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明風 第一部  作者: 舞夢
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法然に天台の袈裟

「法然様」

しばらく額づいていた明風は身体を起こし、法然の顔を見る。


「うん」

法然はゆっくりと明風の顔を見る。


「本当にありがとうございました」

明風は心の底から感動しているようだ。


「それは、こちらこそありがたい」

法然は笑顔で続けた。

「浄土三部経の教え、そのものは複雑ではない」

「要約すれば、阿弥陀の名を呼べば、浄土に迎えられる」

「それ以外のことは・・・」

ここで法然は口を閉じた。


法然は、阿弥陀を唱えることだけが浄土に迎えられる道と主張する。

その意味で明風の後ろに控える明運の法華経の行者としての立場が気になるのである。

法然は明運のことが好きである。

宗旨の違い、考えの違いはあるが、その学識や特に叡山における明運を慕う僧侶の多さ、人格とか人望と言うのだろうか、それについては法然も実力を認めている。

明運がひとたび動けば、叡山は良い方向にまとまる。

阿弥陀のことは阿弥陀として、この世のひとまずの平安のために明運の力は欠かせない。

その意味で、法然は持論を主張しすぎることをためらったのである。


明運も法然の意図を理解した。

浄土三部経、阿弥陀の教えの第一人者として、素晴らしい講義だった。

明風の師匠としても、感謝の言葉以外はない。


「ありがとうございます」

明風は再び法然に礼し、そして立ち上がった。

明運も慌てて立ち上がる。

何しろ、明風の動きが読めない。


法然も立ち上がり、まず明風の肩を抱く。

「この後も、様々な修行がある」

「今日の講義は要諦に過ぎない」

「後は、様々な修行の中で、明風殿が深く身に着けて欲しい」

「この世のできるだけ多くの苦しむ人を、浄土の世界に導いてくだされ」

法然は、明風の背中をトントンとたたきながら、諭すように言う。


「明運殿にもしっかりと天台を教えてもらうように」

「法華経にも阿弥陀様がおられる」

「仏道は深いぞ、僧侶としては様々な経典を読まれるように」

法然は何度も同じ言葉を繰り返す。


明風は、少し頭をたれ、静かに聞いている。


「では」明運が法然に目で合図をした。

法然の禅房から出るという合図である。


法然も、明運の合図に応えた。

明風の肩から手を離し、明風に手を合わせた。


明風は黙って法然と親鸞に一礼し、明運とともに禅房を出た。

法然は二人の後ろ姿をじっと見守っていた。


しばらくして親鸞を呼ぶ。

「本当に、何も教えることはなかった」

「教える前に、ほぼ浄土三部経は理解していたようだ」

「講義をする法然の呼吸は、全て読まれていた」

「そして・・・あの光だ」

法然は眼を細めた。


「はい」

親鸞も明風の強い光を感じていた。


「あの清冽で清浄・・・温かみのある光、あの光そのものが癒しだ」

「講義をしながら、あの流罪の苦しみなど、消えてしまった」

法然の顔自体が、清浄な光に包まれているように親鸞は感じている。

法然は修行と言いながらも、どこかに流罪の負い目を感じていたようであり、その苦しみが時折顔に出ることを親鸞は感じ取っていた。

主張の違いにより叡山を離れたものの、叡山そのものを嫌いではない。

その自らの出自の叡山から攻撃されるのが、どれほど辛いことか、親鸞も感じるが法然は師として、それ以上であると心配していた。

しかし、その法然の顔が清浄に輝いている。

親鸞も同じである。明風の光を感じる前と今とでは、心の重荷がまるで異なる。

まるで緑の野原に清い風が吹くような、そんな爽やかさに満ちている。


「親鸞殿・・・」

法然が手招きをする。


「はい」

親鸞は頭を下げ、師匠法然の前に立った。


「慈覚大師様の袈裟を・・・」

法然は笑顔である。


「慈覚大師様の・・・」

親鸞は驚き、喜んだ。


慈覚大師は第三代叡山の座主である。

最澄の直弟子であり、遣唐使として様々な苦難のうえに、天台座主、我が国で初めて大師となった。


「自ら天台の袈裟を・・・」

親鸞の心に再び涼風が吹き抜ける。


「あの子は、人と人を結びつける、しかも、対立しようが、お構いなしだ」

法然は、嬉しそうに笑う。

「まあ、生き仏か、いや・・・」

法然は黙り込んだ。


「法然様」

親鸞は法然の次の言葉を待った。


「いや・・・仏門にはおさまらぬ」

「そもそも・・・」

法然は親鸞の理解できないことをつぶやいた。


「そもそも・・・とは」

親鸞は全く理解できない。


「・・・よく似ている」

法然は、またしても親鸞の理解できない言葉をつぶやいた。

法然の顔は赤みを帯びている。

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