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明風 第一部  作者: 舞夢
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お妙の涙と明風

明信たちが、明運の寺に着くと門の前で明運が待っていた。

そして、明運の寺で修行する二十余名の僧が忙しそうに動いている。


「ただいま、戻りました。嵐盛様より・・・」

明信が報告を始めようとすると、明運が制止した。

「ああ、何とかなったようだな、八瀬でのことも、既に茜と話してある」

「誰がどこで聞いているかわからん。声を出して話さなくてもいい」


「はい・・・」

既に明運は茜と「声を出さない言葉」で話をしていたようだ。

師匠明運にもその力がある・・・そのことに明信は驚いている。


「今、庵の一つを準備しているところだ」

明運は茜に目配せをした。

「うん、おじさん、ありがとう、これだけたくさんのお坊さんがいれば仕事は早いね」

茜も、明運の寺の僧たちのきびきびとした動きを喜んでいる。


茜は明信を呼び止めた。例の声を発さない言葉である。

「さっきのお妙さんの子供のこと・・・」

「うん・・・」

明信も声は出さない。その明信を見て、楓が続けた。

「二か月前に京の街で争乱があって・・・その日にお妙さんは仕えていた京の御屋敷から八瀬に戻ったんだけど・・・」

茜は難しい顔になる。

「うん・・・」

明信は、ただならない事情があると察した。

「お妙さんのまだ一歳ぐらいの女の子が、その時以来行方知れず、お妙さんは本当に心配して、ずっと方々探しているけれど、なかなか・・・それ以来、沈み込んで」茜

「うん・・・そうか・・・」

明信はこのあさましい争乱の世と、それに巻き込まれた哀れなお妙、生き別れの幼い女の子に思いをはせる。

今度は明運の声が明信の耳に飛び込んできた。

「お妙を救い出したのは嵐盛・・・しかし嵐盛とてお妙しか救い出せなかった」

「ただ、嵐盛が救い出したのはお妙の身体だけ、お妙の心は闇に沈んだままだ」

明運の表情はかなり厳しい。


「さあ、準備ができたようだ」明運は再び茜に目配せをし、お妙を伴い庵に入った。

明信は警戒のため、八瀬の邑の男たちと、門の周りを警護することになった。


二十畳もある広い庵は、既に火桶が数個準備され、かなり暖かい。

「赤子に使う布などは、大原の里から取り寄せた」明運

「うん・・・ありがとう、早く赤ちゃん見たい」

茜が明運に促す。

「うん、そうだな」

明運は頷き、庵の奥に茜とお妙を呼んだ。


赤子は、いつのまにか籐で編んだ籠に寝かされている。

「わぁ・・・可愛い!」茜

「うん・・・だが、未だ目を開けぬ」明運

「まあ、スヤスヤって感じかな・・・」茜

お妙は未だ黙っている。顔をあげようとしない。

明運も茜も、お妙の表情の暗さが、どうにも気になっている。

しかし、今は目の前の赤子に何とかして乳を与えなければならない。


「お妙・・・」明運

「お妙ちゃん・・・」

茜も心配して声をかける。

「はい・・・」

少し弱々しい声でお妙が応えた。

そして籐の籠の中で眠る赤子に近づき、そっと抱き上げた。


明運と茜は緊張し、お妙を見守っている。

「あぁ・・・」

突然、赤子が声を出した。


「わっ・・・!」お妙

「え?お妙ちゃん、どうしたの?」

茜が、妙の声に反応する。


「目を開けたよ・・・この子・・・でね・・・私を見て笑っているの・・・」

「目がクリクリッとしている、可愛い!」

お妙が、本当にうれしそうな顔で応えた。

「何か、もう・・・すごく・・・うれしいよ・・・」

お妙は、すでに涙ぐんでいる。


「どれどれ・・・」明運

「見せて見せて!ほんとだ、可愛いねえ」

茜はほっとする。

「本当にありがとうございます、明運様」

お妙は頭を下げ、しっかりと赤子を抱いた。


「いやいや、これで安心した。お礼を述べるのは明運のほうだ」

明運もほっとした様子。

「では、足りないものがあれば遠慮なく」明運は赤子とお妙に合掌し、庵を出て行った。


庵の周囲にも夜通しの警護がつけられることになった。

明信から明運に、一つだけ報告があった。

明運が庵に入っている間に、白拍子の一行が通り過ぎたとのこと。

しかし、明運は、その件についてはただ頷いただけであった。


その後、お妙は日増しに明るく、穏やかな表情になった。


「あのね、この子を抱いて、お乳吸わせていると、本当に幸せな気持ちになるの・・・」

「お乳吸わせながら、この子から幸せの力をもらっている感じかなあ・・・」

「お乳飲み終わると、この子ニコッと笑うの、もう、もっと飲んで欲しいって思う」

「最近、食べ物が美味しくって、たくさん食べられる」

「それが、全部お乳になって、この子の栄養になりますようにって、祈っているの」

確かに、大原に来た時以上に、お妙の肉付きは良くなった。

明運も茜も、幸せそうに話し、よく食べるようになったお妙を喜んでいる。

 そして赤子は明風と名付けられ、何一つ病気をすることなく、健康に育った。

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