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明風 第一部  作者: 舞夢
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明運と法然の過去

実のところ、明運は叡山時代に法然とかなり親しかった。


法然は、十五歳で、叡山に登った。

登叡して数ヶ月で授戒の儀式を受け、正式な僧侶となり、天台の勉学に励んだ。

しかし叡山は明運も味わった通り派閥争いや僧兵の乱行等、俗世間的な争いが多かった。

法然は、そのような争いを避け、叡山の中でも高僧が集い、より修行、修学に励むことに適した黒谷に隠遁する決意を固める。

その黒谷の青竜寺には当時貴重な全ての経典が書かれた一切経が保管されていた。

法然は一切経の中に全ての人が救われる教えが必ずあるとの信念を胸に、一切経に取り組んだ。

しかし、一切経は、釈尊が説かれた「経」と戒められた「律」、及び釈尊とその弟子が「経・律」を解説した「諭」のおよそ三つに大別されるが、何しろ膨大で七千巻にも及ぶ。

法然は、その膨大な経を一心に読むが、なかなか求めるものを見つけることができない。

その後、京都、南都の有名寺院、各宗の本山を尋ね歩き、教えを求めた。

しかし法然にとって、求める教えはどこにもなく、青竜寺に戻り叡山の厳しい修行を勤めつつ、再び一切経と向い合い学問に励んだ。

そして、比叡山での修学は二八年間の長きになった。

その間、常人では一生かかっても読破できない膨大な一切経を五度も読み返した。

そのため「智慧第一の法然」「ふかひろの法然」と名声が高まったのである。


明運は、そこまで名声が高まった法然と、何度も問答を行ったことがある。

しかし、法然の学識の広さに明運は、太刀打ちできなかった。

ただ、問答が終わった後、明運はいつも感服して心から礼をするが、法然はどこか顔が晴れない。


「あそこまで知恵深くして、仏法に何故悩む」

明運は、問答に負けながらも、法然の内奥の苦悩を案じていた。

しかし、案じたからと言って、仏法の学識では、叶わない。

負けた明運が勝った法然の肩をたたいて、慰めるような関係であった。


法然も明運の優しさと負けを認める正直さを評価していた。

叡山を降りるころには、眼を見るだけでお互いのことがわかる。

それ程お互いを信頼し、認め合っていた。

その後、法然は一切経の中からついに、阿弥陀念仏の教えに出会い、叡山を降り東山吉水に禅房をかまえた。

吉水の禅房は小さかったが、阿弥陀念仏の教えを乞う民衆が連日群れをなした。

念仏の教えは、瞬く間に広がり、叡山、京都、南都の各宗派から法然の念仏の真偽を問いただそうという問答が行われた。

場所は、大原勝林院、しかし明運は立場が難しかった。

叡山の後輩である顕真を応援するべき立場であるし、袋叩きの法然にも同情があった。

心配しながら、対決を見守った。


結果として、法然対各宗の高僧達の激しい論戦は法然に軍配が上がり「智慧第一」の誉れと「本願念仏の教え」はより一層広がった。

その後、源平争乱の被害で全焼していた東大寺の勧進職に選ばれたが辞退した。

そのため、長源が勧進職についたが、法然は長源の請いで再建途中の東大寺において『浄土三部経』の講義をするなど、活躍を見せた。

また、法然は求められれば身分の上下を問わず念仏の教えを説いた。

上は高倉、後白河、後鳥羽の三人の天皇に授戒を行った。

また関白九条兼実をはじめ多くの貴族、又、熊谷直実、平重衡をはじめとした源氏平氏を問わないたくさんの武士達。

諸宗の僧侶や、弟子達は当然、下は盗賊や遊女にいたるまで、これほど身分の上下を越えて分け隔てなく平等に教えを説き聞かせた僧侶は法然以外には聞いたことが無い。


明運は、進む道が異なったが、法然の「僧侶として、人として」の力には感服していた。

しかし、天台を含む旧来の仏法勢力は、浄土宗の隆盛を妬み、浄土宗の一部の人間が行った非道な行為を、ことさらに大きく問題視をして、念仏停止や流罪などの弾圧を行った。

それ故、「旧来の仏法勢力」に属する明運としては、なかなか顔を見せづらいのである。


「結局は、布施の金目あてなのか・・・」

旧来の仏法勢力にとって、公家からの布施と荘園からあがる収入が「経営資源」である。

しかし、長く続く戦乱で布施を行ってきた公家自体が窮乏する状態である。

頼みとする荘園は、これもまた、戦乱で農民が離散し、まともな生産が出来ていない。

また、収穫物を都へ荷を持ち込もうにも、街道では盗賊も増え当てにはならない。

そんな折に「南無阿弥陀仏」を唱えるだけでいいという簡単な教えで人気を集める。

集まる人は貧民も多いが何しろ数が莫大、少しの金額でも集まる布施は多くなる。

そのうえ、禁裏まで勢力を伸ばしている。

自らの収入源を脅かす法然一派は、何としても除外しなければならない。

その意味で、「旧来の仏法勢力」はまとまっているのである。

何しろ、理論では法然を打ち負かす者は誰もいない。


しかし、ためらわれたとしても、明運は明風と同行を止めるわけにはいかない。

ここで止めれば自分を信頼する明風、親鸞を裏切ることになる。

そして、尊敬する法然を落胆させたくない。


「もう一度、勝負してみよう」

明運は、法然の顔を思い浮かべた。

厳しく、そして温かみのある法然に、無性に逢いたくなっていた。

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