお方に直接呼ばれる嵐盛のことを知らなかった。

いつの間に、そんな力を身に着けたのか。

「ああ、それは庭師だからだ。表も裏もな」

「それにお前にも読ませていないことも多いぞ」

嵐盛はニヤリと笑った。

明運の顔は蒼くなった。どうしても、そういう力は嵐盛が一歩先にある。

ただ、嵐盛には嵐盛なりの考えがあって「読ませない」ことだと、わかっている。


「そんなことはいいが、明風が内親王様と一緒に乗っていることは、至極当然だ」嵐盛

「・・・意味が・・・わからん・・・もしやが本当なのか・・・」

明運は、明風が寺の門前に置かれて以来、もしやとは思っていたが、今まで判断をしかねていた。

後鳥羽様ゆかりの御紋はわかっていたが、直々の子とまでの結論は控えていた。

後鳥羽様直々の命を受けた赤子を育てるということにして、結論は控えてきたのである。

そうしないと、明風にどう接していいのかわからないのが現実であった。

その判断が、今、明かされるのか、嵐盛の次の言葉を待つ。


「当たり前だ。何しろ血を分けた姉と弟だ」

嵐盛はあっさりと言い切った。

「今まで、決してお前に読ませなかったのは、後鳥羽様の命令だ、皇子となればどうしても修行に遠慮が入るだろうとな」

嵐盛の顔が厳しい。

そうなると明風は確実に後鳥羽様の皇子である。

嵐盛は最初から知っていたのである。明運の顔が厳しくなった。

読めなかった甘さも口惜しいが、後鳥羽院の「今まで」の意図はついに明らかになった。

「確かに遠慮しただろうし、途方にくれただろう」

明運は率直に認めた。

「ああ、そのお前の純な固い性格だから預けられる、しかし皇子とは言えぬ、読ませるな、それが後鳥羽様の命令さ、嵐盛もどうにもならん」

嵐盛は厳しい顔のままである。

「しかし、今回の水無瀬は・・・」

明運は嵐盛に尋ねた。

今まではともかく、今回の後鳥羽様の意図がわからない。

明風を水無瀬の離宮に呼んで、何をするのか、その後の計画があるのか。

「いや、そこから先は嵐盛もわからん、何しろ、後鳥羽様は想像もつかないことをする」

「後は、神のみぞ知る、それとな」嵐盛

「うん」明運

「あの二人は強い力がある、明風にもあるように、内親王にもだ」嵐盛

「明風だけではないのか」

明運は、今まで見せられてきた明風の「力」を思い浮かべる。

明風の持つ癒しの力、見通す力、光輝く力である。

明運や嵐盛、茜といった八瀬の邑を出自とするものの中には、何等かの「力」を持っている者がいる。

しかし、明風の力は、より幅が広く、強力である。

「二人ともか」

明運は確認する。

「ああ、内親王様は嵐盛の素性や考えを簡単に読んだ」

「明風が鴨の大神の前で起こした類のことが粛子様も伊勢の大神の前できっと」嵐盛

「そうか・・・」明運は目を閉じ、考え込む。

「本当にどうなるのか」

明運は、不安に包まれていた。

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