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明風 第一部  作者: 舞夢
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八瀬の邑長の差配

「明運様!」

明信は思わず声をあげてしまった。

不思議なことに、師匠明運が目の前に座っているのである。

「どうして・・・」

明信は目の前の状況が全く信じられない。

心もかなり動揺する。ありえない話である。

どうして師匠明運が総髪となって、この八瀬の屋敷で自分の前に座っているのか・・・

いつの間に、師匠明運は「カツラ」を作ったのか・・・


「ふん・・・」

明信の動揺を見て、総髪の男が笑った。

「明運のしつけもまだまだだなあ・・・見分けがつかぬとは・・・」

「叡山での修行は、これほど生半可なものなのか・・・」

総髪の男は、あきれたような顔をする。


「ん・・・」

やっとのことで明信は状況を理解するに至った。

総髪の男の笑顔を見つめるうちに、どこかが師匠明運とは異なることに気が付いた。

「もしや・・・」

かつて師匠明運が語ったことを思い出した。

八瀬に双子の兄が住んでいるということである。


「やっと思い出したか・・・見極めが弱くては、大した坊主にはなれぬ」

明信の表情を見て、総髪の男が苦笑いをした。

「そうだ。この俺は嵐盛、明運の兄だ。この八瀬の邑の長をしている」

「そして、この子はわが娘で茜という」


「これは・・・誠に・・・」

明信は深く頭を下げる。ここは、謝るしかない。


「いやいや、まあ今更、仕方がないだろう・・・」

「それより、明運の書状を見せろ、そのために来たのだから」

嵐盛は、明信から書状を受け取った。


「むぅ・・・」

書状を開くなり、嵐盛の表情が変わった。

先ほどまでの笑いは全くない。嵐盛は目を閉じた。


明信にとっては、再び緊張の時間である。

しかし、八瀬の邑の長が、師匠明運の双子の兄と知り、安心感がある。

「何とかなるのではないか・・・」

師匠明運も、この嵐盛も人を裏切る人種ではない。

双子の違いを見抜けなかったことは恥じ入るばかりであるが、人そのものの性質の判断は長い叡山での複雑極まりない人間関係の中で鍛えられ、たいてい間違いはない。

それだからこそ、明運を師匠と信じ叡山を降りてきた。

そして、十年たった今でも、全く悔いはない。


嵐盛はようやく目を開き、茜を手招きした。

「お妙を連れてこい」

茜は驚いた顔で嵐盛を見つめたが、すぐに広間を出ていった。

広間には、明信と嵐盛だけが残った。

 茜と、「お妙」が来るまで、二人とも何も話さなかった。

嵐盛は厳しい表情のままであり、明信は、何を話していいのかわからなかった。


「連れてきたよ」

しばらくして茜が大広間に戻ってきた。

茜の後ろに、二十歳過ぎの女性が立っている。

おそらくこの女性が「お妙」なのか、顔をあげないので、表情がわからない。

しかし身体全体に張りがあり、特に乳の部分が盛り上がって見える。


「お妙・・・」

嵐盛は、お妙を手招きした。

そして耳元で何かを告げると、お妙は一瞬身体を震わせた。

そして嵐盛に一言だけ、「わかりました」と応えたが、その顔をあげようとしない。


「さて、話はついた。今すぐに明運のところへ出立しろ」

「もちろん、護衛は抜かりなくつける。それから、お妙の護りで茜もつける」

嵐盛はテキパキと方針を告げる。

このあたりも、師匠明運と同じだ・・・明信は妙なところで感心してしまう。

嵐盛の言葉通り、瞬く間に八瀬の邑の男たちの護衛集団が屋敷の門の前に集まった。

明信と茜、お妙は用意された車に乗り込んだ。


「ふぅ・・・」

明信はここでやっと落ち着きを取り戻した。

師匠明運の突然の信じがたい指示、寒空の中の心細い一人歩き、八瀬の邑の民の襲撃・・・

しかし、こうやって身の安全を守られ、「乳の出る女」も都合がついた。

何とかここまでくれば、師匠明運のお叱りは避けられそうである。

ただ、気になるのは、お妙の暗い表情である。

身体全体は張りもあり、決して不健康な様子はない。

何か特別な事情があるのだろうか、明信も不安になる。

出来る限り注意深く、お妙の表情に注目を続けた。

茜は、屋敷の中からお妙の手をずっと握っている。

嵐盛の命じた「お妙の護り」にしても、度を超えているのではないか。

明信がそんなことを考えていると、突然頭の中で声が聞こえてきた。


「いい?よく聞いて!」

茜の声だと思った。

「え?」

明信は茜を見るが、しかし声を発している様子はない。

「空耳か」

明信がそう思った途端

「空耳じゃないよ、私が話しているの」

「八瀬の邑の民、その中の限られた者は、声を出さないでも話ができるの」

どう聞いても茜の声である。


「え?」明信


「驚くのもしかたないけれど・・・よく聞いて」

「お妙さんは、心に深い傷があるの」

「それは、大原の明運おじさんのお寺についたら、ゆっくりと話すよ」

「ただ、お妙さんに子供の話だけは、今後一切しないで欲しいの」

茜の声は真剣である。


「わかった」

ここで茜の言葉を疑っても仕方がないと思った。

お妙とお妙の子供に何があったのかはわからない。

明信は、茜を信じ、お妙に子供の話は一切しないことにした。

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