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明風 第一部  作者: 舞夢
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親鸞登場、そして東山へ

再び歩き出した明運と明風の前に一人の僧侶が立っている。

どこかで見た覚えがある。

明運は眼を凝らした。

相手の僧侶も明運を見て会釈をした。

「ああ・・・わかった」

明運は会釈と同時に相手の僧侶のことを思い出した。

叡山にいた僧侶で、何度も明運に天台について聞きに来た熱心な男だった。

その後、叡山横川の首楞厳院の常行堂において、二十年も不断念仏の修行をしたことを、明運も聞いている。


「なかなかできることではない」


念仏を唱え続けることは、単純にして変化が無い。

その何も変化が無いことを続けるというのは、人間として酷な作業である。

それを二十年も行ったことは明運としても、一目置かなければならない。

その僧侶が明運の前に立った。


「明運様、お久しぶりでございます」

僧侶は丁寧なお辞儀をする。

再び見つめてくる目に力がある。


「うん、この明運と同じように叡山を降りたそうだな」

明運は自分を止める若い僧侶の中に、この男がいたことを思い出した。


「はい、同じように・・・」

僧侶は神妙な面持ちで、語り出した。

自分も明運と同じように叡山では、悟りに至る道を見出すことができなかったこと。

そして、山を降りる決心をして、京都の六角堂に百日間の参籠をした。

六角堂を選んだのは、尊敬する聖徳太子ゆかりの寺で、今後の歩むべき道を仰ぐため。

九十五日目の暁、救世観音から夢告を得、それに従って東山の吉水で本願念仏の教えを説いていた法然の草庵を訪ねたこと。

同じように百日間、通いつづけ、ついに「法然にだまされて地獄に堕ちても後悔しない」とまで思い定め、本願を信じ念仏する身となったこと。ここまで一気に話し一呼吸をした。


