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明風 第一部  作者: 舞夢
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唐車とその警護

栄西と明運の前に、豪華な唐車が停まっている。

唐車は、屋根が唐破風、檳椰樹でふかれ、廂と腰にも檳椰樹の葉を用いられた豪華極まりない車である。

そもそも、こんな豪華な唐車など、未だ建仁寺に入った例はない。

その上、唐車は、上皇・皇后・東宮・親王、または摂関などが乗る大型の車である。

いったい誰を乗せようとするのか、それとも誰が乗っているのか。

栄西は建仁寺に唐車が来るなどと言う連絡は、まるで受けていない。

栄西の頭の中は限りなく混乱するが、どうにもわからない。

唐車には既に左右四人ずつの従者がかしこまっている。

そして唐車の後方に、検非違使、叡山の僧兵、清水方の僧兵が並んで立っている。

その脇に八瀬の男たちが弓を携えている。

それにしても、かなりな量の武装した男たちである。三百人は優に超えている。


明運は、まず武装した男たちの完璧な陣形に感嘆をもって眺めた。

そして、これだけの量を集め、完璧な陣形を取るのだから、唐車に乗る「お方」を完全に警護する目的があると理解した。

それに警護をしている者たちの、出自も本来は、相争う仲である。

その相争う仲の者を、これ程集められる立場とは、はたして誰なのか。


「菊の御紋」

栄西が明運の脇をつついた。


「うん」

明運も気が付いたようだ。


唐車の屋根に菊の御紋がつけられている。

「ということは、明風しかあるまい」

明運は、即座に断定した。

他の理由など考えなかった。

明風は菊の御紋が縫い込まれた産着で明運の寺の門前に置かれた。

そして建仁寺に菊の御紋が書かれた書状と「水無瀬へ」との、至極簡単な文言。


「御呼びになられたのだ」

栄西も、唐車に乗るのは明風と確信した。

「まあ、どうにもならんだろう、それに、身の危険もないだろうしな」

明運は唐車と夥しい警護の兵を見る。

「それでは、明風を呼びに行こうか」

栄西が歩き出そうとする。

しかし、明運は栄西の僧衣の裾をつかんで止めた。


「ん、どうした?」

栄西は怪訝な顔をする。

「呼ぶ必要はない」

明運は首を横に振った。

「呼ぶ必要が無い?」

栄西は理解できないでいる。


八瀬の集団から、一人の総髪の男が抜け出し、栄西と明運の前に立った。

「そうだ、必要が無い」

嵐盛である。

「おお、嵐盛殿」

栄西は再び驚き、目を疑った。


嵐盛は、表向きは八瀬の邑の長であり、京の都をはじめ、南都や近江まで、あらゆる庭を手掛ける庭師の長である。

禁裏から上皇、摂関家、上級貴族、権門の寺社の庭の図面は全て嵐盛の所にある。

その上、建物の図面も「必要に応じて」入手している。

そして、「必要に応じて」入手した建物の図面と庭の図面をもとに、様々な「隠し部屋や抜け道などの仕掛け」を施す。

大原の明運の寺から建礼門院の住む寂光院まで地下道を掘ったことも「必要に応じて」のことである。

いざ万が一、鎌倉方の襲撃があった場合、迅速安全に逃げられるようにするためである。

その「仕掛け」により、不用意な暗殺を防ぐ、あるいは「極秘」の情報を仕入れる。

そして、その情報をどのように「活用する」かは、嵐盛の心次第である。

八瀬の手練れの男たちを使い、「事態」を「煽り立てた」または「もみ消した」等は限りが無い。 

しかし、それは嵐盛の力の一部に過ぎない。

栄西が驚いたのは、「嵐盛自身が警護につく」ということである。

武芸に秀でた八瀬の邑の男たちの中で、「長」となるには、武芸と人格が、秀でていなければならない。


「おそらく検非違使、六波羅、平家、源氏の、どの男と戦っても、比較にはならない」

「互角に立ち会えるのは、明運ぐらいだ」

栄西は保元の乱の時に、内裏の門の前に立ち、槍を振り回し、屍体の山を築く嵐盛の姿を思い出した。

その鬼神とも思われる嵐盛の刀槍の前には、誰も近寄れない。

近寄ったところで、一瞬のうちに骸となる。

その、恐ろしい嵐盛が警護につくというのだ。

そして明風を呼びに行く必要はないと言う。栄西の頭は混乱した。


「何も鬼を見るような顔をするな」

嵐盛は、混乱する栄西を見て笑う。

「そんなことで、この国に禅を広めることは怪しいぞ」

嵐盛は、栄西の肩をたたく。

栄西は、震えあがってしまう。

そもそも、武装した嵐盛は怖くて仕方がないのである。

身体に触れられれば、命さえ危ないと思う。

それでも、嵐盛の言葉の意味を知らなければならない。


「明風は、一体どこに・・・」

明風に座禅を指示したのは栄西である。

何等かの沙汰をしなければならないと思った。

それなのに「呼ぶ必要は無いとは」どういうことなのか。


「ああ、とっくに唐車に乗っている」

嵐盛はこともないように栄西に応えた。

栄西は驚きのあまり、声も出ない。


「お前たちが下らん話をしている間にな」嵐盛は苦笑いをする。


明運は無言である。

多少の口惜しさもあるのだろう。


「さあ、ぐずぐずしている暇はない」

「出立だ」

嵐盛は踵を返して唐車の所に戻った。

唐車の窓が少し開けられ、嵐盛の合図で唐車が動き出した。

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