法然の弟子となってからは、さらに修行に励んだ。

しかし、法然の開いた浄土教に対して、旧仏教教団から激しい非難が出され、ついに専修念仏を禁止され、法然と同じように、還俗された上に、流罪になってしまったこと。

また女犯、肉食禁止の戒は、自分には無理だった。

それに、そのことが阿弥陀の本願とは関係ないと信じていること。

僧侶は少しはにかみながら、現状と自らの考えを述べた。

明運も頷きながら聞いていた。

明運は、大原でほとんど修行三昧の生活を行ってはいるが、叡山内部の動きや世間の流れは把握していた。

当然、叡山での修行仲間である目の前の僧侶の動きも関心があった。


「親鸞と言う」

明運は明風に名を教えた。

明運にとって、叡山を去ってから久々の対面になる。

親鸞の妻帯や肉食について、間違いではないと考えている。

そもそも、普通の在家の人間と同じことを体験しなければ、本当の導きは出来ないのではないか。

この親鸞と言う男は、在家の苦労を味わいながら、あの法然に認められ浄土の教えを説いていると言う。

確かに旧弊な仏教界から排斥されてはいるが、明運が眼の前で見る限り求道者、人としての迫力と魅力に満ちている。


「少し安心しました」

親鸞はほっとした顔をする。


「ん?どうかしたのか?」

明運は親鸞の顔を見る。


「明運様は、法華経を極め、真言や華厳、禅、浄土にも深い理解を示される」

「また、戒律をしっかりと守られている、いわば僧侶の鏡であります」

「そして明運様はいずれ、叡山の座主として戻られるお方と信じています」

「そのような明運様から見れば、こんな流罪になるような破戒僧の私です」

「今の親鸞を見られたら、こっぴどくお叱りになるかと・・・」

親鸞は明運に深く頭を下げた。


「何、気にすることはない」

明運は、親鸞の肩をたたいた。

「お顔をあげなされ」

明運は優しい言葉をかける。


「はい、ありがたい、そのお声かけも懐かしく」

親鸞は、はにかんだような笑顔で明運を見る。


「叡山も懐かしいな」

明運は、自分に何度も法華経について聞きに来た若いころの親鸞の姿を思い出す。

それは熱心な男だった。その後、この男も悩み、自分と同じように叡山を降りた。

しかし、未だ悩みもあるようだ。

法然の門に入ったとはいえ、未だ悟りには至っていない。

本当に仏道の奥はどこまで深いのだろうか。

信じた道を歩みながらも、明運の叱りを恐れるなど、不安は消えないようだ。


「大丈夫だ、お前は、何も間違ってはいない」

「お前の信じた道を行けばいい」

明運は、親鸞の目を見た。


「ありがとうございます」親鸞は再び頭を下げる。

「仏の世界は広大無辺だ」

「苦しむ人を仏の世界、浄土に導いて欲しい、この明運は、親鸞殿にそれを期待する」

「それ以外はない、戻って法然殿に明運からよろしくと・・・」

明運が言いかけた時であった。


明風が親鸞を見て手を合わせ、念仏を一度唱え、深くお辞儀をしたのである。

親鸞は、突然のことに少し驚いた。

「先ほどから遠くで見ておりました、本当に手を合わせたいのは、こちらのほうで・・・」

親鸞も明風に手を合わせる。


「明運様、先ほどは強い言葉を申し訳ありませんでした、未だ明風は修行が足りません」

親鸞の次に、明風は明運に手を合わせ、頭を下げた。


「うっ・・・」

またしても明運は明風の次の言葉が読めない。

突然、旧知の親鸞に出会い、自分自身の非力さへの落胆から気が紛れたものの、明風にはどうしても気圧されてしまう。

少なくとも強い言葉を言われても、正しいのは明風で、謝るのは明運だと思っている。


そして、明風はまたしても明運の予想外のことを言った。

「明運様と親鸞様にもお願いしたいのですが・・・」

明風は笑顔である。

眼がキラキラと光っている。


「え?」

明運も親鸞も同時に声をあげる。次の言葉が全く読めない。

「この修行不足の明風を、法然様の所へ・・・」

明風は笑顔のまま、明運と親鸞を見る。

明運も親鸞も言葉がしばらく出なかった。相変わらず、明風は笑顔である。


「わかりました、ご案内します」親鸞は明風の願いを受けた。

同時に明運に頭を下げる。


「明運殿」

親鸞は笑顔である。


「うん」

明運も笑顔である。もう理屈ではないと思った。

明風の思ったことを信じ、明風を一旦、親鸞と法然に任せ、出来るだけ守ろうと思った。


「これ程、可愛らしい笑顔で、光輝いている・・・まあ、親鸞は、気に入りました」

「そもそも、出町柳からして、あれほどの阿弥陀を唱えられ・・・行き倒れのお方に弔いをなされたうえ、人々の癒しをなさる」

「これで、お連れしなかったら、法然様から破門です」

親鸞は肩をすくめた。


明運も満面の笑顔になった。

「では、お願いします」

明風は親鸞にもう一度頭を下げた。

「親鸞殿、よろしく頼みます」

明運も頭を下げた。

「それでは、こちらです」

親鸞は、明運に合掌を行い、早速明風を誘い、歩き出す。


「明運様」

明風は明運を見る。

「ん?何だ」

明運は明風がひと時ではあるが、自分の前から消え去るのかと思った。

そして、不安と寂しさを感じている。


「明運様も来てください」明風

「え?」

明運は驚いた。

明運は天台の僧侶である。

そして法然、親鸞を流罪に導いたのは、同じ天台の僧侶たちも関わっている。

明運自身は、関わることが無かったとはいえ、如何なものか・・・ためらうのである。


「早く」

明風は、そう言って明運の手を引く。

そして、明運にとって驚くべきことを言った。

「法然様との問答をお聞きしたくて」

明風は笑顔である。


「これは面白い」

先を行く親鸞が大笑いをしている。

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